配信準備それは可能性

配信準備の朝は早い。寝巻きから私服に着替え、意識を切り替える。これから始まる長い戦いの前に、あんバターサンドをほおばりながらSNSの海に飛び込む。ここは、カロリーをケチった人から力尽きる魔境だ。


「おはようございます! 今日もみんなお体に気を付けてお過ごしください!あんずは今日も準備がんばりますね!#おはようVライバー」


予約送信は甘え、手打ちでツイートする方が真心がこもるよね、と願いながら、朝に弱い私は今日も日々を積み重ねる。


初配信を成功させるにはSNSでの集客も重要だ。配信を始める前から未来のリスナーさんや、ライバーと交流が誰でもできるのがSNSのいいところだ。


SNSを見ているとメルメルさんのツイートが目にとまる。実際に配信に見に行ったというのもあり、他のツイートに比べて花のように目立つ。


「おはようございます。先日の耐久配信も無事に達成できました!ありがとうございます。 本日は耐久配信達成記念の飲酒雑談枠となっております。ふるってご参加ください#おはようVライバー」


返信欄には「おはよう」「メルメルさん耐久配信めっちゃ感動しました」「メルメルさん好き」と多種多様なコメントが溢れている。

それに紛れて「メルメルさん!おはようございます!」と自分も返信に続いてコメントを打つ。


SNSを始めたときは誰かにリプを送れるようになるなんて思ってもいなかった。

はじめてリプを送るのはとても緊張したし、どう思われるのかも不安だったが、郷に入っては郷に従えの精神で今に至る。


挨拶は朝ごはんのように手軽にできて簡単にコミュニケーションがとれるため、交流のきっかけ作りとして非常に重宝している。


メルメルさんの配信はあれからもコツコツチェックしている。配信者の卵ではあるが、それはそれとして単純に応援したいライバーもたくさんいる。その中でもメルメルさんの配信は特別だ。

耐久配信以外の時にも通い続けるたびにメルメルさんの新しい魅力に気づくこと多くとても有意義な時間を過ごしている。

過去のアーカイブチェックをしたがこれも非常によかった。

どんな時も明るく楽しそうに話す彼女の配信は、ひまわり畑を彷彿とさせる。

うまくいかない日もきっとあるだろうに、それをどの時でも見せないのは彼女の強さと魅力につながっている。


あんバタサンドを頬張りながら、お気に入りの羊のイラストが描かれたコップに、炭酸がはじける音とともにメロンソーダを注ぐ。泡がふわっと立ち上り、その爽やかな人工甘味料の香りが鼻をくすぐる。


つまるところ、公私混同をしながらも駆け抜けるのが配信者の務めだよね。


SNSでは誰が始めたかわからないが、#おはようVライバーのハッシュタグを朝のツイートに必ず入れている人がほとんどだ。

自分も例にもれずに#おはようVライバーをつけて朝の時間帯は投稿している。

これがあるのとないのでは見てもらえる人数がぐっと変わるのだ。


Vが好きな人たちが#おはようVライバーから新規のVライバーを見つけたり、ライバー同士の交流を深めたりといいことだらけだ。


「この#おはようVライバーのおかげもあって、新参者の私も見つけてもらえている…」


素直にやるきとモチベーションにつながってくる。

情熱のままにV界隈に飛び込んできた私にとって配信初心者にもやさしい世界なのは非常に助かった。

もし、新参者に厳しかったらどうなっていたことのか考えたくもない。


ただSNSをするとデメリットもある。

ツイートのお勧めに表示されるアルゴリズムには、人間関係が読み解けない欠点もあるため、後悔を思い起こさせるライバーも表示される。


「冥界のアンジェラさんもおはVしてる…」


好きな人のツイートも目に留まるときもあれば、苦い思い出もまた目にとまる要因になるのはたやすい。

ましてや、怒られたのだ。

余計に目にとどまりやすい、いい思い出よりも悪い思い出が残りやすいのは同じ失敗を繰り返さないように備わった脳の機能と聞いているが、絶対に嘘だ。

楽しい朝活が苦いコーヒーを飲んだ時のように返り咲いている。


「おはようございます。本日の配信もみんなとたくさんお喋りできるのを楽しみにしているよ! みんなと一緒に今日をのりきっていくから無理せず頑張ろうね!#おはようVライバー」


