第5話
「冷めないうちにどうぞ」
「い、いただきます」
お、美味しい…同じパンでも焼き方によってこんなに違うのか。
「ふふ、口にジャムついてるよ」
「どこですか?」
「…ここ、」
そう言って私の唇にそっと触れ、
「た、食べた…」
「ん、美味しい。冷蔵庫にオレンジ入ってたからマーマレード作ってみたんだ」
「…マーマレード」
勝手に湊さんは料理が出来ないと思い込んでいた。だけど、しなかっただけだったんだ。なんなら私よりも湊さんが作った方が美味しい。
「あ、そうだ。今日予定ある?」
「予定ですか?ないですけど…」
「それじゃあお出かけしよっか。どこか行きたいとこある?」
「いえ、特には…」
湊さんにはクレジットカードを貰っていた。これで何でも好きなものを買えって。だけど、私のためというより…自分のため。
「これで身だしなみでも整えろ、俺の妻である以上、常に誰かに見られているという事を忘れるなよ。つまらない事で俺に恥をかかせるな。肝に銘じておけ」
それでも私が服を買わないから、パーティーがある時は湊さんがいつもドレスを用意してくれてた。それもきっと私のためとかではなく、ただ自分の顔に泥を塗りたくなかったからなんだろうけど。
「彩花ちゃん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「服、あんまり買わないの?」
「はい。まだ着れるし、新しい服を買う必要もないかなって。それに…ファッションとかよく分からなくて、」
何を着ても私には似合わないから。
「勿体ないよ!彩花ちゃん可愛いのにもっとオシャレしないと」
「可愛くなんて…んむ、」
両手で顔を挟まれてるんですけど…
「そんなこと言わないで。彩花ちゃんは可愛いいよ」
「わ、分かりまひたから、離ひてくだはい」
こんな不細工な顔、見られて恥ずかしい…
「よし、じゃあ行こう!」
今の湊さんは突拍子のないことをよく言う。
「え、どこにですか?」
「デパート!」
「…デパート?」
記憶を失っているのに知っているデパートなんて…事前に調べてくれたのか、それとも全ての記憶が消えた訳ではないんだろうか。
「デパートにはどうやって行くんですか、いつも秘書の方に運転お願いしてますよね」
「秘書?俺に秘書とかいるの?なんだか社長みたいだね」
「社長ですよ…」
「え?俺が社長…!?」
あ、そうか。仕事の心配もしないといけないのか。湊さんが倒れたことは秘書の人には連絡してある。この事を知られたら厄介な人が1人いるから、そこは心配だけど。
「実感湧きませんか?」
「うん…お金持ちな気はしてたけど、そうか、社長だったのか。俺に仕事なんてできるのかな」
「それなら問題ないと思います。普通の人なら一日かかる仕事でも湊さんなら1時間で終わらせられましたから。湊さんはほんとにすごい人なんです」
「それはすごいね。でも、その分俺が眠ってる間、他の人達にすごく迷惑かけちゃったのか」
「仕事は秘書の方が何とかするって仰ってましたけど…」
「秘書か、」
湊さんが命に別状はないけど、私のせいで倒れて、目が覚めない状態だって伝えておいた。だけど、まさか記憶喪失だとは思っていないだろう。
あ、そうだ、秘書の方に湊さんが目を覚ましたって連絡しておかないと。
「あ、待って、秘書の方からちょうど電話が、…もしもし。すみません連絡が遅くなってしまって。昨日の夜、湊さんが目を覚ましたんですけど、その…記憶喪失になってしまって…はい。そうですね、では明日の2時に、はい。分かりました。失礼します」
「秘書はなんて?」
「仕事に行く前に一度会って話しておいた方がいいとのことで、明日の二時にうちにいらっしゃるそうです」
「俺が社長だなんて想像つかないなぁ…」
湊さんなら大丈夫だって言いたいけど、これも全部私のせいなのにそんなこと言うのは何か違う気がする。
「詳しい話は明日秘書の方が説明してくれるそうです」
「そうだね、兎に角、今日はデパートに行って彩花ちゃんのためにお洋服いっぱい買ってあげる!よし!今日は俺が彩花ちゃんのために一肌脱ぐよ!」
「でも…」
盛り上がってるところ申し訳ないのですが、私はあまり乗り気じゃないんです。
「大丈夫!デパートまではタクシーで行けばいいよ!」
「まぁ、そうなんですけど…」
「あ、もしかして、俺と一緒に出かけるの嫌だった…?」
「いや、そうじゃなくて、、湊さんは、昨日目を覚ましたばかりだし、今日は無理しない方が…」
「それなら大丈夫!もう元気だから!」
はぁ、私がこれ以上何か言ったところで無意味なんだろうな。
「分かりました」
「よし!じゃあ俺は早速出かける準備をしてくるよ!彩花ちゃんとのデート楽しみだなぁ」
「デート…」
まぁそうか。夫婦で出かけるんだからデートになるのか。デートか…夫婦になってから今年で2年目だけど、湊さんとは一度もデートなんてしたことなかったな。
「彩花ちゃん、どうかした?」
「い、いえ、私もすぐに準備してきます」
「じゃあまた後で!あ、それから、ずっと敬語になってたよ」
「あ…」
そうだタメ口…忘れてた
「1日経ったらリセットされちゃうの?可愛いね」
湊さんのかわいいはよく分からない。可愛いなんて言われ慣れてないから恥ずかしい。出来ればあまり言わないで欲しい。だけど罵倒されることより100万倍良い。
あぁ、怖いなぁ…
湊さんの前で自分の好きな服を着るのが怖い…
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