第7話 河川敷の死闘 ③夜明け

蛭川「アディショナルタイム開始だぜ」


 炎を踏み越えて、悪魔が長い舌を出して言った。その舌は蛇のように二つに割れていた。


補給兵「団長!」


 鎧の彼が騎士団長に駆け寄っていく。もし今、都合よく土砂降りのスコールがこの河川敷に降り注いだとして、もはや無事ではあるまい。それほどの業火が、彼女を包んでいる。


 人が炎に包まれて死ぬとき、直接的な死因は「火傷」によるものではないと、なにかの本で読んだ。結果的には大火傷を負うとしても、一酸化炭素中毒に陥るとしても、酸素が吸えず窒息を起こすとしても、最初に絶命をもたらすものは「ショック死」だと言う。


 彼女と、彼女を前に触れることも叶わず、ただただ狼狽えるばかりの彼の苦痛は、ぼくの想像を遥かに超えた壮絶なものに違いない。


補給兵「だっ……」


 まるでテレビの停止ボタンを押したみたいに、彼の言葉が唐突に途切れた。見ると、鎧の彼の額には、ジャックナイフが深々と突き刺さっていた。


蛭川「ハハッ。ブルズアイ、ど真ん中だ」


 ナイフは少年が放ったものだった。この悪魔にとって、人の命を奪うことなんて、なんでもないんだ。丸めた紙くずをゴミ箱に放り投げることくらい当然で、上手くいけば嬉しい、その程度のことなんだ。


 鎧の彼は、そのまま地面に倒れ伏した。死に抗う時間も、苦痛に喘ぐ時間も与えられず、ブレーカーが落ちて暗転する照明のような唐突さで、彼は絶命した。


本屋「うわぁぁぁーーーーーッ!!」


 ぼくはただ叫ぶしかなかった。逃げるでも、立ち向かうでも、彼を救護しに向かうでもなく、そういった合理的な行動の一切は頭に浮かばず、ただこの体を支配する恐怖を、少しでも体の外側に排出せねばならない、と。その肉体の拒絶反応がぼくを叫ばせていた。


三ちゃん「ノムさん……さっきの包丁貸してくれ」

ノムさん「だめだ。三ちゃんを人殺しにはできない」


 ぼくが半狂乱で叫んでいた間に、三ちゃんとノムさんはそんなことを話していたらしい。


三ちゃん「どうせ失うものなんて何もねえ。家も、仕事も、養うべき家族も、何も残ってねえ。ケチなホームレスが一人、刑務所にぶち込まれるだけのことさ」

ノムさん「あるだろ、失うものは。それは三ちゃん、あんた自身だ。俺はあんたを失いたくない。俺はあんたに救われた。会えなくなるなんて絶対に嫌だ」

三ちゃん「ティーンエイジャーのカップルじゃねえんだ、つまんねえ駄々こねてんじゃねえよ」

ノムさん「さっきあんたが金髪の小僧に立ち向かって行ったとき、俺は怖くて逃げた。自分が傷つけられるのが怖くて逃げたんだ。だけどさ」

三ちゃん「頼むよノムさん、聞き分けてくれ」

ノムさん「後から考えてみたら、馬鹿な選択だったことにすぐに気づいたよ。だってあのまま、あんたが死んじまってたら、俺は、俺自身が傷つけられることよりずっと、ずっと深く傷ついていただろうから」

三ちゃん「ノムさん……」

ノムさん「気づいたんだ。金髪の小僧なんかより、あんたを失うことの方がずっと怖いって」


 そしてノムさんは、良く研がれた出刃包丁を右手に持ち、月にかざして、その青白い輝きを見つめながらこう言った。


ノムさん「あんたは光だ。ホームレスを照らす光。ここから退場するケチなホームレスは、俺一人でいい」

三ちゃん「ノムさん!」


 三ちゃんの声が届くころにはもう、ノムさんは走り出していた。両手でしっかりと出刃包丁の柄を握り、腹の前で構え、その切っ先をまっすぐ少年に向けたまま全速力で駆けていた。


 少年は、金髪の少年が乗っていたJOGと書かれたスクーターに跨り、走ってくるノムさんを見て、邪悪な笑みを浮かべてこう言った。


蛭川「素敵なドラマだ。感動したぜ」

ノムさん「うわああーーーーーっ!!」


 ノムさんの叫び声と、少年の乗ったスクーターの排気音が重なって、低い和音を奏でた。二人は真っすぐ、同じ直線の上を通るように接近し、そして衝突した。


 スクーターのフロントライトの砕けた音か、あるいはノムさんの体のどこかの骨が砕けた音かは定かではない。思わず耳を塞ぎたくなるような不快な音が鳴った。ただ、力比べは当然、スクーターが勝った。ノムさんは跳ね飛ばされ、地面の上を十度か二十度、とにかく何度もゴロゴロと転がっていった。出刃包丁と、トレードマークのニットキャップはどこかに行ってしまって、ノムさんの近くにはもうない。濃い緑色のセーターが、泥や草や小石にまみれていた。ノムさんはピクリとも動かなかった。


