第14話
「彩花、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」
怒鳴られるなんていつもの事だし。
もう慣れてる。
「…嘘つき」
「え?」
「こんなに震えてるのに」
自分では気づかなかったけど、手が震えていた。
「な、んでだろう」
いつもは震えたりしないのに、
「仲良くなれたと思ってたのは俺だけ...?俺ってそんなに頼りない?」
そう言って私の両手を優しく包んでくれた。
不思議だ。
あんなに震えていたのに、すぐ止まるんだもん。
「そんな事ない。ただ、頼り方が分からないだけ。それに、さっきみたいな事はよくある。湊さんがいつ記憶を取り戻すかも分からないのに、そろそろ慣れないと...一人でも生きていけるように」
元の生活に戻った時に、一人では何も出来ないようじゃ、前よりも酷い目に遭うことは確かだから。
「お母さんだとはまだ信じられないけど、あの人に酷いこと沢山されたの?」
例えば、ビンタとか?
お義母様のビンタは強烈に痛いんだよな....
顔が赤くなって、酷い時には腫れたりもした。そんな顔を湊さんに見られるのが嫌で、腫れが引くまでわざと避けたりもした。
だけど、今考えたら、湊さんは気づいていたのかもしれない。気づいていながら知らないふりをしていたのかも。
昔の湊さんなら平気でそういう事ができてしまうから。別に心配して欲しかった訳じゃない。
ただあんな姿を見られたくなかっただけだ。
「彩花、聞いてる?」
「あ、うん」
「で、どうなの?」
「沢山って程でもないよ、お義母様が家に来るなんて月に一回あるかないかだから。ただ、ビンタとか....は、された事あるかな、」
「…ビンタ?」
「み、湊さん?」
今まで一度も聞いた事のないすごく低い声でそう呟いた。
今にも殴りに行きそうな勢いだ。
「俺、そんなの知らなかったんだけど」
そりゃそうだ。記憶を失ってるんだから。
「もう過ぎたことだし、」
終わりはないだろうけど。
「許せない」
「ほんとに大丈夫だから、」
「俺が知らないところでねぇ、」
「み、湊さん?なんだか怖いよ…」
今なら大好きなお母さんですら殺してしまいそう。
「ごめん。ごめんね彩花」
「なんで湊さんが謝るの」
「母親が、彩花に酷い仕打ちをしてたみたいだから」
確かに、暴力はいけないこと。だけど、
「私が至らないせい。だから私が悪いの」
「そんなことない。…ねぇ彩花、」
「ん?」
「昔の俺の事憎んでる?」
まさかそんな質問されるなんて。
「それは…」
「正直に答えてね。昔の俺と今の俺は別人だからなんとも思わないよ」
「憎んでるというより、憎まれてると思う。お互いが好きで結婚した訳じゃなくて、ただ親が勝手に決めただけだから。本当は私の事なんて気に入らなかったんだろうなって。だからって酷い扱いをするのは、別問題だけどね。正直私は....ううん、なんでもない。」
それでも好きだった。なんて言ったところで虚しくなるだけだ。
「正直…何?」
「仲良くなりたかったなって、」
好きになってもらおうなんてこれっぽっちも思ってなかったけど、ただ、友達ぐらいにはなりたかった。
それすらも叶わなかったけど。
「あのね....今まで黙ってたけど、湊さんが記憶を失ったのは私のせいなの」
「どういう事...?」
「湊さんが頭を打った日、私は、この生活に耐えられなくなって家を出ていこうとした。そしたら、湊さんに止められて、抵抗しようと湊さんのことを押したら、頭を打ってそのまま目を覚まさなかった」
「…そうだったんだ。でも、どうして話してくれたの?」
今更だけど、でも、
「湊さんが、話したくないなら話さなくてもいいって言ってくれたけど、湊さんにも知る権利があると思って、」
「そっか、」
湊さんは私のために尽くしてくれるのに、私も正直であるべきだと思った。
「ほんとにごめんなさい」
「いや、彩花が逃げ出したいって思う気持ちは痛いほど分かるから責めたりしないよ。むしろ俺の方こそごめん。酷いこと沢山したんだよね」
今の湊さんは違う。
「今の湊さんは私のことを大切に扱ってくれる。私はそれだけで十分だから」
「そっか」
「でも....あの時、湊さんはどうして止めたのかな。嫌いなら私が居なくなる方が良いはずなのに...」
「それは...」
「ん?」
「俺も分からない」
「そっか、そうだよね」
「もしもさ、俺の記憶が戻ったらどうする...?」
湊さんの記憶が戻ったら…
「分からない。だけど、湊さんと声を上げて笑うこともできなくなるって考えたら悲しい。それに、湊さんの優しさにも触れられたのに、また冷たい目で見られるって考えたら怖い」
「そっか....じゃあ記憶は戻らない方がい
い?」
否定はできない。
「…ごめん」
「謝らないでよ。俺だって理解できる。自分がどれだけ最低かってよく分かってる」
「今は違う。私の事を大切にしてくれる。」
「…俺は間違ってたのか」
そう呟く湊さんはどこか悲しげだった。
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