配信者「孤独のあんず」は100万人を目指す

okirakuyaho

枠まわりそれは探求

「うんうん、こういうのでいいんだよ」


本日の枠周りを開始した私は、パソコンの前で独りつぶやく。純リスに休みなしとは宮澤の話だったような気もするが。


私はVTuberとしての活動を始めるため、日々他のVTuberの配信を見て勉強している。まだ自分の配信は始めていないが、100万人の登録者数を抱えるぐらいの人気ライバーになるつもりでいる。できないと思うのは簡単だ、でも、できるかもしれないと考えるほうが楽しくなる。宮澤の言葉にこういうのがある。


東に面白いライバーさんがいれば、行って応援の言葉を残し、

西に炎上気味なライバーさんがいれば、遠巻きからそっと眺め、炎上対応を学び、

南に同接数に悩んでいるライバーさんがいれば、気が済むまでコメントでコミュニケーションをとり楽しい気持ちを湧き起こし、

北に落ち込み気味のライバーがいれば、行って励ましの言葉を投げかけ、そっと赤スパをする。


「何度思い出してもいいよなぁ……」

メロンソーダを口に含む。炭酸の爽快感が喉を駆け抜ける。エルゴノミクスにもとづいた椅子がきぃきぃ揺れる。

さてと、今日も学びにいきますか。

ヘッドホンを身につけ、担当マネージャーに「いまから勉強しにいきます」と連絡をいれ、いざ!ネットの海へ!


「お!メルメルさんというライバー、リスナーさんへの対応が素晴らしいなぁ、プロフィールもちゃんと見てくれた上で話しかけている……」


「孤独のあんずさん!はじめまして、私はここ夢の国メルヘンにて参謀をしております、メルメルといいます!あんずさんと呼んでもいいですか?」


「はい!呼び捨てで全くかまいません!」

あんずはコメントをして、枠の雰囲気に無事に仲間入りを果たす。

メルメルさんの雰囲気に導かれるままにコメントしつつ交流を図る。

「今日の残りの人数は182人と……」

メルメルさんが画面に表示されるカウンターを進める。


入室200人耐久は大変だけど、俺らがついているからな!

俺のリア友にも紹介しておいたので安心してくださいメルメルさん!

メルメルさん…love…


「泥まみれパンダさん、お座りカモノハシ、テルテルさんありがとう。すっごくうれしいよ」

メルメルさんがコメントを拾い上げ感謝を伝える。

おそらく画面の向こうでも満面の笑みなのだろう、手足を動かしふりふりが花びらのようにきらめく。


「メルメルさんは入室耐久をしていらっしゃるのですね」

「そうです!あんずさんも耐久支援ありがとうございます」


入室耐久それは、まだ見ぬリスナーさんと出会うための確率をぐっとあげるための企画だ。

大体は時間制限を設けたうえで無理せずするのだが、なんと、メルメルさん時間制限なしで入室耐久をしている。配信時間もバーを見る限りすでに4時間ほどしていることになる。


「すごい……」自然と声が漏れる。


私にはたしてできるだろうか、いつ来るかもわからないリスナーさんを待ち続けることが……。


「みんな!配信時間もそろろ4時間突破で200人に対して18人と順調とは言えないけど、絶対にやり遂げて見せるからみんなもついてきてほしい」


もちろんですよ!メルメルさん!

あっしらどこまでもついていきまっせ!

なんのために有給を使用してきたと思っているんだ!