蛭川「勇気のバトル度胸試しは俺の勝ちだ。おっさんも結構、行ってたけどな」


 少年は倒れたノムさんを見て、胸の前で十字を切って言った。


 ゴドと音を立てて、スクーターに跨ったままの少年の前に何かが転がった。それは、大きな石、バスケットボール大の、ヨッチャンの墓石だった。


三ちゃん「てめえは二度と、日の目を拝めないようにしてやる」


 その石は、三ちゃんが放ったものだった。少年に直撃させるつもりで放ったのだろう。しかしその石は届かなかった。三ちゃんが立っている場所から、石が落ちた場所までおよそ6~7m。小柄な三ちゃんがあの重い石を、それだけの距離を投げることができただけでも、奇跡と呼ぶには十分だった。火事場の馬鹿力か、あるいは天国のヨッチャンがもたらしたひとつの恩寵だったのかもしれない。ただその奇跡は、彼にかすり傷一つ負わせることもなく、ただ重い墓石を多少移動させた以上の意味を持たなかった。


蛭川「いい顔するじゃねえか」


 三ちゃんは肩で息をして、その顔は金剛力士像のように激しく歪み、真っ赤に紅潮していた。小さな体の内に留めておくにはあまりにも膨大な怒りが、三ちゃんの中で渦巻いている。頭からは湯気が噴き出してきそうだ。固く握られた拳はぶるぶると震え、血走った目からは、炎を孕んだ涙がぼとぼとと零れ出していた。


蛭川「だけどそんな顔してちゃさ、小さな女の子なんかは泣きだしちまうだろうな。犬なんかは吠えるだろうな。俺も正直、怖くて小便ちびりそうだよ。ハハッ」


 少年が三ちゃんの元に歩いて近寄っていく。そして耳たぶにぶら下がった片刃のハサミを右、左と順番に勢いよく引きちぎった。痛がるそぶりも見せず、不気味な愉悦を顔に張り付けたまま。耳たぶからは血が滴り落ちている。少年はハサミの持ち手に人差し指を通して、くるくると回しながら言った。


蛭川「おっさん、若い頃は結構イケメンだったんじゃないの。わかるよ。目なんかパッチリ二重だもんな。でもそんな怖い顔してちゃあ、女にモテないぜ」


 そう言うと少年は両方のハサミをスッと、手慣れた手つきで三ちゃんの口に中に入れた。三ちゃんは歯を食いしばった。ハサミを噛んだガチッという音が聞こえた。三ちゃんは少年の手首を掴んで、必死で力を込めて抵抗しているようだったけど、少年の方がずいぶん力が強いみたいで、ああ……


蛭川「スマーイル」


 少年はハサミを持った両手を思い切り、大きく横に開いた。三ちゃんの叫び声が河川敷に響いた。口の両端を切り裂かれた三ちゃんは膝をつき、手で口を押さえながら、苦痛に悶え、うめき声を上げていた。少年はその様子を見て、財宝を見つけた海賊のように、心底気分が良いといった風に、笑っていた。ひとしきり満足のいくまで笑うと、少年は静かに、三ちゃんに向かって褒めるように囁いた。


蛭川「素敵な悲鳴だね」


 この男にとってぼくたちは、この夜を鮮やかに、スリリングに彩るための舞台装置でしかないんだ。この悪魔に目を付けられたのが運の尽きだった。明日、来週、来月、来年、10年後、20年後、ぼくたちがまだ生きていたとしても、今日という恐ろしい一日の経験が、これからのぼくたちの人生から、一切の喜びを奪い去ってしまった。ぼくはもう、きっとなにがあっても笑えない。この悪魔の存在する限りは。


三ちゃん「逃げろ、本屋」


 叫ぶことも、呼吸も、瞬きも忘れて立ち尽くしていたぼくに、三ちゃんが言った。切り裂かれた唇を動かさないよう、喉の奥だけで発音した、低く掠れた声だった。


 その声が、催眠術師が催眠を解くクラップのように、ぼくの体を解放した。固まっていた足に血液が巡り、ぼくは一目散に駆け出した。助かりたい。生きたい! 一心不乱にぼくは駆けた。


 こんなに思い切り走ったのはいつぶりだろう。心臓が痛い。ずっと座って本ばかり読んできた人生だったから。きっと今、ぼくは肉体の限界を超えて走っている。このまま爆発してしまいそうだ。たとえ意識が途絶えても、走ることだけは辞めてはならない。頭に余計な酸素は送らない、ただ脚を回転させることだけに集中するんだ!