「アンジェラおはよう!」「おはよう、前の配信もめっちゃ楽しかった!ありがとう」「冥界にいざなって!アンジェラ」


アンジェラの返信欄は距離が近いだけあって、ちらほらおはよう以外のコメントも見える。それぐらい、リスナーのみんなが心を許している証だ。

ルールの中でなら基本的にリスナーの良心にまかせているのか、なにかあっても何とかするというアンジェラの意思のどちらも見え隠れする。


自分の芯をしっかりともっているアンジェラのことだから、ちょっとやそっとで活動休止するというのも考えにくい。

その安定感のあるスタイルはファンの心をつかんで離さない求心力を高めている。


アンジェラと比べると人としても、ライバーとしてもスタートにすら立っていないことを実感してしまう。


「アンジェラの枠も行きたいけど、すごく行きづらいんだよね…」


冥界のアンジェラとは事件後の翌日にDMにて謝罪をした。

一晩寝て冷静に考えてもやはり、しっかりとけじめをつけないとこれからの配信人生に影響があると考えたからだ。

自分自身ものびのびと配信できないのは目に見て明らかなのは間違いないからな。

アンジェラからは「自分も感情的になって怒ってしまいごめん」と逆に謝られ「リスナーのみんなには自分から話を通しておくから、いつでも枠に遊びにおいで」と言われてはいる。


「地雷原をタップダンスするようなもんだろ!」と内心思ったがお口にチャックをして胸に秘めた。


ライバーが許していてもリスナーの心まではわからない。

自分のことを快く思わない人もいるはずなだ、その中で枠に行って遊べるほどメンタルは強くない。


「怖くて絶対にいけない」


一歩間違えば、アンジェラの枠を台無しにしかねなかった私のことを許してくれた。

その懐の大きさから印象は頼れる姉御キャラに落ち着いている。

頼りがいがあり自分の意思もはっきりと示し、筋を通すさまはVでなくても大成するのは間違いないと予感させる。ただ、


「配信準備が落ち着いたらいきますね」

と返信をしてからそれっきりになっている。

ライバーとしても人としても成長したら大手を振って見に行きたい。


しばらく、SNSでつながってくれている人たちにおはようと返信をし続けていると、ハカリから返信のリプが来た。


「あんずちゃん、おはよう!今日は何をするんですか?」


自分のツイートした返信欄にハカリさんの天秤のアイコンが煌めく。


ハカリさんと初めてお会いした日から、ちょっかいをかけられる毎日がはじまった。投稿した内容に反応があるととても嬉しいし、モチベーションにもつながっている。


「今日もいろんな人の枠をみて勉強するつもりです」

「お~!枠を見るのねいいじゃん。私の枠にもきてくれるかな?」

「いいとも~!」


距離感をぐいぐいと詰めてくるのはハカリさんならではだ。ハカリさんは自分よりも3倍の人数のフォロワーさんがいるが、フォローしている人は極端に少ない。興味のある人しかフォローしないタイプなのだろう。

