第3章 武装する荘園と不入の権、行方不明の公民
家族全員を引き連れて上総国に赴任した菅原孝標であったが、想定以上に上総国は荒廃していた。この時代、律令制では租庸調の税金が直接、都に届けられるが、この時代、各国の国府が収税して都に届けることとなっていた。
しかし、上総の国府に集まるのは豆ばかり。国分寺の補修も儘ならず、領国経営はうまくいっていなかった。
一方で、隣国の下総からは、上総に流入している公民がいないかどうか調査依頼を受けるなど、周辺国も含めて混とんとしていた。
今日も上総国の国府で有力郡司の小湊と打ち合わせを行っていた。孝標の手元に書類が渡されたが、しかし、孝標は目がかすんでよく読み取れない様子だった。
「今日の訴えは市原荘からだったな?ちょっと目がかすんでよく見えないが、不入の権を認めろと言っているのか。不入の権には朝廷の宣旨が必要。私は上総守だぞ。私にそんな権限はないだろう」
郡司の小湊が補足説明を行った。
「市原荘は右大臣に陳情する際の添状が欲しいそうです」
「不入の権を認めたら、検非違使すら介入できなくなる。荘園の権限が強くなるではないか。税収もますます減る。このままでは国分寺の補修がいつまでも始まらないではないか」
「いえ、不入の権といっても、税を全て免除するわけではないです。荘園の中に入れなくなるだけです。そもそも、今年は豊作が見込めます。市原荘からきっちり納税していただくと当面は楽かと」
「うーむ」
孝標は考え込んだ。
「こんなことをいうのは何ですが、今すぐ認めなくてもよいかと。数年後に認めるということを添状に書かれたらよいではないでしょうか?」
「それだと、次の国司が困るではないか」
「まずは、今年のことを考えましょう」
最終的に孝標は不入の権を認める添状をしたためた。郡司からの助言がなくとも、そもそも地方の荘園は武装していて立ち入りが困難である。もはや、不入の権は後追いとなっているのである。
上総国においても荘園は強大になっていった。荘園が増大すると、各地の領主は土地を守るために武士を雇い入れ、やがて、武士団となっていったのである。
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