 頭が少しずつ、ぼんやりとしていく。流れる風景と、風の音が消えて、ただ地面を蹴る足の裏の感触だけが残った。


三ちゃん「おめえが生きてるだけでいいんだから」


 耳元で、三ちゃんの声が聞こえた。すぐそばにいるみたいに。


ノムさん「本屋のおかげで、ずいぶん楽しくやってるよ。ホームレスなのにな」


 今度はノムさんの声だ。いつか現実に、彼から発せられた声だ。あれはいつだっただろう。ああ、そうだ、あれはまだノムさんがここへ来て間もない頃、ぼくが一斗缶に穴を開けて、簡易的なコンロを作ってあげた時だ。川で獲れる魚の種類とか、釣りに適した餌の種類とか、そういうことを教えてあげたら、彼はずいぶん喜んでいたっけ。ここが俺の新しい厨房だ。また人のために料理ができるなんてな。そんな風に言って、涙まで零していた。


 ぼくが誰かの役に立てるなんて、ホームレスになるまで知らなかったんだ。


本屋「…………」


 脚はいつの間にか止まっていた。心臓が早鐘を打ち、張り裂けそうだ。胸は何度も膨らんでは萎みを繰り返して、吐く息は熱く、痛いくらいだ。忙しない肉体とは裏腹に、ぼくの頭の中は、これまでにないくらい静かで、クリアだった。


本屋「ぼくが役に立てるのは、ここしかない」


 それは諦観や、嘆きの言葉じゃなかった。たった一つこの人生で、成し遂げなくてはならないことを見つけた、ぼくの決心だった。


 知識なんか要らない。……あとは、あとは勇気だけだ。


 ……


蛭川「……綺麗だな」


 河原サロンでは、まだ炎が燃え盛っていた。三ちゃんは、多くの血を失ったために地面に倒れ伏し、ノムさんは変わらず動かない。その光景を眺めながら蛭川は、自分のスクーター、Vespa 946 Dragonのハンドルに肘を置き、頬杖をついて呟いた。


 画家が描き上げた渾身の一枚を眺めるように、満足げに、何度もうんうんと頷きながら、蛭川は自分の描いた地獄絵図を眺めていた。


蛭川「さて、名残惜しいが……ポリ公が来る前におさらばするか」


 蛭川がベスパのエンジンをかけ、走り去ろうとした時、彼の目に飛び込んで来たのは、意識を失って倒れたはずの三ちゃんが立ちあがって、両手を広げている姿だった。


三ちゃん「逃がさねえぞ……」

蛭川「……嘘だろ、これ以上傑作になるつもりかよ」


 蛭川は興奮を抑えきれなかった。。その期待が蛭川を掴んで離さない。


「三ちゃん!」


 声がした。立ちはだかる赤キャップの男のその背後に、息を切らして、メガネにボロボロのロングコートを着た、白髪の男が立っていた。男の手には妙な、手製のボウガンのような物が握られている。


三ちゃん「……本屋」

本屋「助けに来たんだ」

三ちゃん「どうして」

本屋「助けたかったから」

三ちゃん「……馬鹿」

本屋「君たちを助ける以外の知識なんて一つもいらない」

三ちゃん「こんなに馬鹿だったのかよ、本屋」

本屋「君たちが生きてるだけでいいんだから!」


 三ちゃんの目からは大粒の涙が零れ落ちていた。蛭川は二人のやり取りを見て、ほとんど性的興奮を覚えていた。傑作だ。本当に良い絵は、作者の技術や想像を超えて産まれる。今まさに目の前に、最高傑作が出来上がろうとしていた。


 本屋は三ちゃんを通り過ぎて、蛭川の目の前までやって来た。その距離はおよそ3メートル。目と鼻の先だ。本屋の手に握られているのは、狩猟用の銛が装填された、本で読んだ通りに作った手製のボウガンだ。川の魚を獲るために、ノムさんに作って進呈した物だったが、思いのほか威力が強く、危険と判断してサロンの離れに封印していたものだ。


本屋「動くな」


 本屋はボウガンを構え、蛭川に向けた。蛭川は一切動じる様子もなく、静かに立っている。まるでこんなこと、何度も経験してきたといった風に。その顔は穏やかですらあった。


蛭川「絵になるぜ、おっさん」

本屋「喋るな! そのまま黙ってここから去れ。二度とぼくたちに関わるな」


 蛭川は、それまでに何度か見せた不吉な笑みではなく、慈しむような微笑みを浮かべて、右手を静かに上げ、その人差し指で自分の眉間を指した。


本屋「動くな、撃つぞ!」


 本屋の体は、もう怖がってはいない。声も震えていない。両足でしっかりと大地を踏みしめ、脇を締め、肘を肋骨に当てて固定し、まっすぐに照準を合わせていた。これもまた本で得た知識だった。


蛭川「よーーー……く狙えよ」


 少年は指で眉間をトン、トンと叩いて言った。微笑みを浮かべたまま。そこに恐れも、打算もない。彼は本心で言っている。


 射出できるチャンスは一度きりだ。外してしまえば、銛を手繰り寄せるのにタイムラグが発生してしまう。そうなれば終わりだ。距離は近い。チャンスは今しかない。覚悟を決めろ、数彦!


