第7章 菅原孝標の帰京、江戸湾にイルカの群れ

 菅原孝標の上総国司は着任から四年後、交代となった。

 その年の正月、菅原孝標一行は任務を終え、京に向けて出発した。孝標一行は、国府を出てしばらく行くと海に出た。いわゆる、江の入り江である。

 江の入り江を回るように移動して、一日目は太日川までたどり着く予定であった。太日川から向こうは武蔵国である。

 その日は、睦月であったが、妙に暑かった。海の方をみると、黒い生物が海面を叩くような音がした。それを見ながら、孝標娘が質問してきた。

「あの黒い魚はなんですか?」

 孝標が目を凝らすとその黒い生き物は集団で海面をはね回っていた。案内人に聞いたところ、その黒い魚はイルカというそうだ。

 イルカの群れをずっとながめていた娘が不意に発言した。

「あの魚を捕まえてみたいです」。

「お腹が空いたのか?」

「あの魚を飼って芸をしこみたいです」

「それは、仙人でもなければ難しいだろう」

 孝標は思った。仏像しかり、日記しかり、源氏物語しかり。この娘は不思議なことばかりに目を向ける。

 一方で、孝標娘は海を見ながら目を輝かせていた。


 一日目は太日川までたどり着く予定であった。とある分かれ道のところで、行列は停止した。行き先がわからなかったからだ。一行は案内役の塩丸に先行して道を調べさせ、その間、休憩を取っていた。

 しかし、しばらくしても塩丸はなかなか帰ってこなかった。

「ひょっとして、道に迷ったのか?」

 そんな話をしていたころ、塩丸が叫びながら全力疾走で戻ってきた。

「こちらの道をたどると平忠常が待ち伏せしているようでございます」

 それを聞き、表情を孝標はこわばらせた。

「では、もと来た道を引き返すか?」

「来た道も、もはやどうなっているかわかりません。いったん、市原荘に入りましょう」

 孝標一行は、塩丸の助言に従い市原荘を目指すことにした。


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