初配信それはビックバン
「Normal事務所0期生としてデビューするのは、この方々です!#Normal事務所」
4月1日、真夜中0時。Normal事務所の公式ツイートが更新された瞬間、私は思わず叫んでしまった。
画面を開くと見知った三人のデビュー発表が飛び込んできた。みんなが個人勢として活動していることを知っていたので、驚きで思考が一瞬止まった。
「メルメルさん、冥界のアンジェラ、ハカリさん!?Normal事務所の0期生デビュー!?」
マネージャーから4月1日0時に発表するといわれていたので眠いながらも起きていたが、一瞬で覚醒し興奮と驚きで全身が熱くなる。これが現実か、信じられないほど混乱する。
「いや、寝てないよね…」
夢の中にいるんじゃないかと疑い、頬をつねる。鈍い痛みが、これが現実だと教えてくれた。
個人勢として十人分に活躍している3人がNormal事務所に所属とはどういう風の吹き回しなのだろう、認知度は高くなってきているが影響力はほぼ皆無だ。所属するメリットよりも個人で活躍するほうがいいのではないかと考えてしまう。
「何があったんだろう?私が知らないだけで、Normal事務所は意外と評判が良いのか…?」
個人勢として今まで活動してきた三人にしかわからないなにかが、あるのだろうと思うがわからない。混乱と興奮で、ただ画面を見つめることしかできなかった。
メルメルさんのツイートには「Normal事務所0期生としてデビューすることになりました!皆さんこれからよろしくお願いします!#Normal事務所」とツイートがあり。
冥界のアンジェラも「これからより一層配信者として飛躍するために、Normal事務所0期生としてデビューします。みんなが驚いてくれるかなと思い秘密にしてました!よろしく#Normal事務所」とらしいツイートをしている。
ハカリもツイートしているが「Normal事務所に所属になりましたよろ#Normal事務所」と淡泊なツイートが見受けられる。
数時間前のツイートを確認してみたが、どこにも事務所からデビューするという情報は見当たらなかった。秘密を守ることはライバーにとって必須のスキルだが、これほどまでに隠し通せるとは、まさに配信者としてのプロ根性を感じる。
「どどどどうしよう」
どうすればいいのだろうか、よりにもよってあの三人だ。
みんなのことはもちろん大好きだが、配信ルールを守らずに怒らた記憶が蘇り、アンジェラさんが特に気まずい。
メルメルさんとハカリさんは大丈夫なのだがと思っていると、ハカリさんからDMが届いた。
「やっほー!Normal事務所にいる未来が見えたので所属しちゃいました!0期生同期としてこれからよろしくな、あと、もう同期なのでさん付け禁止でよろ」
「アィエエエエエエエエエエ!」
個人勢としてカルト的な人気を誇るハカリから挨拶DMが届いた。
こんな贅沢なことがあっていいのだろうか、配信をしていないのに人気ライバーと同期になることの異常事態に不安と期待で胸がたかなる。
緊張で手が震え、メロンソーダをコップに注ごうとした瞬間、勢いよく膝の上にこぼしてしまった。自分の限界を超えたときって、こんなにも何もかもがうまくいかないんだな。
「ハカリさんと呼んだらDMをさらすからね」
「絶対に間違えません」
間違えた時の代償が大きくてさらに震えが止まらなくなる」
「あんずの配信を楽しみにしているね」
ハカリとのDMでのやりとりを簡単にすませて私も告知ツイートをする。
当日にツイートを絶対にしようと心に決めていたが、思いもかけないメンバーで動揺してしまった。
気持ちを落ち着かせようと、メロンソーダを一口飲もうとした。膝が飲み干した空の容器を吸い上げるだけだった。
何もない感覚に一瞬焦ったが、心を奮い立たせ、告知ツイートを送信する。
「はじめましてみなさん!Normal事務所の0期生としてデビューする孤独のあんずです! これからよろしくお願いします!#Normal事務所」
ツイートをしてから数分の間に初めての光景が目に飛び込んでくる。
三人から遅れてツイートしたのだが、いいね、RTがとまらない勢いで飛び込んでくる。
通知が鳴りやまないなんて初めての経験だ。