コメント欄にリスナーさんの愛が溢れる。


「これこれ、これでいいんだよ!!!!」

なんて良い枠なんだ、友情、努力、勝利を彷彿とさせる。

メルメルさんとリスナーさんの友情、お互いの相互努力、それらをもとに耐久勝利にむけて一丸となって協力している様子。


誰かに与えられた目標ではなく、自発的に決めてその行動を自然と支持をえる煌びやかさが良い。


自室で一人、天を仰いで唾をのむ。ライバーとは、一瞬の線香花火のように儚く消える時もあれば、不死鳥のごとく生と死を繰り返しながらも前へ、前へと進む者たちと多種多様だ。皆それぞれが持つ夢や目標に向かって頑張っている様は、何にも得難い魅力があると私は思っている。


ふむふむ、ライバー歴は今年で二年目を迎えると…今はまだ小さいけれど夢は大きく、武道館でライブできるくらい大きくなること…そのためには自身の能力やみんなの応援が欠かせないとプロフに記載がある。


「メルメルさんは武道館でライブをするのが最終目標なのですね」

「そうです!無謀と感じてもいますが、みんなと私の二人三脚でなら成し遂げられると信じてます」

「すごいですね、私だったら無理だと匙を投げちゃうと思います」

「2年間活動していますが、同接数やSNSもなかなか伸びなくて、不安になるときもたくさんあります。」そう語るメルメルの顔はすこし影がある、でもすぐ後にはそれが嘘のように満面の笑みとなっていた。

「けれど、応援してくれるみんながいるから頑張れるんです!」


メルメルさんは天使なのかな、清らかな川の流れのように透き通っているような信念を感じる。


「私も配信をしようと考えているのですが不安で…続くのかなとか、無駄にならないかなって…」

「あんずさんの気持ちもよくわかりますよ。自分も最初はそうでした」

前置きをしたうえで続けてくる。

「個人勢としての活動だったので、誰も認知してくれないこともあるのかなって思ってました」



「メルメルさんの過去パートだ」

「みんな静かに聞くぞ」

「メルメルさん…」

コメント欄がざわめきだづ。


「もちろん最初からうまくいったわけではないですよ。3時間配信しても誰も来ない日もありました。特に、初配信の時はたくさんの人が来ていたのに、次の週から誰もこないとい日もありましたよ…」


「メルメルさんにも大変な時期があったんですね」

「くそ、俺がもっと早く見つけていれば」

「メルメルさん好き…」


「それでも活動を続けようと思ったんです。頑張ってみようって、自分があこがれた配信者に少しでも近づけるようになりたいって!だから、本当にリスナーさんのみんなには感謝しているんですよ」


「メルメルさーん一生ついていきます!」

「うおおお!!!!」

「俺らのメルメルさんは最高だぜ!!!!」

「メルメルさん大好き…愛してる…」


「あっ、メルメルさん好きです」

「あんずさんお気持ちありがとうございます。まずは友達からということで、みなさんもあんずさんのことを暖かく受け入れてくださいね」


「応!!!!」

「メルメルさんにあっしらは従うだけでっせ!」

「メルメル!メルメル!」

「メルメルさん……」


コメント欄は大盛り上がりである。


自分もすっかりメルメルさんのことが好きになってしまった。どうしよう。メルメルさん神対応過ぎないか。ずっとコメントしたくなる魅力がある。

それは、対応の丁寧さだったり、まわりのリスナーさんを気遣いながらもしっかりと、一人一人にコメントを返しているところなのだろう。

そういうところにメルメルさんの人柄がぎゅっと詰まっているように感じる。


「メルメルさんの配信とても楽しかったです!またきますね」

別れの挨拶を述べて枠を後にする。

「あんずさんもまた機会があれば是非いらしてください。スケジュールはSNSにのせておりますので~!」


パソコンの前で一息ついて背伸びをする。ずっとおなじ姿勢で配信を見ているとエコノミー症候群になってしまいそうでつらい要検討しないとな……。

「メルメルさんよかったな…」

あの光景を思い出す。ライバーとリスナーの一体感が、よせては返す波のように心地よかった。

「ああいう風になりたいな…」


配信をしていくからにはリスナーさんに楽しんでもらいたい。お金を稼ぎたいとか、収益化したいとか、そういうことは考えていないわけではないけれど、それ以上に自分を応援してくれるみんなを笑顔にしたい。応援してくれるみんなを失望させたくない、だからこそ、準備も今も未来も頑張らなきゃいけない。