それもまた、ライバーとしてのブランディングとしては正解なのかも。


「次に遊びに行ったら、あの時の結果を教えてくれますか?」

「禁足事項なのでむりなんですよね。違うことならはかるからさ」

「教えてくれないと仲間外れのようで寂しいですね…リスナーのみんなにはアドバイスしているのに…」

「汗汗」


言葉に詰まる反応が面白くてついつい意地悪な心が芽生える。

ハカリさんは配信の時とSNSでの印象がだいぶ変わる、配信のときのハカリさんは神聖さを醸し出しているが、SNSでは人懐っこい猫のようだ。

ただ、あくまでも懐いた人にしか心はゆるしていなさそうではる。


ハカリさんは日常のツイートは少なく、BOTのように配信スケジュールと本日の予定を繰り替えししていて、ツイート欄はそれで埋まっている。

返信欄をのぞくと自分やそれ以外の人の計った結果などのアドバイスをしている様子が見て取れる。

配信外でのアフターフォローも怠らないところに勤勉さや、真面目さがくみ取れる。


ハカリさんの配信はアーカイブで過去の配信を見るよりも、リアルタイムでハカリさんに罪の重さを計ってもらうアクティビティは、どのライバーよりもユニークで唯一無二だ。


リアルタイムでみたほうが絶対に楽しい。

リスナーが罪を告白し、それをハカリさんが天秤にて罪の重さを計り、アドバイスを告げていく一連の流れはどんなライバーでも真似できないから面白い。


ハカリのダルがらみリプを適当にあしらいながらこつこつと返信をする。


SNSで対面ではないといえ、コミュ障の私が誰かとコミュニケーションをとる日が来るとは、今でも夢なんかじゃないかと疑う。


「いでっ、夢じゃない」


頬をつねるも痛みは生々しく、今に存在している実感が湧いてくる。


コミュニケーションに力を入れる理由は至極簡単だ。

ライバーもリスナーも同じ人間だ。

なにも接点がない人の枠より、接点が少しでもある人に自然と足を向ける。

初配信までに単純接触効果をどれだけ高められるかがコツである。と色々な人から教えてもらった。


そう思うと嫌でも目に留まるツイートも毎日流れている。


「今日で事務所をやめて個人として活動していくことになりました。理由は詮索しないでいただけると嬉しいです!個人となってもなにか変わるわけでもないので安心してください!」

「事務所の配信方針と自分のやりたい配信の方針が合わなかったのでやめました」

「配信が想像と違ったのでライバーやめました!転生や復帰はありません。今まで応援ありがとう!」


毎日のようにどこかで誰かはやめて、私のように配信に向けて一歩を踏み出しているのが交互に映し出されている光景は日常茶飯事。

SNSで転と生が交差していく様は、人生のちょっとした縮小図である。


「人生のライフステージが変われば辞めるのもわかるけど…」


その中にはリスナーさんと実はお付き合いしていて、そのまま結婚したので卒業しましたというのもあった。


ライバーにはライバーの人生があるのは知っているつもりだ。


あんなにも配信準備から頑張っていたライバーが、辞めるのは相当な決断があったのだろうと想像はできる。

でも、同じくらいもっと続ける道もあったじゃないのかと我儘に思ってしまう。


アーカイブも削除か、うわ、アカウントがもう消えている。

ファンからしてみれば応援すべきことなのだろうが、それでも、別れは辛い。

リスナーは配信を通してでしかその人の魅力の一端に触れることしかできないのだから、界隈から消えてしまうのは季節の移ろいのように儚く、切ない。


「ふぅ、今日も朝からいろいろな情報が錯綜しているな……」


これらの情報の海をかき分けながら、仕事をしながら初配信のその日まで毎日コツコツつづけるのは、とてもじゃないが体調を崩したので真っ先に仕事を辞めた。


手元に残ったお金は社畜時代に貯めた100万ちょっとしかない。

配信に必要な機材の代金は分割4万ちょっとだ。


これを返済しつつやりくりしなければいけないのことを考えるとなかなかに胃が痛いので、未来は自分の頑張り次第で明るくなると仮定している。そうでもしないと、怖くて夜も眠れない。


live2Dやイラストは事務所を通して今をときめくイラストレーター「R」さんを指定することができたのは、不安のなかの光になりこうこうと心の支えになっている。

ダメもとで事務所に「R」さんがいいですと言ったら、本当にその人に自分の立ち絵を描いていただけることになり、滂沱の涙と歓喜の喜びで枕をぬらした。


「R」さんは美麗でありながらダイナミックな構図で、生き生きとしたキャラクターを生み出す現代の魔術師と呼ばれている。

鮮やかな色使いは人の目を惹きつけ、細部にわたってこだわりぬかれたイラストを初めて見たときは深い感動を受けたものだ。


「R」さんの代表作「深海少女」に一目惚れした私は、社畜として頑張りながらも、もしもライバーになれたら絶対依頼しようと妄想しながら日々を生きていた。

妄想が形になったのだ、辞めた結果得た奇跡に感謝しながらジーザスするよね


「こうやって朝活できるのはライバー(無職)の特権!!!」


自分の夢を詰めに詰め込んだキャラクター設計書は事務所を通して「R」さんに渡したとマネージャーが教えてくれた。自分の好きを形にしてくれるイラストレーターがいて、それに魂を吹き込めるのが自分だなんて夢のよう。本日二度目の頬つねりをしたことにより両方のほっぺが苺大福のように赤くなる。