本屋「うわあああーーーーッ!」


 射出された銛は、少年の頭を掠めて飛んで行った。少年の髪がわずかに揺れた。銛は空しく飛行して、少年の約10メートル後方に倒れていた鎧の青年の臀部に突き刺さった。鎧の青年の体が一瞬ビクンと揺れた。


本屋「そんな……」


 体中の力が抜ける。外した? 体は震えていなかった。引き金を引くとき、余計な力も入れなかった。照準は確かに合っていた。それなのに、何故。


蛭川「言ったろ。俺にはがついてる。加護ってのは、勇気に対する対価なんだよ。死への恐怖を克服したことに対する、神サマからの褒美なんだよ」


 少年の顔がまた、あの歪な、悪魔のような笑みに満ちていく。そして彼はスクーターからバールのような物を持ち出して来て、ぼくの顔を見てこう言った。


蛭川「俺にはどんな弾も当たらない」



 バツンッバツンッ



 妙な音がした。革張りのソファをナイフで裂いたような、自転車のチューブの切れたような、何かが弾ける音だ。


 その音に気付くのとほとんど同時に、顔の横を何かが掠めて飛んで行った。それと、ゴンッという音。鍋が床に落下したような音。


蛭川「いって……」


 少年が後頭部を手で押さえて言った。何かが彼の頭に当たったのか。何が当たったんだ? ぼくも、少年も事態が呑み込めず戸惑っていた。


 答えは少年の約10メートル後方にあった。


 倒れている鎧の彼の肉体が脈打ちながら膨張している。バツンという音は、彼の身に着けている鎧の留め具が弾けた音で、飛んできたのは割れた鎧の破片だ。彼は見る見るうちに大きくなっていく。身に着けていたものは、手袋や靴も含めてことごとく破れ……そこには、全裸の巨人が倒れていた。


本屋「一体何なんだ……」

補給兵「……う、うーん」


 鎧の彼、とはもう呼べないだろう。なにせもう鎧は、というか衣服は全く身に着けていないのだから。とにかく彼は身を起こした。頭にナイフ、臀部に銛が突き刺さっている。


補給兵「まだ夜……?」


 彼の背丈はもはや3メートルを超えていた。全身の筋肉が膨張し、過剰ステロイドのボディビルダーか、金剛力士像のようだが、頭のサイズだけは変わらないので、異様な姿だ。まるで巨人の体に首だけ挿げ替えたような。


蛭川「おもしれー……」


 少年はまるで初めて豪華客船を目の当たりにして、その想像以上のサイズに驚く人のように、無邪気な顔でそう言った。


 巨人の額の筋肉(額の筋肉とは……?)が盛り上がって、スイカの種を吐き出す口のように「ペッ」とジャックナイフを吐き出した。臀部の銛も、プッと肉に押し出されて抜けた。彼は確かに脳天にナイフが突き刺さって死んでいたはずでは。なぜ立ち上がる。なぜ大きい。どこまでも理解の範疇を超えた夜だ。


補給兵「あれ、なんかみんな小さくない?」


 言っている言葉はわからないが、なんとなく寝ぼけたような、見当違いのことを言っている気配がある。たぶん彼もまだ、状況を上手く呑み込めていないのだろう。


補給兵「あ、敵だ」


 巨人が少年を何か見て言った。そのあと巨人はキョロキョロと辺りを見渡した。ぼくのことも見た。再び倒れてしまった三ちゃんも、ノムさんも。未だに炎の残るここら一帯を見て、少しずつ状況を理解しているようだ。


 そして彼は、焼け焦げて煙を上げている鎧の彼女の遺体を見た。


補給兵「……団長」


 鎧の彼と、騎士団長がどんな関係なのか、ぼくにはわからない。恋人か、姉と弟か、はたまた本当に騎士団長とその部下なのか、いずれにせよ、彼らが二人で連れ立って、この日本へやって来たことだけは間違いない。文化風習の全く異なるこの異国で、彼らはお互いに、たった一人の、言葉の通じる、心を通わせられる相手だったはずだ。


 ヴィィイと、巨大な蜂の羽音のような音が響いた。その音は、少年の乗ったスクーターが巨人に向かって走っていく音だった。一目散に。我先に。初めて見た動物に触れてみたくて駆けていく子供のように。


 巨人は身を屈め、向かってくるスクーターを右手で受け止めた。痛がるそぶりも、力を込めるそぶりもなく、ただそっと、平凡な速度で飛んでくるテニスボールを手でキャッチするみたいに。


蛭川「すげえな、ほんとに人間かよ」


 巨人はスクーターを掴んでヒョイと持ち上げた。タイヤが空転している。少年はスクーターから転がり落ちた。巨人は少し何かを考えた後、スクーターを空に向かって投げた。思い切り、ではなく、何気なく、野球選手がサインボールを観客席にほいと投げるような自然さで。少年の問いに、ぼくが代わりに答えるならそうだな、人間ではないかもしれない。