いいところをどんどん学んでいい配信のスタートを切れるように、もっともっと枠周りをしようと、冥界のアンジェラさんの配信をクリックした。


「はじめまして、私の名前は冥界のアンジェラといいます。孤独のあんずさん、よければゆっくりしていってね」


本日二人目の方は、冥界なのに狐をモチーフにしていたライバーさんだった。髪の毛はきつね色に染まり、よく見ると油揚げのデザインの髪留めをしている。ユニークでおもしろい。ライバーといえばキャラクターをモチーフにしているものも多い。日本の八百万の精神が現代にまで受け継がれているな、と感じる。


「はじめまして!初見です!よろしくお願いします」

尻尾や耳の狐の質感がふさふさしていて冬毛のようにもっふりしている。

喋るたびにきれいなきつね色が、物理演算によって生き物らしい魅力を引き立てている。


アンジェラが心躍るように喋り、コメント欄が踊るようにながれていく。


「かわいい唐揚げ」がコメントした「今日はかつ丼たべました!」「歩くウーパールーパー」の「カレーを最高」など、みんなの好きな食べ物雑談配信をしている真っ最中のようだ。


入り乱れるコメントを巧みに拾い、会話を広げていく様はちょっとした演説だ。

校長先生のお話は聞いても寝るが、アンジェラの透き通るような声色でしゃべられると自然と聞きいる。弁がたつ人がライバーをするとこうなるんだなぁ。


「でさ、今日さ食卓にでてきたのがエビフライだと思うじゃん、それが、中身がすっかすっかでカニなしクリームコロッケになっていたんよ」


食の話題一つでここまでの盛り上がりを生み出せるのは彼女の才によるものも大きいのだろう。話が二転三転しながらも手綱はアンジェラが握っている。


ただ、「無垢なる存在」というリスナーのコメントが異様な雰囲気だ。

コメントの速度が尋常じゃない、他のリスナーさんがアンジェラさんの振った話題に対して、1文字2文字ぐらいで「おもしろい」「WWW」などをしているのに、10秒程度で「アンジェラ聞いて、今日のお仕事が大変でさ」と文章でコメントしている。会話というより自分語りに近いし、コメント速度は熱に浮かされているように感じる。


「あんずさんはどこからアンジェラを見つけましたか?」

アンジェラの枠に初めてきたからなのか、「無垢なる存在」が私に向けてコメントをしてきた。流れていくコメントのなかで無下に対応するわけにもいかない。


「前々からSNSにて拝見しておりましたので、そこからきました」

配信といえばこうやってリスナーさんとのコミュニケーションをとるのも楽しさの一つだよね。


「え、あんずさん普通はそれ無視しますよ」


楽しそうにおしゃべりをしていたアンジェラが、氷水をかけられたかのように冷たい声色で名指しで注意をする。楽しそうに会話していた表情からは一変して笑みが消える、鋭い眼光が画面越しにも伝わってくる。


なにが起こっているかもわからずに条件反射でコメントをしてしまう。


「どういうことでしょうか?」

「ライバーが喋っているときに、リスナーさん同士で会話をするのはルール違反なの知らないの?」


語気を強め不快感をあらわにして話しかけてくる。

身振り手振りをしてお話していたライバーとは思えないぐらいに、微動だにせずまっすぐに私のことを見ている。


ルールがあるなんて一度も言われたことがない。

ほかのライバーさんの枠でリスナーさん同士でのコミュニケーションは何度かしたことはあるが、その時は何も言われなかった。

むしろ、ライバーさんからは「みんな仲良しで私もうれしいです!」とニコニコしていた。

あれは噓だったのか、その対応の裏には怒りがあったのか。

過去に思考を巡らせる前に矢継ぎ早に声が続く。


「ここはあんずさんの枠ですか?」

「違います」

「ですよね、なのにそういったことをされると枠の風紀が乱れるんですよ」


淡々と伝えてくる。盛り上がりを見せていたコメント欄は静まりかえってる。同接数が20人ほどいるのにコメント欄の最新に表示されるのは私のコメントのみだ。「無垢なる存在」もなにもコメントしない。


