第15章 しゃもじ塚と枝豆、そして帰京
孝標が美濃の不破関付近を通過しようとしていた時であった。何やら街道沿いに村人たちが列をなしてどこかに向かっている様子が見えた。村人たちはいずれもしゃもじを手にしてる。なんとも異様な様子である。
孝標は村人に声をかけた。
「これは何の集まりじゃ?みな、しゃもじを手にしているのはなぜじゃ?」
「5年前に亡くなった武将を供養しているのでございます」
武将とは、平忠常のことであった。
平忠常は、下総、上総、安房に膨大な領地を有しながらも、受領と対立。安房守・平維忠を襲撃して殺害することで平忠常の乱は始まった。3年に及ぶ戦いの中で、上総では飢饉が発生したことで反乱軍は自滅。平忠常は降伏するに至った。
捕らえられた平忠常が都に連行される途中。ちょうど美濃国で病気となった。最期は、現地の村人が食物を差し出す「しゃもじ」に直接食らいつき、息を引き取ったと言われている。
今は村人たちはしゃもじを手にして、平忠常を供養してくれている。しかし、そのうち、墓を訪れる人も消え、忠常は忘れされていくのだろう。
あれほど、上総で権勢を誇った忠常が、飢餓に苦しみ、病気となり、弱り切ったところでしゃもじに食らいついたうえで迎えた最期。まさに、「おごれるものは久しからず」である。
孝標は豆を供え、しゃもじ塚を後にした。
不破関を出発してしばらくすると街道の人通りが急に増え始めた。都が近いのである。そして、ついに都に至った。四年ぶりの都である。
道を行き交う人が多かったため、孝標は人目を気にしてしまい尿を我慢してしまった。しかし、自宅は西山である。都の中心から西の方にある。
ようやく自宅にたどり着いたが、孝標はまっさきに行きたい場所があった。厠である。そこに、妻と娘が駆け寄ってきた。まず、妻が孝標の手を取り、再会を喜んだ。
「もう、今生の別れかと思っておりました」
「ありがとう。すまぬ。先に厠に行きたい。続きはそのあとで・・・」
さらに娘が抱きついてきた。
「現世でまたお会いできてよかったです」
「その、先に厠にいきたい・・・、ちょっ・・・」
孝標は限界まで我慢して、ギリギリのところでようやく厠にたどり着くことができたのであった。
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