第1話 頂絶者(エンハンス)

亜人。それは人によく似た別生命

人間の形をし、なおかつ人間を超越する存在

曰く、吸血鬼ヴラド三世は元来人間であったという

曰く、人間エリヤ天の御使いサンダルフォンになる神話がある

曰く、神の子イエスは処刑を経て神へ再臨したとされる

人間メンシュ人外ユーヴァーメンシュになるという話は少なからずも必ず存在している。

人は人を超越できる。方法は様々だが人を辞めるすべは存在し

予測できず否応なく怪物になるモノもまた存在する

それを総称し頂絶者エンハンスと呼ぶ。

そして彼もまた死を経験し死を裁くモノ。死途再臨しとさいりんを経

て人ならざる力を手にした物語。そしてあらゆる人ならざる化け物フリークスと戦う物語。そしてそれは――――誰も知られぬ物語シャドウウォーカー



周防塩河すおうしゅうが

多重人格障害を持ち彼には二つの人格が備わっていた

彼には主人格というものがない。ひとつの体に二つの人格が交互に現れている

そしてそのふたつこそ周防塩河そのものだ

一つの人格は現実遊離的。いわゆるパーソナルリアリティ障害を持つ者で

『自分は死なない。死ぬことができない』という妄想を持っている

もう一つは対していたって普通。狂的な願望も妄想も患っていない平凡な者

そしてその一つが屋上に立ってこう言った


『俺って死ぬと思う?』


その答えをもう一人は答えられなかった。自分自身は死にたくはないし

止めたいところだが主導権を奪われ自由が利かない

だからいたって普通の返答をする


『死ぬ。頭から落ちれば即死だ』


『じゃあ話を変えよう。俺とお前。どっちが死ぬと思う?』


その話の意図は全く理解できない。いうまでもなく二人とも死ぬ

当たり所が良ければ死なないであろうが肉体的障害は残るだろう

だが…異常なまでに自身が死なないと思っている彼を見てもうひとりは言う


『俺じゃないかな?』


『そうか』


死にたくはないが死ぬとしたら自分なのだろうともう一人は思う

死ぬ実験のために屋上へ上がり平然と鉄柵の向こうを逍遥するような足取りで歩く姿はまるで平均台かサーカスの綱渡りを思わせる

もう一人の答えを聞いて対して関心がないような返答をする

あと一歩踏み出せば落下する数センチ。少しの風で揺らげば確実に踏み外す足場

なぜそんなことを聞くのか。それが一体何を意味しているのかもう一人は分からない

いや。もとより何を考えているのかとんと理解できていない

そんな疑問を聞く前に、彼は言う


『なら、死ぬのは俺だな』


なぜ、と聞く前に身を前にかがめ踏み外した一歩が空を切り足場のない世界へダイブする。投身自殺をする時余りの恐怖に途中で気絶するということを走馬灯のように思い返して地面に接するまで数秒。その刹那


