第8章 孝標一行とオルカショー

 孝標一行が案内された休憩所には立派なゲートがあり、中は人がごった返していた。

「やや、ずいぶんと騒がしいところだな。市でもやっているのかな?」

 そこで、近くのスピーカーから音がした。

「市原オーシャンランドへようこそ。今からちょうど千年前、菅原孝標一家がこの上総国から出発しました・・・」

 これを聞いて、孝標は妙に納得した。どうやら、我々のことを歓迎しているようだと理解した。

「こちらへどうぞ」

 孝標一行が案内された先はオルカショーの会場であった。

 会場に入ると平安装束の孝標一行はかなり目立つ存在であった。これをみた現代人たちは一斉にスマホを向けて撮影した。

「なんで市原荘の民は手に持っている板をこちらに向けてくるのか・・・」

 案内人の塩丸は答えた。

「あれは、カメラ機能付きのスマートフォンです。おそらくコスプレかなんかだと思われているみたいです」

「ちょっと何を言っているかわからない」

 ここで孝標の妻が話に絡んできた。

「あなた、ひょっとしてあれはしゃくじゃないかしら。あなたもしゃくをお持ちになった方がよいのでは?」

「しまった。烏帽子がないから気づかなかったが、貴族だったのか?しかも、あんな笏、みたことがない。おい、一番立派なやつをここに」

 塩丸が答えた。

「アイフォーンでよろしいですか?」

「ああ、その藍符温アイフォンとかいうやつで」

 

 その孝標の目の前を市原中央銀行の視察団一行が現れた。全員、背広を着ている。銀行団を案内していた市原オーシャンランドの小湊ウヅキが、孝標の前に通りかかった。

「おや、あれは郡司の小湊ではないか?いや、似ているだけで別人か・・・」

 今度は小湊が孝標たちの存在に気づいた。

「おや、あそこに平安貴族のコスプレがいますね」

 孝標は丁重に挨拶をした。

「わたくしは、コスフレではございません。上総国国司の菅原孝標にございます」

 これを聞き、銀行団のメンバーはニコリとした。

「孝標さん。オルカショーをお楽しみくださいね」


 そして、オルカショーが始まった。トレーナーの指示に従いオルカがジャンプするたびに孝標一行は感嘆の声を上げた。

「おい、あいつらは仙人か?思い通りに海の生き物を操っているではないか」

 次に、トレーナーがオルカにライドし、背中の上でくるりとターンを行った。

「まるで天女だな」

 オルカが大ジャンプして、着水した時だった。水槽のしぶきが孝標一行を襲う。

「ああああ」


 気が付くと、孝標は道の脇の草むらで横になっていた。孝標には桶に入った水が頭からかけられたところであった。桶の水をかけたのは案内人の塩丸であった。

「国司様、失礼しました。これは、たぶん、熱中症ですね」

 孝標は立ち上がって、辺りを見渡した。

「む、ここはどこだ?忠常の待ち伏せはどうなった?確か市原荘のオルカの芸を見ていたはずなのだか・・・」

 孝標の妻が答えた。

「あなた、どうしたの?ここは太日川ですよ。市原荘には行ってませんし、忠常の待ち伏せもありませんでしたよ」


◇作者からのお知らせ◇

「オルカトレーナー小湊サツキと地方銀行員の水原ホタル」

第7話 ぼくは甘党だけど『あんこ』の方が好みなんだよ

に関連する描写があります。読み比べてみましょう。

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