アンジェラの氷のように冷たい声に、なにかをしないといけないのに頭が真っ白になり、手は震え、口は乾いていく。

何を言えば、何をすれば、どうしたら。画面の前で思考は鈍く白くなる。


ルールを守らなかったことに対して、アンジェラの怒りを買うのも無理はない。

枠というのはライバーが自身の時間と引き換えにしているものだ。なのに、コメント欄でリスナーさん同士で話し始めたら、誰のための枠になるんだ!ということだろう。


そこに気づけなかった私の落ち度だ。


アンジェラが口を開く前に謝り、そっと抜けた。


「まだまだ私は未熟者だな……」


額にいやな汗が一筋たれる。ライバーによっては枠内ルールというのを設けている人もいる。私の枠ではこのようなことはしないでねと示した、地域の掲示板みたいのようなものだ。

大体はプロフィールに書いてあるので、見ることも大事だったりするがすっかり忘れていた。


アンジェラのプロフをクリックする。


枠内ルール

※人が嫌がるようなことはしない

※誹謗中傷、相手を貶めるようなことはしない

※リスナーさん同士でライバーの会話を遮るようなことはしない

※以上!みんなも守ってよう配信ライフをつくっていきましょう


「……ここに該当したのかぁ」


アンジェラのSNSに目を向けると彼女の不満が色濃く表れたつぶやきが見える。「ルールを守らないやつが来て最悪」と書かれたツイートには、多くの返信が寄せられていた。

返信欄では、熱心なファンたちが「ほんと、アンジェラが可哀想」と同情し合い、「あんなリスナーのせいで配信が台無しになった」と憤りを露わにしている。

中には「さっきのリスナー、完全にやばいね」「孤独のあんずだっけ?名前通りの孤立ぶりだな」と、私に対する批判を強めるコメントもあり、辛い。


思考がぐちゃぐちゃになる。自分が全く悪くないとは言えない。しかし、なぜこんなに多くの人から言われなければならないのか、その理由がわからずに混乱する。


心の中で何度も自分の行動を振り返るうちに、陰鬱な気持ちが胸の奥深くに広がり得難い痛みが心を貫き、他人の言葉に対する恐怖も増していく。

辛い、楽しくない、心が一瞬のうちに押しつぶされてしまいそうだ。


「マネージャーはライバーと一連托生!どんな悩みでも気軽に相談してくださいね」と、言われた言葉がおぼろげながら頭に浮かぶ。


不安と焦りを少しでも軽減するために、すぐにディスコードで「相談があるのですがいいですか?」とメッセージを送る。鼓動が速くなり、焦りから手がわずかに震える。


「あんずさんお疲れ様です。相談ですね、詳細を教えてくれませんか?」


即レスで帰ってくるマネージャーさん、それだけで少しだけ不安な気持ちが安らぐ。

マネージャーに枠内ルールをしらずにコメントしたことにより、アンジェラの大事な配信をめちゃくちゃにしてしまったことを伝える。


「なるほど、前提としてあんずさんのしたことは確かに悪いところもありますが」

前置きをしたうえでつづける。

「あんずさんがそこまで言われる必要はありません」


マネージャーからの冷静なアドバイスが届く。自分の過ちを認めつつも、そこまでの非難を受ける必要はないと聞いて、少しだけ心が軽くなる。


「ライバーから言われたことが真実であって、リスナーさんがあんずさんのことをとやかく言ううのは筋違いなので見ないふりをしちゃいましょう」


「それで大丈夫ですかね」

「大丈夫ですよ、どちらかといえば正義にかられた野次に近いものです。ファンの気持ちも想像はできますが、私はあんずさんの味方です」