朝活も終わりしばしの休憩タイムでオンオフメリハリしていく、昼と午後に向けての溜めのターンだ。


「0期生としてデビューもあるから絶対に成功させないとな…」


自身の所属する「Normal事務所」の0期生ということでデビューすることになっている。

なりたいと思った時にたまたまSNSに流れていて目についた新規気鋭事務所だ。

資本金は300万、従業員数はライバーも含めて8人ということになっているらしい、0期生デビューとして聞いているが、同期が何人いるかもまだわかっていない。

マネージャーに質問しても「わからないほうがドキドキで面白いですよ!」と言われてしまっている。


事務所所属のメリットは先輩、後輩のつながりだったりもある。

また、所属人数が多く、年数が続いている事務所はそれだけでも価値がある。

群雄割拠の戦国V時代において生き残ることができているのはそれだけ、他にはない強みと安定があるにほかならないからな、ただ、新規気鋭の配信事務所とともに

自分も事務所も同時に成長していきたいからNormalに賭けた。


「ライバーデビューも初めてで、事務所に所属もはじめて」


きっと会社員やアルバイトと感覚は違うのだろうが、実感がいまだに全く湧かない。雇用形態は業務委託なので実質、個人事業主という扱いなところも不安を加速させるが、やりきると誓ったからにはやりきってみせるのだ。


Normal事務所の公式をみても、


「ライバー事務所初の試み!0期生のデビュー人数はデビュー日まで非公開です!何人いて、どんなライバーがデビューするかあてた方にはAG03プレゼント!」


とツイートがあるのをみると「ここの事務所で配信デビューでよかったのかな」暗雲たる気持ちに少しはなる。


SNSの反応をみると話題性というところでが大ヒットしている。

RT数もかなりの数が言っており俗にいう万バズになっていて、新参の事務所でありながらすでに名をとどろかせているのはV戦国において有利に事は運ぶだろう。


「メロンソーダ、メロンソーダ…」


初配信、0期生デビューとして事務所に対するみんなからの期待。

喉が自然と乾くのでメロンソーダは常に手の届くところに置いている。ないと、喉の渇きで声もでない。


事務所名を非公開で配信準備をしているのにはそういった理由もある。


初配信は一回しかするこができない、絶対に失敗できないプレッシャーもあり体重は1週間で2キロもやせて全然うれしくない。健全な肉体に、健全な精神と安定した配信が宿るはずなのだから。


「せめて、せめて一人だけでもみつけるぞ!」


初配信を成功させるために頑張るのと、0期生メンバーを見つけることもサブミッションとして、マネージャーに報告しながら探している。

これぞ!って思ったライバーさんはリンクを共有して伝えているがいまだに0人だ。

「違いますよ~あんずさん!」と返信してくるマネージャーの姿が目に浮かぶ。


「絶対に見つけてやるんだから」


ヒントも手掛かりも何一つぼろをださないマネージャーは守秘義務を守れる優秀なのだろう。


「絶対にぼろを出させてやるんだから、マネージャー待ってろよ!」


「おねぇちゃん朝からうるさいよ」


妹の由香里がドア越しに大きな声で不満を伝えてくる。コップがカタカタと揺れ、壁紙は少し剥がれ落ちる。大気は震え、音の衝撃波が皮膚を伝わり怒りを全体で感じ取る。家族の中で誰が本能でわからせてくる。


「ごめんねえ静かにするね」


姉の威厳なんてものは無職になってから消えた。

妹はまだ社会に厳しさを知らない今を駆ける学生をしている。

社会にでたらそんなに大きな声なんてすぐに出せなくなるんだからと心のなかでそっと悪態をついて許しておく。


「…チャンネル登録をたくさん増やして威厳を取り戻して見せる…」


今はまだ0しか見えていないけど絶対に100万にして妹に威厳をッ、絶対!