急いでスマホに充電器を接続する、通知を知らせる振動がいままでの努力が実ったような気がして心地の良いリズム天国のようだ。
0期生としてデビューする三人からのリプもチラリと見えたが、一瞬で怒涛の通知に飲み込まれる。
「初配信は本日の18時からになりますので!よろしくお願いします!配信待機のためのURLも張っておきますのでよろしくどうぞ!」
あたりさわりのないことしか文字を打つことができない。
あらかじめ打とうとしてしいた文章は泡のように記憶から消えていく。
通知がいまだにとどまることを知らないのでそっと、スマホの電源をオフにして服を着替える。
こぼして濡れた服は洗面台に適当にすておき、クローゼットにしまってある学生ジャージを引っ張り出して着替える。
学園祭の時の興奮と同じわくわくとドキドキがあふれ出す今の状態にぴったりの服装だな。
布団に倒れこみ天井を仰ぎ見る。
「2時か…ここまでは順調」
枠周りやSNSでのあいさつを頑張った結果がついてきているのはとても嬉しい。
けれども、心が落ち着かない。
布団のふちをつかんだり、虚空にむけて「私…はじめてにしてはかなりいいのでは」と天井に語り掛けてみたり、足を無意味にばたつかせたりしてしまう。
布団を大きくかぶり深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、さざ波のような大きな不安感がおしよせてくる。
「何とかここまでたどりつくことができた」
マネージャーのバックアップのおかげもあり、ここまでは順調にたどりつくことができた。
寄せては返す不安の波とともに自然と3人の姿が目に思い浮かぶ。
これからのライバーとしての活動は不安でしかない。
メルメルさんのように高い目標にむかって、こつこつ進めていく忍耐力はない。
冥界のアンジェラのように、芯があるわけでもない。
ハカリのように人を楽しませるユニークな魅力もない。
ないないだらけの私に何ができるんだろう…。
自分があこがれたライバーになりたい、その一心で今まで頑張ってきた。
配信した後は?自分はどうなりたいのだろう。
ただの憧れだけでV界隈に飛び込んできた、自分はただの一般人だということを意識してしまう。誰もが特別になれるこの世界で、自分は埋もれてしまい、誰にも見つけてもらえないかもしれない――、そんなネガティブな思考と緊張感に囚われているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
私は朝の6時におきてしまい、眠いのに覚醒していて目が少し充血している。
学生ジャージを着ながら珍しく家族団らんの朝ごはんをいただいているときに両親や、妹の視線が気になったが気にしない。
初配信前に仮眠は絶対に挟むので本日のやることをまとめておく。
ファンマーク、ファンネーム、SNSで見てほしい時に使う、総合タグ、一週間ごとの配信スケジュール、自分で作成して躓いたところがあれば、マネージャーに相談してリスケしてもらう方向で約束している。
パソコンのスプレッドシートに予定を詰めていく。
配信からの一か月は期待が最高潮に達している、それにこたえて飛躍していくためにも一か月は毎日定刻配信をして乗り切りたい。
二か月、三ヶ月もと休まずに毎日配信していきたい熱意もある。
パソコンのモニターの端に、メルメルさん、冥界のアンジェラ、ハカリのツイートはいつでも見れるように表示する。
これから一緒にNormal事務所を盛り上げていく0期生として、チェックするのはかかせない。
Normal事務所0期生は、公式、自分も含めたフォロワー数が総数2万人を超えている。その中でも、今まで個人として活動を続けていた三人はさらにその総数が増えていた。
所属した三人は個人勢としてすでに活動しているライバー、私は今回の初配信が人生初めての配信になる。
配信待機画面では待機人数が1000人に行きそうな勢いで少しずつ増えていっている。
Normal事務所の0期生デビューは本当に私でよかったのか、内なる不安の声が聞こえてくるが知らんぷりを決め込む。
登録者数100万人を目指すためにはこのハードルはやすやすと飛び越えないといけないのだ。