「人を責めること」と「間違いを責めること」の違いについて、少し理解した気がする。

でも、理屈では理解できても、感情は別だ。

批判の嵐の中で、自分が何を間違えたのか、どのコメントがただの攻撃なのかを冷静に見極めるのはとても難しい。

パニックに陥ると、すべての言葉が矢のように刺さり、心が傷つく。「怖い」という感情が胸の奥でじわじわと広がり、冷静さを失わせる。

心の中で必死に自分を守ろうとするが、他人の言葉が次々と押し寄せてくる状況では、それすらもままならない。


「今回の出来事はあんずさんにとって苦い思い出になるのかもしれませんが、次にいきましょう!」

言葉を目にするたびにだんだんと落ち着きをとりもどす。

この出来事は初配信をする前に気づけて良かったじゃないかと自分に言い聞かせる。


「大丈夫です。もし、仮に炎上したとしてもしっかりあんずさんのマネージャーとして最後まで面倒みるので安心してください」


最後まで面倒をみるという言葉に、こみあげてきたがぐっとこらえる。


マネージャーとの返信のやり取りを通して不安の重荷が減っていく、不安の深みにはまる前に相談できたことは不幸中の幸いなのだろう。

やり取りをするたびに少しずつ冷静さと快活さを取り戻していくのを感じる。


「マネージャーさんありがとうございました。相談できてよかったです」

「いえいえ、何かあればいつでも連絡ください」

ハムスターのニコニコスタンプを最後に会話を切り上げる。

これほど頼りになるマネージャーはほかにいるのだろうか、気持ちや状況をくみ取ろうとする姿勢が言葉からしっかり伝わる。


「よし、恩返しのためにも初配信を絶対成功させるぞ」

時刻は0時を回ろうとしているところだが、反省も新たに本日3回目の枠周りを決行する。


「こんさじ~!おおさじ、こさじでおなじみのハカリちゃんだよぉ~!現世での罪の重さをはかってあげましょう~!」


本日三人目のライバーはエジプト神話のアヌビス神をモチーフにしているハカリちゃんだ。アヌビスの天秤をあしらいながらも黒曜石のように美しい見た目と金の装飾品の対比が特徴的だ。頭にはぴょこぴょこと動く耳もあり、動くたびにふりふりと揺れる。

決めセリフは「あなたの罪を教えなさい!」だ。

雰囲気からは神聖さを感じつつも、声のトーンが普通の人よりも高く、公園で遊ぶ女の子ような声をしている。

外見の情報と、声のギャップがオアシスのようにあふれんばかりの魅力につながっている。


「ハカリ様!私の罪の重さをはかってくれませんか? 弟のアイスをたべてしまいました」


「供物」がコメントでハカリさんにお願いをする。名前のセンスが「供物」というところにセンスを感じる。

神にささげられるリスナーさんという構図は現代の儀式のようでもあるが、それがV界隈で起きているところに界隈の深さを感じ、背筋がのびる。

普通に生きているだけじゃ、味わえない刺激がVにはある。


ハカリさんと「供物」のやりとりから目が離せない。

ここからどうなるのだろう。


「よいでしょう!うむうむ、これはかなり重いですね。ほら見てください、ハカリが大きく傾いていますよね?」


「あぁ、そんな!」


画面に映し出されているのは、古代エジプトの壁画を模した天秤。片方には軽やかな羽が載せられ、もう片方には罪を告白したリスナーのアイコンが置かれている。天秤はリスナーのアイコンの方に大きく傾き、その重さを象徴しているかのように揺れている。そのリアルな描写に、視聴者たちはまるで本当に裁かれているかのような緊張感を味わっていた。