妹もそれで気が済んだのか、ツッタカッタといいリズムを刻みながら階段を下りて行った。朝食を食べてこれから登校するのだろう。

妹もいつの間にか高校生になっていて時の流れをかんじたなぁ、自分が家をでて一人暮らしするときなんて半べそをかきがながら、「おねぇちゃんどこにもいかないで」と抱きしめて離さなかったのになぁ、へへ、今やその気配はみじんもない。おねぇちゃんは寂しいぞ。

妹もいなくなり再度SNSの画面に戻り活動を続ける。


マネージャーから渡された初配信大成功マニュアルを見た時の第一印象は、「地味」だった。ライバーは周りから無条件でちやほやされるもんだと思っていたが、Normal事務所の知名度も、孤独のあんずとしての認知も0からのスタートだったので、お互いに協力しながらまずはSNSで交流を深めながら初配信を成功に導くというながれだった。


初配信大成功マニュアルにはこうも書かれていた。

配信前から積極的に自分からSNSで交流活動をすることで、認知が増えてたくさんの人が来てもらいやすくなり、配信のモチベーションにもつながるよと記載がある。


ほかのライバーをみていると思い立ったが吉日と言わんばかりにする人もいるなかで、確実に成果を達成するという課題においては、堅実に行動と努力を積み重ねるのはどこの界隈でも変わらないのだろう。


「ライバーの準備といえば、イラスト依頼、機材の調達、SNSでのコミュニケーションなどで、会社と違ってほとんど自宅で完結するのはありがたい…」


社畜時代に会社と家を往復していた過去が、今は実家暮らしライバー、無職…、いや、個人事業主ということにしておこう。

上位のジョブにつけたのでこれを弾みに頑張っていきたい。今は、収入がないだけだもん。


まわりをみても専業ライバーで活動している人はほんの一握りの人たちしかいない。

それもそのはずで、ライバー活動での収入源で生活できるのは極めて難しい。

配信頻度が安定してきても、同接数とチャンネル登録者数は比例しないと聞いている。また、曜日や月によってもかわるのでマネージャーからはとにかく安定して配信をコツコツつづけるようにとお達しがでている。


圧倒的に人気で配信からの収入で生活している人たちもいれば、彼氏、彼女、家族の支えを受けながらも活動している人もいて多種多様だ。みんながライバー活動を通して成し遂げたい夢や目標があるのだ、私も負けてはいられない。


ただ、彼氏、彼女の支えがある場合は色恋にかなり気をくばらないといけないのが、大変なところだろう。

公表するとファンが離れていき活動に支障をきたすことは間違いない。リスナーのほとんどは生活と両立しているが、一部のファンからは私生活を犠牲に推し活をしている人もいる、その人たちの神経を逆なでするようなことはしないが吉。

自由恋愛の名のもとに人生を謳歌しているはずなのだが、なかなか難しい。


今の私は独り身で家族から配信場所を提供してもらっている立場なので、何も言えません。


推しに夢中になる気持ちもわかってはいるつもりだ。社畜時代の時に支えられていた時もあった。夜が遅くて帰れない時も、深夜まで配信しているライバーの存在にどれだ助けられたか数知れず。

コンビニ飯を買いながら帰路につき、チューハイをあけて疲労をいたわり、推しの配信をみて気分が明るくなる。

そしてなにより、高額すぱちゃで感謝の気持ちを伝えたときの反応が楽しすぎる。オーバーなリアクションが心地よく、そのあとにスパ茶の連投が続くさまは奇妙な一体感を感じずにはいられない。

顔もしらないアイコンとコメント欄でしかコミュニケーションをとっていないのに、仲間意識も芽生えてくる。


推しからはじまるライブ感は日々を高揚させるにもってこいなのだ。

毎日が辛く、苦しいの連続でありながら、癒しも同じくらいあるのが今生の諸行無常なのだろう。


その一連のルーチンで過ごしていたあの時がなつかしい。

リスナーとして活動して、ライバー活動を支える一因になっていたことはいい思い出です。

まぁ、推してた人は同接数に悩んでそのまま引退しちゃったんですけどね、その人のスキルと面白さが同接数やチャンネル登録者数に結びつかないこの界隈を、おもしろいととらえるか、努力が実らない不毛な界隈とみなすかは解釈が分かれるところだろう。