 スクーターは、何メートルだろう、距離が測れないほど高く飛び、そしてやがて落ちてきて、ぼくたちのが並ぶ河原サロンに墜落した。凄まじい轟音と、大爆発を伴って。さながら小さな流れ星のように。


本屋「……ぼくたちの家が」

蛭川「俺のベスパが……俺の魂が……」


 少年は怒ったようだ。歯をギリリと食いしばり、こめかみには血管が浮き出ている。それはこの少年が初めて見せた、人間らしい等身大の感情だった。


蛭川「てめえ、ぶっ殺してやる!」


 少年がバールのような物を振りかぶって、その先端で巨人の脛、つまり弁慶の泣き所を強く打った。その激痛を想像するだけで顔が歪む。しかしバールのような物は、それが軽い木材か発泡スチロールで出来ているのかと思うほど、あっけなく弾き飛ばされ、少年の後方3メートルの地点に落下した。巨人は痛がる様子も、実際に傷ついた様子もない。それどころか、痛みがないことを不思議そうにしている。


蛭川「嘘だろ……」

本屋「ハハハ……」


 少年の呆気に取られた顔を見て、ぼくはつい笑ってしまった。さっきまであれほど恐ろしかった悪魔が、なんて小さいんだ。


 少年はチッと舌打ちをすると、巨人に背を向けて走り出した。そうだ、あんな常識外れの化け物を目の前にしたら、悪魔も裸足で逃げ出すしかない。惨めったらしく逃げろ! そして二度とぼくたちの前に姿を現すな!


蛭川「うげぶッ」


 少年がなにかに躓いて地面に倒れた、腹を勢いよく打ちつけたようで、太ったヒキガエルみたいな声を出した。少年が躓いたものは、三ちゃんが投げた、ヨッチャンの墓石だった。


蛭川「ち、ちくしょうがァ……」


 少年はよろよろと立ち上がる。しかしすぐに異変に気付いた。一体どこで引火したのか、まあ、そこかしこで草が燃えているのだ、今まで引火しなかったのが不思議なくらいだが、彼の衣服の裾に火が着いている。一度着火してしまうと、炎は素早く彼の全身を覆った。


蛭川「なああぁッ! くそがッ!」

本屋「表面フラッシュ現象だ!」


 腕を振り、足を振り、まるで下手くそなダンスみたいだ。振っても振っても、炎は消えないどころか、着実に勢いを増している。本来なら、目の前で人がこんな状況に陥っていれば、一刻も早く救護すべきだろうが、彼に対してはそんな気持ちは微塵も起きない。


本屋「ポリエステル製だろ、その服」

蛭川「ちくしょう! 消えろ! 消えろォ!」

本屋「ポリエステルの原料は石油だ。一度火が着いたら簡単には消えないぞ!」

蛭川「あああ! あっちい! クソォ!!」


 衣服を脱ごうとしても、ポリエステルが熱で溶けて、上手く脱げないようだ。少しかわいそうになってきた気もするが、三ちゃんやノムさんが受けた苦しみに比べれば、こんなもの! そのまま焼け死んでしまえとすらどこかで願っている自分に気が付いて、魂が少し汚れてしまったような、寂しい気持ちがした。


 少年はようやく、ここが河川敷であることを思い出したのか、炎上する河原サロンの方へ駆けていき、背の高い草をかき分けて、川に飛び込んだ。ザボン、という音が聞こえた。火傷は負っただろうが、まだ死ぬような段階ではないはずだ。


蛭川「うわぁああーーーーーーッ!!」


 少年の叫び声だ。そして川の方から、激しいバチャバチャという水音が聞こえる。まるで大型の魚が何匹も暴れているような。彼は溺れているのか? 怖い気持ちも少しあったが、このまま彼に死なれても、それはそれで、後味の悪いものを残す。ぼくは慎重に草をかき分けて、川の様子を見に行った。


 少年がアザラシの群れに襲われていた。


本屋「多摩川の生態系もいよいよだな」


 アゴヒゲアザラシだろうか。どうしてこの川にはこうもアザラシが迷い込んでしまうのか。見たところ4~5匹、家族だろうか。アゴヒゲアザラシに群れで行動する習性があっただろうか……と本で読んだ記憶を辿ろうとしてみたが、すぐにそれがどうでもいいことだと気付いた。


 少年がからがら逃げ延びて、川岸に上がってきた。火は消えたものの、衣服は溶け、頭頂部から生えていた彼の長髪は無残にも、使い古した金タワシのように縮れて、頭のてっぺんにちょんと乗っかっていた。腕やわき腹のあちこちにアザラシの歯形が着いている。妙な病原菌に感染していなければいいが……。