「あなたが食べたアイスはこれから先の弟の未来において、かけがえのない思い出になるものでした。ゆえに振り切っているのです!」良く通る声で語りかける様は本物の神様のようだ。


「あぁ、どうすれば……」


「今すぐに弟のためにアイスを2つ購入しなさい、そして、弟の前でしっかりと謝罪の言葉をのべればまだ、間に合います」


占い師が言いそうなセリフと思うが心の胸のうちに仕舞う。

罪を告白した「供物」は「ありがとうございます!」といい、天秤からアイコンが消えた。本当に弟のために買いに行ったのだろう。

というかあの天秤はどうやって画面に映し出しているのだろうか、OBSの設定でできるものなのか、天秤で後で検索してみよう。


ハカリというライバーは初配信からまだ間もないが、既にカルト的な人気を博している。SNSでよく目にするのは共通して「具体的によく当たる」らしい。明日は雨がふるとか、明日はいい日になるとかではなく、明日は7時45分に雨がふり、そのあとの8時38分まではふりつづけると精度が高い。


「ほかにもハカリに聞きたいことがある人は遠慮なくコメントしてね!ハカリちゃんがみんなの罪の重さをたしかめます!」


煌々としたたたずまいで元気に問いかけてくる。


「じゃあ、私もいいですか!」


「供物」とのやりとりからずっと感じていたが、神様よりのハカリさんに自分のこれからを聞いてみたい好奇心が抑えられない。

あんずは少し緊張しながらも勇気を振り絞ってコメントを送る。心臓が高鳴り、手のひらには汗が滲んでいる。


「孤独のあんずさん!いいですよ!あなたの罪の重さをはかるので、赤裸々に告白をどうぞ!」

「実は自分の軽率な行為で周りに迷惑をかけてしまったことがありまして、これからどうしたらよいでしょうか?」


アンジェラのことが思い浮かぶ。想像するだけで嫌な思いがじわりと広がり、暗雲たる気持ちが胸にこみ上げてくる。


「ふむふむ、お~これは実に興味深い…なるほど…」


天秤の傾きはおかしな挙動をしている。羽のほうに大きく傾くと思えば、アイコンのほうに大きく傾いたりと決して釣り合っているわけではないのに、大きく揺れ動き、止まる気配はない。


コメント欄にも「!!なんだこの動き」「はじめてみた」「バグ?」と異様な雰囲気につつまれた天秤に魅入られ、思い思いの感想が流れていく。天秤がどちらかにつりあわない様は少し不気味だ。


「あ!」


まさかの出来事が起こった、そのままシーソーのように動いていた天秤は結局一度もどちらにも傾くことなく、振り幅を大きくして天秤ごと前へと倒れてしまう。衝撃で羽とアイコンが勢いよく飛び出し、画面外へと放物線を描き吹き飛んでいった。


「なんだこれ!?」「どういう仕様!?」「天秤が倒れる!?」

コメント欄はこの異常事態にあたふたしているが、ハカリさんは満面の笑みでニヤリと口を開く。


「あんずちゃん!最高!!!」

「え!何がですか、ハカリさん」

「いや~あんずちゃん、配信者目指しているんだよね!?そのまま、信じるままにつき進めばいいよ」

「天秤が倒れたのにはどういう意味があるのですか?」

「それは、あんずちゃんの未来にかかわる禁足事項なので秘密です」

「余計気になるんですけど!?」

「未来に何が起こるかわかったら、今を楽しめないでしょ」


あっはは、と笑い転げるハカリさんははぐらかして結果を教えてくれない。

何か普通ではないことが起きている実感はあるのだが、ハカリさんにしかわからないことが多すぎて何をどうすればいいのかわからない。


「あんずちゃん、難しく考えちゃだめよ。思うがままに背中にネコが生えるように突き進むのだ!どこまでも、行くのじゃ!孤独のあんず!」


周りをおいてけぼりにして快活に笑うハカリさんはある意味、神様のように近寄りがたい雰囲気を醸し出す。誰も、この状況についていけてないのだ。そりゃ無理もない。わかるよ、私もなにが起きているのまったくわからないんだもの。