昼を過ぎて午後になってからもSNSやライバーの配信の枠周りをした。


配信準備といっても機材やイラストの発注がすんでいるためできることは少ない、

だからといっておろそかにすると、自分の魅力に気づいてもらえる機会がなくなる可能性もあるから気を引きしめる。


マネージャーからも連絡が来ており、明日には依頼した立ち絵のラフがとどくという吉報も入っている。


「どんな風に仕上がっているのかな!」


孤独のあんずの衣装や世界観が「R」さんの手によって創られた。それだけの事実で天にも昇る気持ちになってしまう。

おっと、よだれがでてしまうい嬉しさでメロンソーダのようにはじけてしまいそうだ。わくわくとドキドキは初任給以来だな。

ディスコードのポップアップ通知がマネージャーからの連絡であることを教えてくれる。


「あんずさん。お疲れ様です配信準備は順調ですか?」

「マネージャーさん、お疲れ様です。午前中も順調にリプを返して、午後も同じように枠周りやSNSをするつもりです!」

「ナイスです! フォロワーさんも順調に増えてきてますね」


マネージャーは自分のことをよく見てくれていてうれしい。

最初の0から比べたら桁が4桁になっていることに自信がついてきているところだ。フォローもフォロワーも両方0からのスタートは本当に心がおれかけたなぁ。


「あんずさんの努力がしっかり結果につながってきていて自分のことのように嬉しいです」


さすがはライバー事務所のマネージャーなのか、くじけずに高いモチベーションを維持できているのはこうして、努力を認めてくれて次に道筋を示してくれる人がいるから、困難なときも踏ん張って頑張ることができる。


「えへへ、マネージャーさんがしっかりサポートしてくれるからですよ」

「ありがとうございます。もちろん、担当ライバーなので責任をもってサポートするのでこの調子で初配信を大成功させちゃいましょう」

「はい!」

「ところで、あんずさん初配信の日時決まりましたよ。4月1日です!悔いのないよう頑張りましょうね」

「エイプリルフールですけど大丈夫ですか!?」

「大丈夫です!気にしないで嘘を本当にしてしまいましょう」

「4月1日にデビューするのも告知して大丈夫ですか?」

「大丈夫です!事務所のほうでもツイートしておりますので是非!告知お願いします!」


いいのか、初配信の日にちを4月1日にしてしまったら、周りの人から冗談だと思われないだろうか!? 毎回SNSのトレンドにもあがるし、話題というところでは申し分ない日にちではあるが、心配が少しまさる。


「ほかのデビューする人たちもその日に発表ですか?」

「そうです! ほかのNomaru0期生としてデビューする人達全員がその時にわかるので楽しみにしててください」

「今からわわかればコミュニケーションをとれたりするのですが…」

「あんずさんのコミュニケーション能力なら当日に発表したメンバーとも仲良くなれるので安心してください」

「そういうことじゃないんですけど…」

「大丈夫です。あんずさんを信じている私を信じてください」


どこまでも言いくるめられてしまうのをわかりながらも、それ以上発言するのをやめた。事務所としてはどうしてもデビュー日にメンバー発表をしたいらしい。

コミュニケーションに問題はないとマネージャーは言ってくれたが、他のメンバーの心境はどんな感じなのだろうか、私と同じで不安だらけだと思うので、メンバーが判明したら早急にグルチャを作成してコミュニケーションをとろう。絶対、そのほうがいい。


「わかりました!残りの一か月頑張りますね」

「頑張りましょう!孤独のあんずさんのイラストのラフ画も明日送りますので、楽しみにしててください」

「ありがとうございます!」


今日はわくわくで眠れなくなりそうだ。遠足の前日に寝ることができなかったタイプの人間だからな間違いない。


「それじゃ、これで失礼しますね。あんずさん!一人で抱え込まずになんでも相談してくださいね」

「はい」


やりとりを終了して4月1日に思いをはせる。カレンダーをみて残りの日数が一か月もないことを確認すると、本当に事務所のライバーとしてデビューする実感が湧いてきた。

日々のやることは必要なことだとわかっていても、想像していたライバー像とは程遠いものだったからな、楽しみで仕方がない。

ファンマーク、総合タグ、初見挨拶、なども作成したほうがいいのかな、初配信のときに来てくれたリスナーのみんなと決めたほうがいいかな、と夢のように想像が膨らむ。


「あぁ~、4月1日が楽しみだなぁ~!」


わくわくとドキドキでときめきがとまらない。自身の辛い時を支えてくれたライバーのように、人から認めら、誇ってもらえるようなライバーに絶対なりたい。

もし、初配信でバズったりしたら、収益化の条件も一日で達成してしまうかもしれない。

期待と不安が交差するなか、4月1日が特別な日になる予感とともにその時はすぐに来たのであった。

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