あこがれていたライバーもきっと通った道のはずだと信じて、緊張を無理やり抑え込む。
DMを確認するとメルメルさんとアンジェラから連絡が来ていた。
「あんずさん! あらめてはじめましてNormal事務所の0期生として一緒に活動をすることになった、メルメルだよ! 気楽にメルメルと呼んでね」
「メルメルさんお疲れ様です! 一緒の事務所になれてとても嬉しいです!これからよろしくお願いします!」
「こちらこそだよあんずさん」
メルメルさんの優しい言葉が心に染み渡り、緊張していた肩の力が自然と抜けていく。彼女の暖かさが、まるで冬の日差しのように私の心を温めてくれる。
「孤独のあんずさんのことは、あんちゃんと呼んでいいかな」
「いいですよ!呼び捨てちゃん付け大歓迎です!」
「やったー!嬉しい! 自分のことはメルメルって呼んでほしいな」
「わかりました!メルメル」
夢か誠か新選組か、超絶怒涛に素敵なメルメルさんのことを呼び捨てにして、あまつさえあんちゃんという素敵なニックネームもつけていただいた。
喜びで天にも昇る気持ちとはこのことなのだろう。
同期様様である。
やっと事務所らしいライバー同士の交流が出てきたじゃないの。
「あんちゃんは配信をするのははじめて?」
「はい!一回もしたことがないので正真正銘の初配信になります」
「そうなんだ、配信はとっても楽しいからあんちゃんならきっと大丈夫」
「同機はみんなはすでに配信をしているので、余計に緊張で胃が痛いです」
「大丈夫、大丈夫。初配信は誰もが通る道だよ。私もね初配信の時はすんごく緊張したんだよ」
「今でも配信は緊張したりしますか?」
「うーん、配信での緊張はだいぶ消えたけど、人が来てくれるかなとかは少し思っちゃうな、誰もいないのに配信してても悲しいからね…」
愛嬌があり対応が誰よりも懇切丁寧真心こめて配信している姿にベテランの風格を感じたが、内心は自分と一緒で不安になる思いは一緒なんだ。
「あんちゃんも緊張しているかもしれないけど、習うより慣れろ!だぜ」
「たしかに」
「初配信のときに見に行けるかわからないけど、自分の配信が終わっていてやってたら絶対に見に行くからね」
「ぜひ!ご都合があえばいらしてください」
メルメルとのやり取りで幾分か緊張がほぐれるが、自分の声がきかれるという当たり前の事実が実感をともなって身に降りかかる。
アンジェラさんからもDMが来ているが、怖くてまだ開いていない。
「これからよろしくお願いします」
という一文だけはDMの表示履歴から確認できている。怒られるようなことはしていないから大丈夫なはずだ。
ハカリからもDMがきている。
「どう?初配信緊張している?」
「していないと言えばうそになりますが、それなりに緊張してます」
「いいね、それもまたこれからの糧になるよ」
「初配信前にメルメルともやり取りをしたので、だいぶ落ち着きました」
「メルメルちゃんと!もうすでにやり取りをしていたんだ」
「そうです!メルメルはとても優しいので安心できました」
「ふーん」
「ハカリとのやり取りもとても楽しいですよ」
「私もあんずとのやり取りするのめっちゃ楽しいよ」
「あんずちゃんの初配信を絶対に見るために、自枠は終わらせたんだ」
「もう!? 配信を終わらせたのですか!?」
「朝から裁きタイムだったね」
朝から裁きタイム!? 朝のラジオを体操みたいなノリで誰かの罪を推し量るのはハカリらしい。
「そういえば、初配信の時はハカリは緊張しましたか?」
「全然しなかったよ」
「え、それはどうしてですか? 初配信って誰でも緊張するんじゃ」
「私は配信をする前から人前で話すお仕事をしてるからね、慣れているんだ」
人まで堂々としていたのは社会人としての経験があったからこそか。
「リアルだと関われる人数に限りがあるけど、配信なら全世界の人とかかわることができるからね! 夢は全世界の罪を推し量るのさ!」
「スケールがでかい…」
地球の総人口を覚えていないが、ハカリならやりかねない。
ハカリはずっと伸び続けているライバーだ、言葉の壁を越えてたくさんの人にその魅力を見つけてもらうのに時間はかからないだろう。
「罪を量るのって楽しいですか?」
「楽しい時と楽しくない時がある、まぁ、運だね」
