第6章 孝標女の源氏物語推し活、日記にも書く

 菅原孝標の娘は、日記をつけることとなった。始めの日記は以下のように書かれていた。

 

 葉月三日 晴

 東海道の端っこと言われる常陸の国より、さらに向こう側に上総の国があります。上総の国では、物語が手に入らないので、自分と同じ背丈の仏さまを作って、毎日、お祈りしていました。どうか、一日でも早く京に上り、源氏物語を読ませていただけますように。ちなみに、仏さまの製作はお父様に手伝っていただきました。ありがとうございました。


「あなた、娘の日記なんですけど」

 孝標妻は娘の日記を手にしていた。孝標は目を凝らしながらその日記に目を通した。

「ん、なんだこれは。仏像はわしが作らせたことになっているではないか?事実と異なる。勝手なことが書かれている。しかも未だに源氏物語が読みたいなどと書いてある。この日記、他の人に読まれたらどうする?」

 妻は半分笑いながら答えた。

「人の書いた日記なんて誰も読みませんよ」

「本当か?何だが不思議なことにお前が出てこない気がする。継母ってだれだ?」

「自分の事を書かれると他人に読まれた時に何だか恥ずかしいじゃないですか。だから、私のことは書かせないようにしたんですよ」

「いま、誰も読まないと言ったではないか」

「この娘に母がいないと不自然じゃないですか。替わりに『継母』っていう人物を登場させましたよ。物語っぽくていいでしょう?」

 孝標は一瞬、顔を手で覆った。

「なんと勝手な。これが後世に伝わらなければよいが」

「ほほほ、そんなことありえません。大丈夫ですよ」

 孝標の任期終了と帰京の日程が近づいてきた。娘の身辺の道具も、日記を書く紙と筆以外はほとんど荷造りでしまってしまい、少々手持ち無沙汰となっていた。庭には松の木が生えており、娘と母は庭の松の木の下で松かさを収集し、拾った松かさの大きさや数を批評しあっていた。

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