本屋「ひどい有様だな……」

蛭川「ハァ……ハァ……」


 水をかなり飲んだのだろう。喘息のようなゼエゼエした呼吸にまじって時折、彼はゴボと言って水を吐いた。不憫だ。


 少年は陸に上がると、ぼくには目もくれず、巨人の元へ向かっていく。諦めの悪い奴だ。燃えて尻が丸出しになったズボンの腰から、新しいジャックナイフを取り出したようだが、もはやそんなものがなにかの役に立つとは思えない。


蛭川「殺す。絶対ぜってー殺す……」

本屋「やめとけよ、もうボロボロじゃないか……」

蛭川「あいつを殺さねえと、俺の強運が戻らねえんだ……」


 マルコの生物離れした怪力と頑丈さを目の当たりにしたとき、炎に見舞われ、川に落ち、アザラシの群れに襲われたとき、蛭川の脳裏に死がよぎった。それは彼が生まれて初めて感じた恐怖だった。恐怖は勇気を一瞬で拭い去っていった。そして彼は、自らの神を疑った。あらゆる死を回避させてくれるはずの、神の存在を。


蛭川「これは試練だ……。あいつを殺さねえと、俺は信仰を取り戻せねえ。神サマの加護をもう一度取り戻すんだ。あいつを細切れにして、アザラシのエサにしてやらねえと、俺は……」


 蛭川がマルコの姿を見つけたとき、マルコは騎士団長の傍らでしゃがみこんでいた。その目に涙こそ浮かべてはいなかったが、激しい悲しみ以上に切ない、空虚な顔だった。過去も未来もない、ただどこまでも続く暗闇の荒野に放り出されてしまったような、生きる希望を失った者の顔だった。


蛭川「てめえを殺さなきゃならねえんだァーーーー!」


 蛭川の叫び声を聞いてなお、マルコは我に帰らない。現実の音の届かない場所に行ってしまったのかもしれない。ナイフを構えて猛烈な勢いで突進してくる蛭川の方を、ちらりとも見ない。


蛭川「死ねぇーーーーーーーーッ!!」


 猿叫。悪魔がついに、最後に残ったひとかけらの人間性を手放した瞬間だった。ナイフの切っ先が、マルコの脇腹に突き立てられんとするその瞬間、


補給兵「うわびっくりした」


 突然飛んできた蜂やアブを振り払うように、マルコは反射的に手を払った。ただ払った。そこに攻撃の意図は全くなかった。なかったはずだが、蛭川はその手に払いのけられ、天高く放り出され、夜の暗闇の中に消えていった。


補給兵「あれ?」

本屋「ハハ……ハハハ」


 もはや笑うしかない。


本屋「……なんだかずっと、夢を見てるみたいだ」


 全身の力が抜けて、立っていることもできない。ぼくは地面に倒れ込んで、ああ、ひどく眠い。優しい夢があちら側で、手をこまねいている。つまりここは現実だ。そうだよな、夢の中でこんなに、体がずっしり重たいはずがないもの。


 ……


 多摩川沿い六郷橋のほど近く、パトロールを口実に交番を発った二人の巡査が、エンジンを切ったパトカーの中で、小型のラジオで競馬のナイター中継を聞いている。


 若い巡査は競馬に興味がないようで、もう一人の男にコンビニで買ってもらったチョコあ~んぱんを一つ口にポイと放り込むと、口をもぐもぐと動かしながら尋ねた。


巡査「いいんですか? 部長がこんなことして」

部長「あとでちゃんと口裏合わせろよ」


 どうやらチョコあ~んぱんが口止め料の代わりらしい。


巡査「パトロール強化中って、やってることがこれじゃあ……」

部長「うるせえな、市民の安全より11レースだ」

巡査「最低だよこの人」


 巡査部長はスマートフォンの画面を操作して、購入する馬券を選んでいるようだ。若い巡査は、パトロールを強化するきっかけになった男のことを思い出していた。


巡査「なんて言いましたっけ、あのー耳にハサミをぶら下げた」

部長「蛭川な。あいつのせいでどれだけ仕事が増えてるか、ちくしょうめ」

巡査「なんでもめちゃくちゃ逃げ足が速いとかって」

部長「まるでなんかに守られてるみたいに運のいい野郎でな。なかなかを抑えらんねえ」

巡査「手引きしてる仲間がいるってことですか?」

部長「シッ! 出走だ、黙れ!」

巡査「はぁー……」


 若い巡査は深いため息をついた。巡査部長は大井競馬の第11レースの中継を聞きながら、時折よしよしとか、そうだ、行け、とか熱のこもった声で言っている。若い巡査は退屈そうにあくびをして、なんとなしにフロントガラスから夜空を見上げてみた。


巡査「月が綺麗だな」

部長「最終コーナー! よし、いい位置だ、行ける、行けるぞ!」

巡査「……ん?」


 若い巡査は、月に黒い点のような物が重なっていることに気付いた。その点は徐々に大きくなり、やがて小さな人の形になり、こちらに猛スピードで近づいてきているようだった。