「そういうもんなんだ…」
人の罪をはかるということはその人にとって、後ろめたいことだ。
それをエンタメにして昇華させるのはハカリにしかできないことであり、寄り添いながらも道筋を照らすのはまるで本物の神様のようだ。
初配信の前だというのにハカリとDMで話し込んでしまう。
こうやってユニークなハカリの裏事情や考えを知ることができるのも同じ事務所所属のメリットなのかも、ハカリが配信で自分のことをしゃべっているのを見たことがないのでちょっとお得な気分だ。
「じゃ、準備もまだあるだろうし!一生で一度の初配信楽しんで!」
「ありがとうございます! 頑張ります」
メルメル、ハカリとのやりとりが終われば必然的にアンジェラとなる。
何を言われているか怖くて開けてないDMを開いて、手のひらからそっとのぞき込む。
「こんにちは! 挨拶が遅れて申し訳ございません。本日よりNormal事務所の0期生として所属することになりました。これから、よろしくお願いします」
なんてことはない普通の挨拶の文言がそこには並んでいた。
変に日和すぎていて逆にアンジェラの機嫌を損ねてしまうのでは、と焦燥感にかられる。
「アンジェラさん! こちらこそ遅れてしまい申し訳ございません。孤独のあんずです! 一緒に頑張っていきましょう」
当たり障りのない返信をしてそっとSNSを閉じる。
アンジェラの普段の配信や、SNSでの投稿を見ている限りだと、あの一件はもう過去の話になっているのは理解できる。
けれども、自分のなかではいまだに暗い影になってしまっている。
「同じ事務所に所属になったんだ。これから交流も深まるだろうし…」
自分の軽率な発言が引き起こした結果ではあるが初配信を前から事務所内での人間関係に悩んでいるのは私だけだろう。
「きっと…なんとかなる…このもやもやも晴れるはず…」
胸の奥にあるつっかかりは消えぬまま、マネージャーとの配信前の面談の時間になった。
「あんずさん!今日は念願の初配信ですね! どうですか?緊張していますか?」
マネージャーのディスコードのアイコンがかわいらしいデフォルメされたペンギンになっているのが目に留まる、ポップアップとともに表示されるとペンギンと会話しているようで気持ちがリラックスできる。
「口からエイリアンがでそうなぐらい緊張してます」
「冗談を言えるなら大丈夫そうですね」
「周りのみんながすごいので…初配信で人が来るかなとか思ってます」
「なるほど、準備からしっかり交流できていたのでたくさん人が来ます! 安心してください」
「そうですかね?」
「そうですよ、この前の初配信ツイートも反応がすごかったじゃないですか!準備はもうばっちりだと思いますよ」
「えへへ」
マネージャーは何かあればすぐに相談に乗ってくれるし親身になって話を聞いてくれる姿勢が変わらずいつでも頼りになる、
「孤独のあんずの一ファンとして初配信に駆け付けますので、ぜひ!楽しんでください!」
「わかりました! 来てくれた人たち全員に自分のことを覚えてもらえるように頑張りますね!」
面談というよりはほとんど雑談のような感じであっけなくおわった。
「あぁ~~~~~~~!!!!」
意味もなく声をあげる、モニターには孤独のあんずがうつっている。かわいらしい学生服に身をつつみ、チャームポイントの杏のピンバッチが輝いている。利用規約にのっとて王道の学生スタイルできめていた。「R」さんの汲み取り力もすさまじく要望通りの完璧な仕上がりだ。
王道路線でこの弱肉強食のV界隈を乗り越えていくのだ。
トラッキングも順調だ、緊張でいつもより瞼を見開く回数が多い以外に特に問題はない。機材もAG03とテクニカマイクの王道のセッティングを妹に手伝ってもらい完了している。
初配信は何が起こるかもわからないので、終了時間も決まっていない。
動かすマウスに熱がこもり、汗がすこしにじむ。
初配信まで残り9分。
待機人数は100人を超えている。
100人の前でしゃべったことなんて人生で一度もない私が、こうしてしゃべろうとしている。画面の向こうで待機しているみんなは私に興味や魅力を感じて待機していただいている。
今はまだ自分に誰かを楽しませるだけの魅力があるなんて到底思えない、けれど、やってみるのだ。