『先に言って待ってるよ。俺はゴメンだ。こんな世界』


世界は暗転する。激痛。骨が砕ける音。中ではじける感触。そのすべてがひとつに集約し彼という人生は終わるはずだった



******

「皮肉、というべきかな。死なないと思っていた人格が死に

死ぬと思っていた君が不死を得るなんてね

その死に瀕した生存欲が君を新たな階梯フェーズへと進化した」


病室の横でそんな語り草をするのは神楽耶砕賀かぐやさいがという男だ

裏社会の権威を持っている男であり今回の事件の保障と補填を一身に請け負った珍無類ちんむるい

塩河の状態に興味を持ち事情を話せば事件の秘匿をしてくれるということで塩河の両親が勝手に承諾したといういきさつだ。

学校の屋上で投身自殺をした周防塩河は生きていた。


五体満足どころか傷一つ負わず生還したのだ

障害があるとすれば体にあるもう一つの居場所じんかくがぽっかりと穴をあけて消えているということ。


そのことに多少放心状態にあり他人である男に胡乱うろんな意識の中つらつらと自身の抱える問題と氏素性うじすじょうを事情を話してしまった。


その話を聞いて嬉々として男は滔々とうとうと語りだす。

話半分に聞きながら世迷言めいた宗教的オカルティックの話を

特に時間に困っていなかった塩河は暇つぶしに聞いていたがあまりに話の長さに後悔先に立たず。止める言葉も彼には通用しないといった具合だ


「本来なら死途再臨。イエスキリストの逸話から来ている死後神になる現象だが君は少し違う。

確かに君は死んだ。だが生きている。死んで蘇ったのではない

死んでいるはずなのに因果的に死んでいないという現象が起こり死を経験しながら死んでいないという矛盾を持っている。

君という肉体と魂は一度死んだ。だがそれはあくまでもうひとつの君自身。

死なないと思っていたもう一人が死んだことでもう片方が生きているという事実から生まれた現象だ。

死なない間に死を得た君は特異体質だ。『君はもう死ぬことができない』

正確にはすでに死んでいるのだから死にようがない状態で同時に生きてもいる。

だから生と死の境界線に君はいるということだ。そしてそれにより異能を君は行使できるようになっている。死によって得た能力。幽力イーオンを会得しているはずだ」


「長いな。話が」


呆気にとられたというよりあきれてものも言えないレベルに話が長く

流石に塩河は辟易へきえきしてしまう


「要約すると君は死んでいないし死ねもしない

そして特殊な能力を持ってるってことさ」


塩河が話の意図理解しているということを男はくみ取れてはいない

ただ単に話が長いという鬱陶しさに鬱陶しいほどに気づいていないだけだ

そのおかげで意識がさえてきたのは怪我の功名か。

違う。こんな話をシラフで聞くのは辛いだけだと気づき

やはり塩河は再度後悔する

目覚めて三十分当たり。意識は覚醒せど瞳はまだ瞼が重いといった具合

塩河自身元々伏目がちで違いがわからないが眠気眼うつろ眼気味で

男に視線を移し問いかける


「それで、俺はどうなる?」


「どうも?君は奇跡の生還をした自殺未遂者として世間にもてはやされるだけさ

それとも何かい?私が君を殺しに来たとかそういう漫画みたいなこといっちゃう?」


意味が分からないし理解できない話だ。

それはありえないだろうと普通なら考える

男と塩河に接点はなく

負傷ゼロで怪我一つなく病室のベッドで横臥しているだけの人間に興味を引くのは

マスコミかクラスメイトくらいだろう。彼が後に両親にどやされることはあっても

神楽耶砕賀かぐやさいがと周防塩河に特殊な関係性も関連もない

そもそもなぜ殺すという話になるのかさえ発展する事態でもない

生きていて不都合がある人間というわけではない。

塩河は別に特別な人間なわけでもない

双方、


「ああ、アンタのいう幽力イーオンってやつがチラついてるからな」


冗談と一笑に付す事案を諧謔ジョークで終わらせないというように

先ほどから異形の両腕が座って手を膝に置いている腕から傀儡マリオネットのように放たれている。

例えるならば銃口を眉間に据えながら「殺さない」と言っているようなものだ

凶器を出現させているのだから敵意はなくとも何らかの意図があると穿っていいだろう


「早速見えているようだね。

私の『裏のないおもてなしフェイク・トゥ・フェイク』が

これは幽力イーオン間でしか認識できない異能だ

普通の人には見えも感じもしない。つまり君も普通ではないというわけだ」


理解はできている。彼自身身をもってそれを実感している。

存在の浮遊感。地に足のついていない夢幻というぬるま湯の中

浮力のみで漂っている異様な感覚。それがへばりついて無くならない


「それは分かっている。だが質問の答えになっていない

俺に何をさせたい?手品を見せるだけに使った訳じゃないだろうソレを」


「ご明察。さっきから使ってるんだよね

裏のないおもてなしフェイク・トゥ・フェイク

能力は私から半径6メートル以内の人間は『嘘を吐けない』

そしてその能力を開示した時嘘を吐けば心臓に釘を刺す追加能力付きさ」


「ひどいチートだな。敵なしの力だろうそれは」


「制約もあるけどね。私自身も本当のことを話さなければ能力は発動できないのさ

つまり互いに胸襟きょうきんを開いて話せる能力だね」


よほど手ひどい嘘に引っかからない限り開花しなさそうな能力という感想を含みながら塩河は信用に値してもいいと警戒心を解く


「信用しよう。俺も頼りになる存在が欲しいからな

それに…能力の使い方もわかってきた」


両手から浮き出す千羽鶴の様に積み重なって構築された

紙細工の双腕は塩河の幽力イーオン

短時間で会得したことに驚嘆し男は思わず息をのんだ


「へえ。話している間に使い方までマスターしたんだ…」


「信用には信用を返す。アンタは嘘を吐かなかった

使な」


切れの言い返しで彼は微笑む。それに釣られ男も釣られて笑う

一本取られたと笑ってしまう。だからこそ敵に回すのは恐ろしい


「───。ふっ…何分嘘は苦手でね。

君がどんな能力に目覚めたかは知らない

能力を使って暴こうとも思わない

そしてこの能力はまだ初期段階だ

頂絶者エンハンスに至るまでの入り口にも満たない」


頂絶者エンハンス…?よく知らないがなりたいとは思わないな」


「否応は無いさ。時間の流れを止められないように成長もまた止められない

死徒再臨を経験した以上その道は途絶えることはない

いずれ君も私も頂絶者へ至るために戦わなければならない」


「…?俺はさっき死んでいないとアンタ自身言っただろ?」


「確かに君は死んでいない。だが確かに死んでいる

特異な言い方だがね。もう一人の君が死んでいる以上死んだ事実もまた成立している

半死半生…みたいなものだ。君は死と生を同時に持っている」


半死半生は死に体を表すものでそういう意味ではないが

屍人アンデッドと呼ばれるよりはマシだと塩河は飲み込む

死と生を持つ。それは生物なら誰しも備わっているが

塩河の場合は生と死が輪廻ループしている状態だと認識した


「なら…」


そんな己ならば、名乗る幽力イーオンの名は自然と確定さだまるのだろう。その名は


「『─死を殺す諡デス・ドライヴ・デッドリー

DDD。それが俺の能力だ』


それは己を殺す物語。いつか来たる死を求めるために戦う物語なのだろう

そしてその死への渇望を殺す物語だ







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デスドライヴデッドリー 竜翔 @RYUSYOU

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