第7話

結局数えられないほど着替えさせられて、湊さんの手には大量の袋が。


「湊さん、半分貸してください」

だけど、何を言っても渡してくれなくて、


「これぐらい持てるから大丈夫」


「でも重たいでしょ?私こんなにちっさいカバンしか持ってないのに申し訳ないよ。何か一つでも持たせて?お願い」


「そこまで言うなら…」

と言って渡されたのは、小さな小さな袋だった。


「こんなに小さいの…」

こんなの、持ったって意味ないじゃん、


「彩花ちゃんに重たい荷物を持たせられるわけないでしょ?」


今の湊さんは、私のこと女の子扱いしてくれる。


こんな言葉を、湊さんも言ってくれたらどれだけ…いや、有り得ないか。デート自体有り得ないことだもんね。



「はぁ疲れた。やっぱり家が一番!」


家が一番だなんて思ったことないのに。湊さんがいる場所以外どこだって良かったのに。それなのに今、自然と口から家が一番って…


「これだけあれば半年は大丈夫かな」

「半年…?」


これだけあれば10年…


いや、このままずっと服を買わなくてもいいんじゃないかって思ってたんだけど、


「半年経ったらまた買いに行こうね!夏のお洋服ばっかり買ったから、今度は冬のお洋服!」

「う、うん、」


冬…になっても私は湊さんの隣に立っているんだろうか。


「あ、ミニスカートも買えばよかった。彩花ちゃんのスカート姿…短すぎるのは嫌だけど、家で履く分には別に構わないか…」


何を想像しているんだこの人は。


「変態」


「あ、そんな引かないの。男はみんな変態なんだから!」

そんな自信満々に言われましても…


「ふふ、何それ」


今はただこうやって笑い合えるだけでいい。


さて、私は夜ご飯の支度にとりかかりますか


「夜ご飯外で食べても良かったのに、」


なんて言いながら、キッチンまで付いてくる。


「いや、今日のお礼したいから私に作らせて!と言っても湊さんよりは美味しくないけど、」


「彩花ちゃんの愛情が籠った料理なら、きっとどれも美味しいよ」


「はいはい」


照れることをサラッと言うところが湊さんに似ても似つかない。もう慣れたけど。



「大変じゃない?手伝おうか?」

「お礼がしないのに、それじゃあ意味ないよ」


「でも…」

「いいからいいから。湊さんはテレビでも見てて」


「えぇ、分かったよ…」

納得していない様子だったけど、何とか説得することができた。


リビングでテレビを見ている音が聞こえてくる。

…なんだか安心する。



「湊さん、できたよ!」


声をかけると、嬉しそうにダイニングテーブルに座った。


「あ、オムライス!しかもハート!?かわいい!」


ケチャップでハートなんて書いたら引かれるかなって思ったんだけど、大好評だった。


「召し上がれ」

「いただきます!んん!おいひい!」


なんて言って口いっぱいに頬張るから、まるでリスみたい。


「ふふ、良かった」


だけど、そんな姿も愛おしい。


誰かと一緒にご飯を食べるのなんていつぶりだろう。湊さんは夜遅くに帰ってくるから、私が一人で食べることが多かった。


遅くまで働いてるんだろう。と、疑いもしなかった。だけど、きっと本命の所に行っていたんだろうな。


湊さんはその人のことを覚えているんだろうか、



「彩花ちゃん?」

「ん…?」


「顔色悪いけど大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ」


心配かけちゃだめだ。


「沢山歩いて疲れちゃったかな?」

「そうかも、」


「今日はもう休もうか」

「うん。そうしようかな」

「じゃあ、先にお風呂入っておいで」


「その前にお皿洗わないと、」

「俺が洗うからいいよ」

「え、でも、」


疲れてるのは湊さんも同じなのに。


「ご飯作ってくれたお礼。」

「お礼だなんて、」


むしろお礼をしないといけないのは私の方。ご飯を作ったぐらいじゃ全然足りない。


「あ、それとも俺と一緒に入りたかった?」

「ち、違います!お先失礼します!」


今の湊さんは平気でこんなこと言う人だって忘れてた。



――――


湯船に浸かりながら、今日の楽しい出来事を思い返してみる。


こんな気持ちでお風呂に入るのは初めてかもしれない。前まではどうしたら湊さんに幻滅されないか考える時間だったから。



「先に入っちゃって、ごめんね、」

「お風呂上がりの彩花ちゃんも可愛いね」


この人はまたこんなことを言って…会話になってないし。


「じゃ、俺も入ってくるよ。先に寝てていいからね」


「…待ってる」


今日のお礼もまだちゃんと言えてないのに、


「分かった。でも眠たかったら寝てていいからね」


待ってるなんて言ったのに、いつの間にか眠ってしまっていた。


ふとした瞬間、額に柔らかな感触を感じた。


「んっ…」


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


これは夢…?


「湊さん…」


「なぁに?」


夢だ…こんなに優しい湊さんはどこにもいない


「湊さん…」

「ふふ、寝ぼけてるの?可愛いね。」


かわいいって言ってくれる湊さんもどこにもいない


「今日はありがとね」

湊さんが私にお礼を言ってる…?


「ありがと…?」

「うん。一緒に出かけてくれてありがとう」

「私の方こそ、ありがと、です…湊さんがかわいいっていっぱい言ってくれて…嬉し…かった…」


夢の中でなら素直に伝えられる。


「それなら良かった。…おやすみ」

優しい声に安心して深い眠りにつく。


湊さんの隣で眠れることが、今の私にとって一番の幸せ。





…記憶が戻らなければいいのに。なんて思ってしまう私は最低だ。

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