登録者数100万人を目指すと公言している手前あとには引けない。
やると決めたからにはやりきるのだ。
心を奮い立たせ野望の一歩は、勇気だけで十分なのだから。
「よし! やるぞ!」
4月1日18時、世の中はウソにあふれている中で、孤独のあんずの初配信がはじまった。
「お!はじまった!」
「きたー!」
「立ち絵めっちゃ可愛い!」
「すげぇ!」
「Normal事務所か」
「デビューおめでとうございます!」
「あんずさんおめでとうございます!」
画面の左端にうつしだされているコメント欄に、すごい数のコメントが怒涛の勢いで流れていく、100人以上もいるのだその流れるスピードは目で追うのは非常に難しい。
「はじめまして!Normal事務所0期生としてデビューしました孤独のあんずといいます」
緊張する、喉は乾く、口は震えているが無我夢中であいさつは絶対にする。
配信当日にパニックになってもいいように何度も練習した甲斐があり、最初の一歩は成功した。
「声かわよ」
「でかい声w」
「緊張してそう」
「ここから伝説がはじまるのか」
「いえーい」
「お母さんと一緒にみてます」
「一生懸命さがつたわってくるぜ」
「いい~」
怒涛の勢いで流れていくコメント欄の中に目を引くコメントがある。
「お母さんと一緒には見てくれているの!?」
画面上で目が開き口が大きく空いてしまい、かわいらしさとからかけ離れた驚きの表情になる。
「草」
「www」
「お母さんと一緒に見れる初配信ってこと!?」
「実家のおっかあ呼んできますね!」
「のるしかねぇ、このびっくうえーぶに」
「お父さんもよんできますね」
同接数が急激に伸びていく、画面の向こうで本当に家族にあんずの初配信をみることをおすすめしている結果だろう。
予想もしなかった流れで面をくらい頭の中が真っ白になりかける。
想定外のことが起きるのが配信、わかってはいても反応するのがむずかしい。
動揺しているのがリスナーのみんなにばれている様子だ。
「お母さんも、お父さんもはじめまして!孤独のあんずです!これからよろしくお願いします!」
「WWW」
コメント欄がwや(笑)で埋め尽くされる、初配信で親に挨拶する人はきっと私だけだろう。
「今日はですね、あんずの初配信にお越しいただきありがとうございます。普段はNormal学園で学生をしておりますが、みんなとお話できるのを楽しみにしてました」
一口メロンソーダを飲んでから話をつづける。
「今日は孤独のあんずのことをみんなに知ってもらおうと思って、ちょっとした企画を考えてきたので発表します!」
「初配信限定誰でも凸待ち企画! 今からですね孤独のあんずのツイッターに本日限り有効のディスコードのURLをはりつけました! そこからですね、あんずがランダムに選出したかたにですね、自己紹介をしていただき、質問を一個あんずにしていただきます。その質問にはなんでも答えます! 」
どよめきだつコメント欄に大盛り上がりだ。SNSにディスコードのリンクをはりつけたとたんにいいね、リポストが伸びていく。
今回限りのディスコードに入室通知がみるみるたまっていく。配信画面にデフォルメされたキャラを表示させて、まるでリスナーさんと直接対話できるようにすることにより、より身近に感じて覚えて帰ってもらう算段だ。
「本日は力尽きるまで配信するつもりですが! どんどん指名していきます!」
ディスコードの通知も、SNSの通知もとまらないが見切り発車で進める。
「呼ばれた方は簡単な自己紹介してください! そのあとにですね、なんでも質問に答えますね。では、千切れた干物さん!お願いします」
「はい! 千切れた干物です! Vにはまっていて初配信のVはいつもチェックしています」
透き通るような青年の声だ、声の感じからして大学生、高校生くらいかな。
いきなりの凸にも関わらず堂々たる声量だ。まけていられない。
「千切れた干物さん、あんずがなんでも答えますので質問をどうぞ」
「あんずさんは彼氏がいますか!」
宇宙の始まりに予兆が感じられないように、この世の真理もきっと神様が思いつきに始めたに違いない。
