第11章 朝廷に従わない奥州安倍氏、そして、常陸国守の任官

 ある日、菅原孝標は、朝廷から帰宅したが、夕食は終始無口であった。

「任官の指示があった。常陸国だそうだ。大国だぞ」

 その話を聞いて、妻は驚いた。

「常陸ですって?常陸国の国府は平将門の乱に焼き討ちされた場所ではないですか。そもそも、申文は信濃国ではなかったのですか?どうして変わったのですか?」

「うむ。いろいろ事情が変わったのじゃ。それに、常陸は以前赴任した上総国から遠くはない。郡司の知り合いもいる。そうわるくはないはずだ・・・。信濃守は他の者を推挙して譲った。橘家の者だ」

「上総国だって平忠常の乱でぼろぼろではないですか」

 上総国の作田は2万2千町ほどあったそうだが、乱のあと、僅かに18町までに激減したと言われている。そもそも、孝標の知り合いの郡司が生き残っている保証はない。

「しかし、知人がいないよりは心強い。すまない。今日は目が疲れた。早く寝ることにする」

「もう、引き受けたのですか?」

「・・・」

「引き受けたのですか?」

「・・・」

 その時、寝所の外で物音がした。孝標女であった。

「あなた、こんなところで何をしてるの!!」

「ねえ、常陸に行くんですって。本当?本当なの?」

「そんな話、聞かなくていいからとっとと寝ていなさい」

「私も常陸に行きたい」

「平忠常の乱の時、下総守や安房守がどうなったのかわかってるの!!」

 そこに物音を聞いた姉の子供たちが現れた。孝標女の姉は二女を残して亡くなっていて、その後の世話をしていたのが孝標女だったのである。孝標女は子供たちを寝かしつけるために退散していった。


 陸奥は、桓武天皇の時代に阿弖流為アテルイを征伐して朝廷の支配に組み込んだはずであったが、陸奥の豪族の安倍氏は納税を怠るなど完全には服従していなかった。そもそも、阿弖流為征伐で苦戦したのは、戦地が遠すぎるためである。大軍を送り込んでも、戦地での食料調達に失敗すれば、苦戦する。安倍氏反乱に備えて、兵站基地を常陸、下野、上野、信濃に設ける必要に迫られていたのだった。


「しかし、世の中、荘園ばかりになってしまったから、国司と言えども兵站は難しいだろうなあ。おお、そうだ。常陸は大国だから。正五位下にしてくれるそうだ」

「いつから、国司は防人になったのですか?」

 妻は孝標の話を聞きながら泣いていた。

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