巡査「なんだ、あれ」

部長「行けーーーーッ!! 差せーーーーーッ!!」

巡査「嘘だろおい!」


 空から人が落ちてきて、パトカーのフロントガラスを突き破った。若い巡査はすんでのところでドアを開けて逃れたが、巡査部長はそのの頭突きをモロに食らい、鼻から大量の鼻血を噴出していた。気を失っているようだ。


巡査「なんだよこれ、物騒なラピュタじゃねえんだから……」


 若い巡査がよくよく見ると、フロントガラスに突き刺さっている男は、衣服が焦げ、傷だらけで見る影もないが、そして「耳のハサミ」こそないが、その人相は確かに以前、数えきれないほどの事件の容疑者として顔写真が共有された、くだんの男のものだった。


巡査「……蛭川!」


 まさか犯罪の方から飛び込んでくるとは。これは大手柄だ。若い巡査は腰の手錠を取り出すと、蛭川の手首に掛け、無線機に向かって叫んだ。


巡査「確保! 蛭川確保! 私です! 私が捕らえました!」


 3月21日、19時42分。暴行・傷害・放火・殺人未遂その他の容疑者、蛭川聯ひるかわれん、逮捕。


 ……


 巨人になった彼が少年を空の彼方に吹っ飛ばしたあと、ぼくたちは三ちゃんとノムさんの手当てをした。彼の持ち物に止血帯と、見たことのない種類だが、おそらく薬草、が入っていたので、それを借りて。彼も手伝ってくれようとしたけど、体が大きすぎて思うように進まなかったから、ぼくが本で読んだ知識を総動員して、どうにか、見よう見真似で治療にあたった。


 三ちゃんはかなり血を流したようだけど、命に別状はなさそうだ。ホッチキスや縫い針があれば良かったんだけど……ひとまず薬草をすり潰した物を傷に塗って、口を動かなさないように強く言った。救急車を呼ぶかと聞いたけど、三ちゃんは保険証も持ってないし、「病院は嫌いだ」と言うので、しばらくそれで様子を見ることにした。


 ノムさんは右腕の骨が折れていた。ノムさんは料理をするから、すごく心配したけど、「まあ、左手でもなんとかやれるさ」と言って笑った。誰も死なずに済んだことが今は嬉しい。そう言って、木の枝と包帯で作った簡易ギプスを大事そうにさすっていた。


 そのあとは消火活動にあたった。ほとんど燃え尽きていたけど、ところどころに残った火に、巨人の彼がマグカップで川の水を汲んではかけを繰り返していた。なんて非効率的なんだと思ったけど、一生懸命だったから止めなかった。


 ぼくは外套で火をもみ消した。前に三ちゃんが拾ってきてくれた長いキャメルの外套だ。煤だらけになってしまったけど、なんだか誇らしげな顔をしている。服にも、名誉の負傷って言うんだろうか。


 ぼくたちの河原サロンはほとんど瓦礫と化していた。ノムさんの調理器具なんかは、大体が金属だから、洗ったり磨いたりすればまた使えるかもしれない。三ちゃんの荷物は「元々ガラクタしかねえから」と、燃えてしまったことを気にも留めなかった。もう一軒、今日はたまたまいなかったけど、「ホープ」と呼ばれる老人の家は幸い火の手が回らず、無事だった。ぼくのは、全焼だ……。


三ちゃん「また一から集めなおしだな」

ノムさん「三ちゃん、喋るなって。口が裂けてんだから」

本屋「まあ、所詮ただの本さ……」

ノムさん「でも、大事な物だったんだろ」

本屋「君たちの命に比べたらなんでもないさ」

ノムさん「そっか……」

三ちゃん「ありがとな、本屋」


 みんなを守れたことが嬉しかった。もちろん、全部がぼくの手柄というわけじゃない。ぼくはただ、ほんの少し時間稼ぎをしたに過ぎない。本当に彼らを救ってくれたのは……


補給兵「……」


 彼はまた黙って座り込んでいる。彼を見ていると、喜びきれない自分がいる。そうだ。ぼくたちは助かったけれど、彼は失ってしまったんだ。ただ一人、心の通じる大切な人を。


 騎士団長は、もう……。



 ――――



 そして、長い夜が明けた。


三ちゃん「ほんとにやるのか?」

本屋「だって、ぼくがやるほかないだろ」

ノムさん「巨人のあんちゃんは……でかすぎて無理か」

本屋「うっかり押しつぶしたりしたら大変だからね」

三ちゃん「悪いな本屋、俺の口が裂けちまってるばっかりに……」

ノムさん「ごめんな、俺は味覚が狂っちまうんじゃないかって怖くて……」

本屋「いいよ、それに助けたいんだ」


 暗闇の中で声がする。……少し前にもこんなことがあったな。声は異国の言葉だ。男たちがしきりになにかを話しているようだが、その内容はやはり理解できない。


本屋「ナムサン!」


 何かの掛け声のようなもののあとに、唇に温かいものが触れる感触があった。湿った、人肌の感触だ。そして口の中に、温かい息が送り込まれた。肺に温かい吐息が満たされていく。


