第6話


「次はこれ着てみて」


「湊さん…これで何着目ですか…」


私の心配をよそに湊さんは次から次へと洋服を選んできては私に着させる。それも、可愛い可愛いなんて言って。


「ごめんごめん。彩花ちゃんが何着ても似合うからつい楽しくなっちゃって」


ほんと、褒め上手なんだから。


「服を選んでくれるのは嬉しいけど私、着せ替え人形じゃないから」


これは照れ隠し。


「分かってるよ。これが最後だから!」


その言葉も七回目なんだけどね。


「もう、分かりましたよ」



私が服を好んで着なくなったのはある出来事がきっかけだ。


――――


たくさんの会社が集まって交流するパーティーが

月に一度開催される。


湊さんと結婚して、初めて一緒に参加することになり湊さんに恥をかかせないように私も努力したつもりだった。だけど、


「…なんだその格好は」

「す、すみません」


私はファッションセンスがなければ流行りにも疎かった。だから入念に調べ、専門の方に勧められたものだけを身にまとった。


それなのに…


「まさかそれで行くなんて言わないだろうな」

「…」


決して、褒められるだろうとは思わなかったけど、ここまで否定されるとも思わなかった。


「何をしている。早く着替えてこい」


「すみ、ません。ドレスはこれしかなくて、」

「はぁ、」


「すみま『もういい何も言うな』」

怒ってる、、また、失敗したんだ、


「今回は俺一人で行く」

「ですが…!」

「よくそんな格好で俺の横を歩こうと思えたな」


「っ、」

泣いちゃ駄目だ。今泣いたらもっと…


あの時思った。ドレスが悪いんじゃなくて私が悪いんだって。入手困難なほど人気で流行りのドレスだったから。


何を着ても私には似合わないんだ。


そう思うようになって、服に手をつける度にその出来事が頭に浮かんで、苦しくなる。



だけど、今の湊さんは何を着ても褒めてくれる。前の湊さんとは真逆性格のようだ。


ありのままの私を受け入れてくれる。




「湊さ…」

ここで私が着替えるのを待ってるって言ったのにどこに行ったの


「佐藤様なら他のお召し物をご覧になっておられますよ」


「あ、そうなんですね、」

もう、ほんとに自由なんだから

「もしかして彩花様でしょうか?」


「はい、そうですが…」

どうして私の名前を…湊さんは有名な方だから知っているのも当然か。


「やはりそうでしたか。佐藤様が仰っていた通り、すごくお綺麗でいらっしゃいますね」

「へ?」


もう、私が着替えている間に、店員さんにまで私の話を…


「佐藤様はこちらによくいらっしゃるのですか、その度に彩花様のお話を嬉しそうにされていました」


その度…?今日だけじゃないの?


「ちょ、ちょっと待ってください。こちらに来る度に私の話を…?」

「はい。彩花様がとても綺麗で美しくて天使のようだと」


湊さんが…私のことを…?そんなはずは…


「きっとなにか勘違いしてるんですよ、」

「いえ、お越しになる度におっしゃるので間違えるはずがありません。すごく愛されてるなと羨ましい限りでございます」


湊さんが私を愛してた?いや、きっと何かの間違いだ。そうとしか考えられない。


「ドレスの他にもワンピースなどもご購入されるんです。彩花様が普段お洋服を買う時間が無いから代わりに買ってあげるんだと仰っていました」


「ワンピース…?」

ワンピースなんて一度も貰ったことない。まさか…こんなこと考えたくもないけど、浮気、してたの?


あぁ、なんだ、そういう事か。さっき店員さんが言ったことは、私のことじゃなくて、その…湊さんが本当に好きな人に向けて言った言葉だったんだ。


「彩花ちゃん、着替え終わっ…わぁ、」


「あ、湊さん、どうですか?」

「すっごく可愛いよ。よく似合ってる」

「ありがとうございます」


今、私は普通でいれているだろうか。自分の気持ちを隠すことには慣れているはずなのに、


「よし決めた!この服全部下さい!」

「かしこまりました」


「え、湊さん、私11着もいらないよ。あんまり外にも出ないし2着ぐらいあれば十分…」

「だめ。俺が全部気に入ったんだ。外で着ないなら家で着ればいいでしょ?」


「それでは合計で54万円になります」

54万円…!?湊さんの財産力をを舐めている訳ではないけど、服に50万も費やすのはちょっと、

「一括払いで」


「お預かりいたします」

駄目だ。何回考えても私には贅沢すぎる


「湊さん、申し訳ないんだけど、私、こんなに高価なワンピース着れないよ」

「せっかく買ったのに?」

「今からでも返品を…」


「確か、ここのお店って返品できないんだよね〜」


まさか、それを知っててここに?

「じゃあどうすれば、」

「だから彩花ちゃんが着てよ」


「だけど…」


「あー、そうだよね。俺が買ってあげたものは着れないよね。俺のこと嫌いだってすっかり忘れ『ありがたく着させていただきます』良かった〜』


こう言ったら私がなんでも言うこと聞くと思ってる。事実だから何も言えない。それがまたムカつくんだけど。


「ほら次行くよ!」

次…?ちょっと待って、

「今ので終わりじゃないんですか?」


「まだまだ彩花ちゃんに似合う服が眠っているからね!次行くよ次!」


さっきは冗談で着せ替え人形なんて言ったけど、これじゃほんとにそうなっちゃうよ、


「もう、これだけでも十分すぎるのに、、」

「ほら、置いていくよ!」

「あ、ちょっと待って」


まぁ、湊さんの楽しそうなところ初めて見たし、着せ替え人形も別に悪くないか、



それに…気のせいかもしれなけど、心の重りが一つ取れて、体が軽くなった気がした。

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