永久凍土を乗り越えた私たちの祖先に思いをはせるぐらいには、時と場が絶対零度の空気になった。
「www」
「うわぁ」
「……」
「放送事故」
「これは伝説の初配信になるな」
千切れた干物は空気を読むことを知らないのか矢継ぎ早にせかしてくる。
「どうなんですかあんずさん! なんでも答えてくれるんですよね!」
「彼氏はいませんが…気になっているライバーさんはたくさんいますよ」
「誰ですか!?」
「質問は一人一個までなので、また配信に見に来ていただけたら嬉しいです」
有無を言わさずにディスコードのグループチャットから削除して即抜けさせる。
深く息を吸い、意識を切り替える、これぐらいのトラブルなんとかしみせる。どれだけこの初配信のために頑張ってきたんだ。
「次のかたは正座で胡坐さんどうぞ」
「あんずさん初配信おめでとうございます。正座で胡坐と申します。よろしくお願いします」
丁寧な対応で大人の余裕を感じさせる声色でささくれた精神が落ち着く。
きっとこの人なら大丈夫だろう、配信者たるものどっしりと構えなければいけないはずだ。やりきるしかない。
「質問をどうぞ!」
「あんずさん…僕と…結婚してください!」
セミの鳴き声の大きさと対等に戦える声量で告白されてしまった。
質問にすらなっていない思いの丈をぶちまける企画じゃないんだけどな。
「まずは知り合いからということで、これからどんどん配信していくので楽しみにしててくださいね」
返事を待たずにグループチャットから即抜けさせる。
今になって初配信の終了時間を決めていなかったことが悔やまれる。
企画も初配信でするべきじゃなかった。もっと、慣れてからするべきだった。
変な人しか凸待ちにこないのは、自分の力ではどうすることもできない。
「えー…凸待ちはですね」
息が苦し鼓動が早くなる。
「二人しかまだしていないのですが、一旦終了させていただきますね」
「えー!」
「早くない」
「自分まだしていないんだけど」
「次はいつ凸待ち企画しますか」
コメント欄は先ほどの狂騒とうってかわり大荒れだ。
「次もやるので安心してください! いったんディスコードも削除して、募集ツイートも削除しますね」
「次はですね、総合タグ、FN、FMの発表しますね。総合タグは#孤独のあんず、FNは#孤独のあんずギャラリーになります!FMはないのでよろしくお願いします」
コツコツ制作してきた資料を画面に映して、リスナーさんのみんなにも伝わるように仕上げてきた。
この総合タグなどもあれば、なにか応援したいと思ったリスナーは#をつけて、SNSに流してくれる。
今までの#おはVの個人向けといったところだ。一通り説明を終わらせたのちに早々と配信は終わらせた。
最初はあんなにも熱意にまかせてどこまでも配信をするつもりだったがその気持ちは霧散した。
「以上! 孤独のあんずの初配信でした!みなさんこれからよろしくお願いします! 配信スケジュールは一週間ごとにSNSで告知するので楽しみにしててね! またね~!バイバイ」
配信を終了したとたんに身に着けていたヘッドホンを乱雑に取り外し、ベットにとびこむ。
顔を枕にうずめて抑えきれない感情の本流に身を任せる。
隣の部屋には妹がいる。家族のみんなも今日が初配信の大事な日だって知っている。
それなのに、それなのに…。
「失敗しちゃった」
抑えきれない感情はほほをつたって涙に変わる。声を抑えるために枕により強く顔を押し付ける。
なんなのだ、最初の二人は気持ち悪い。最悪だ。ふざけるな。自分のこれからの門出をネタにするな。おもちゃにするな。
感情の本流が言葉になる前に口を通して飛び出てくる。
自分がどんな思いでここまで積み重ねてきたのか想像できないのか、自分のことしか考えていないのか。
思考がとぐろをまいてまとまらない。暗く淀み、明るいことなど何一つ考えることができない最悪だ。
最悪だけど、明日も二回目の配信がある。
これがライバーという仕事なんだ。
想像と全く違う現実に打ちのめされつつ深い眠りに落ちていく。
配信者「孤独のあんず」は100万人を目指す okirakuyaho @okirakuyaho
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