「ごめんよ!リスナーの皆様、ちと、孤独のあんずの、あれがな、あれが見えてな…一人で勝手に盛り上がってしまってすまぬ!」

「あれがあれ!?あれがあれってなんですか!?」


かぶせ気味にコメントをしてしまう。


「ハカリさんにあそこまで言わせるとは何者…」「孤独のあんず…どこかで聞いたことあるような」「俺の未来もあれがあれだったりしないかな」

コメント欄がお祭り騒ぎになってきた。こういったイレギュラーはなかなか起こることも少ないだろう、それが余計にみんなの好奇心を刺激しているようだった。


「ハカリさん、ここらへんで失礼しますね」

「あんずちゃんもありがとう!またおいでね」


自分のこれからを見てもらえて嬉しいが、悪目立ちしてしまったのでそそくさと退散する。

名残惜しそうに手を振りながらハカリは笑顔で退出するまで手をふりながら見送ってくれた。


モニターの画面から顔をはなし、目頭をおさえて眼精疲労を中和して、背もたれに寄りかかり椅子が倒れるぎりぎりまで背伸びをする。


「あ~疲れた」


そのまま椅子から立ち上がり、ベットのほうへとよろよろと倒れこむ。お気に入りの「猫だるま」ぬいぐるみをぎゅっと抱いて虚無へと浸る。


「…………」


天井をみつめぼんやりとする。

虚無になりながらも脳裏に浮かぶのは配信のことばかりなのは、だいぶ染まってきた証だろう。


「遊びに行けたのは3人だけど…、3人とも違うベクトルの強さがあったな」


メルメルさんは対応が神がかっていてリスナーへの配慮といい、かかげた目標に対して堅実に努力を積み重ねていく様は並の精神じゃできない。

努力は地味で結果がでるのに時間もかかる、ひたむきに配信に向き合う姿勢は自然と尊敬の念が湧く。


アンジェラさんは物事を白黒つける姿勢がよかった。私のミスで怒らせてしまったが、コメント欄が常に生き生きとしていたし、誰もができる共通の話題で楽しくする様は、引き出しの多さが起因しているのだろう。経験とみんなを楽しませようとする心意気があるからこそできる枠になっていて非常によかった。

けれども、そのバランスを保つためにもルールを違反する人に厳しいのは納得だ。


ハカリさんはやっていることの企画が面白い。見た目の神聖さと厳かさもありながら、リスナーに気楽に語り掛けにいく様はとても楽しいだろう。相談をしてくるリスナーを肯定も否定もせずに受け入れて、悩みを聞き的確にアドバイスをする様は、現代に現れた巫女のようだった。

私のことについては何も教えてくれなかったのが心残りだが、リスナーさんから愛されていることは間違いないだろう。


「……」


V界隈は戦国だ。

3人ともみんな違うのにどれも宝石のようにキラキラしていた。

なにかに秀でていて、誰かから夢中になれるほどの魅力もある。

私にはあるのだろうか、自分自身の魅力が…誰かを夢中にさせるほどの熱量を生み出せるのだろうか。


「…………」


不安になり言葉にするも中身を持たない言葉はすぐに形を失う。


覚悟はしていたつもりだ、これから自分が飛び込む配信界隈は簡単でないってことを、自分の精一杯の努力をしても届くことはない可能性だってあるかもしれない。

目標の100万人にかすることもなく、誰にも知られずに終わるかもしれない。


「でも、何もしないで諦めるのは後悔の前借だよね」


情熱を奮い立たせるように言い聞かせる。

100万人を達成した時にたくさんの苦労話を出来るように、がむしゃらに頑張ろうと思いながら眠りについた。

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