第10章 勺を巡る親子の攻防 西暦とは何ぞや?

 上総介の任を解かれて何年も経つが、次の官職にはありつけずにいた。ちなみに、親類に預けていた源氏物語であるが、全巻を入手。娘は毎日、巻物ばかり読みふけっていた。

 ある日の夕食、菅原孝標は妻と会話していた。

「ところで、『平氏物語』の話なんだが、頭の中でいろいろ考えて構想がだんだん固まってきた。平将門を主人公にしようかと思っているんだがどうだろう?」

「朝敵の将門を主人公だなんて、大丈夫なの?」

「こっそり書くんじゃ。次の徐目で任官がなかったら、本格的に執筆しようと思う。どうも、最近、目が悪くて思うように書けない。どうしたものか?」

「あなた、物語は長いから和歌にしたらどうですか?」

「うむ、それだったら、漢詩にする」


 その日の夜の事だった。夜、孝標の寝所の表で物音がした。上総の使用人、塩丸であった。

「塩丸、なぜおまえがここにいる。それになぜここがわかった」

「このしゃくに道案内をしてもらいました」

「これは、市原荘で仙人と出会った時の物であるな・・・。そうか、あれは夢ではなかったのか・・・して、市原荘はどうなったのか?」

「焼き討ちに遭いました」

「焼き討ち・・・?市原荘は不入の権を認めたはず・・・」

 そこで、孝標は「あっ」っと思った。一度、不入の権を認めてしまえば、検非違使すら立ち入れない。つまり、賊に襲われても、国府はその荘園を守れないのである。

「上総国には奥州蝦夷を征伐した後、数千人の俘囚ふしゅうが移住させられていたかと思います。今回の乱では、俘囚ふしゅうにも多くの犠牲者が出たようにございます。今後は奥州も含めた大乱になると思います。くれぐれも、坂東より先にはには近づかれない方がよいかと思います・・・」

 気が付くと塩丸の姿はなく、そこには勺が一つ残されていた。


 次の日、孝標はしゃくを調べていると、勺に文字が書けることに気が付いた。

「なるほど、不思議な作りになっているな。王計オーケー四里シリ。しっかり聞き取りなさい。ええ、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色。盛者必衰の理を表す・・・」

 物語の初めの部分を入力すると、次にタグや公開予約のメニューが現れた。

「よし、タグは『カクヨムオンリー』っと、では、公開予約は・・・西暦とは何ぞや?よくわからぬ」

 孝標の『平氏物語』の公開予約はできていたが、指定された公開日程はしばらく先の設定となってしまっていた。


 孝標はしゃくをそっと箱の中にしまうと、外出のために部屋を出ていった。そそれを見計らって孝標の部屋に入ってくる人物がいた。孝標女であった。孝標女は箱の中にしまわれていたしゃくを取り出して、指で触って、いろいろと操作していた。

「うふふ、これは使えそうね」

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