団長「……ブハッ!」

ノムさん「起きた!」


 私はまた、気を失っていたのか。ここは、ああ、あの川沿いの草原か。ところどころ草が焼け焦げている。徐々に思い出してきた。私はたしか、炎に包まれて、呼吸ができず、そのまま意識を失ったはず。


 顔の皮膚に触れてみる。黒いコゲの膜が、皮膚を覆っているようだ。指を動かすと、コゲが卵の殻のように割れてパキパキと剝がれ落ちていく。コゲの下の皮膚は、傷一つない。軍神の加護が私を炎から守ってくれたのか、あるいは、一度焼け焦げた皮膚が加護によって再生したのか、それはわからない。


三ちゃん「本屋……だいじょぶ?」

本屋「うぷっ……まるで死んだザリガニのペーストを鼻の内側に塗りたくったみたいだ……」

三ちゃん「かわいそうに……」


 さきほどの「感触」から推察するに、あの白髪メガネの男が私に口づけをしたのか……? 蘇生のために、息を吹き返させるために……?


ノムさん「まさか本当に生き返るとは……」

三ちゃん「一瞬動いたような気がしたんだよな、黒コゲの姉ちゃんが」

本屋「ファーストキッスだったのに……」

ノムさん「本当にかわいそう」


 本当に口づけされたとすれば、私のファーストキッスだったのだが……。私のファーストキッスの相手は、異国の、白髪の、中年の浮浪者なのか……?


本屋「いや、でも! 彼女が目を覚ましたんだ、これ以上のことはない」


 いや、気のせいだ。仮に気のせいじゃなかったとして、治療行為だ。それはファーストキッスには数えない、ということにしておこう……。そういうことにしておこう。


団長「そうだ、マルコ……」


 マルコは無事だろうか。奴は非戦闘員だ。敵がただの人間だったとは言え、浮浪者の彼らも負傷している。私が倒れている間に、マルコが大怪我を負っていなければいいのだが。


補給兵「団長、よかった……」


 なんだか気持ちの悪い生物が目の前にいる。マルコの顔をして(顔をして?)、マルコの声で、スナムル語で話す、筋骨隆々の全裸の巨人だ。ちょっとした魔物よりよほどおぞましい見た目をした生物だが、マルコはどこへ行った……?


補給兵「ぼくです。マルコです」


 マルコが魔物に食われて融合した成れの果て……ということだろうか。もしそうであれば今すぐに殺さねばならないが、ああ、そういえば腹が限界まで減っているんだった。まったく体に力が入らない。起き上がる力もない。


補給兵「急にこんな体になっちゃって、ぼくもなにがなんだか……あっ」


 と言うと、マルコの顔をした化け物は空気が抜けるように縮み、見慣れたマルコのサイズになった。意味の分からない現象を立て続けに起こすな。


補給兵「戻った……」

本屋「本当に、君たちは一体何者なんだ……?」

三ちゃん「本屋、ノムさん、これ」

ノムさん「あっ」

三ちゃん「この写真だけ、なぜか焼けずに残ってたんだ」

本屋「ヨッチャン……」

三ちゃん「もしかしたらあいつが、あんたらをここへ導いてくれたのかもしれないな」

 

 なぜ彼らが見知らぬ中年男性の小さな肖像画を私に見せてくるのか、それも意味が分からない。彼らが少し涙ぐんでいる理由も不明だ。まあいい。というかもういい。腹も減っている。考えるのはあとにしよう。


団長「とにかく、危機は去ったんだな」

補給兵「ええ、団長が守ったんですよ。彼らを」


 なんか敵がもう一人くらいいた気もするが、それがどうなったのかは追い追い聞くとしよう。確かめなくてはならないことが、あまりにもたくさんある。


三ちゃん「おい、見ろよ!」


 赤い帽子の男が空を指さした。太陽が昇り始めていた。


補給兵「わあ……」


 これがこの国に来て最初の朝だった。

 眩しく輝く太陽が、赤や黄金の光を伴って、夜の闇を払っていく。


団長「ずいぶん遠い所に来てしまったと思っていたが」

補給兵「ええ」

団長「……夜明けは等しく美しい」


 朝の光に、男たちの顔が照らされていた。眩しそうに目を細めて、今ここにある生を、心から噛み締めるように。


 魔王城の決戦から、あまりにも色々なことが起こり過ぎて、全てが夢だったのではないかと疑っていた。むしろ夢であってくれと願いさえした。だが、この男たちの表情だけは、夢にするにはあまりに惜しい。そういう顔だ。


 命が輝いている。


 私はアル=カザンサの帝国騎士団長だ。

 私の力は民の命を護るためにある。

 たとえここが、どこであろうと。



 第一部 完



●tips 『これまでの

マルコ:昆布のおにぎり チョコチップスティックパン

騎士団長:なし

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