第1章 菅原孝標は枝豆をもぐもぐ、「ふさ」って何?

 菅原孝標は従五位下となってから十六年が過ぎつつあった。その間、男子を一人。女子を二人授かったが、昇進は得られなかった。

 そんな菅原孝標の周辺では国司任官の話が進んでいた。孝標の申文が受理されたからであった。

 正月が過ぎた頃のある日、孝標が枝豆を大量に持ち帰った。地方からの献上品だそうだ。孝標の妻は煮込んで夕食の材料にした。

 国司の任官は、正月の除目で行われる。除目はすでに終わったはずである。孝標の表情からは何か任官されたような様子だということがみてとれたが、妻には具体的な説明がされていなかった。

 菅原孝標の妻が質問した。

「あなた、任官の話ってどうなったの?もう、除目は終わったのではないのですか?」

 孝標は豆を頬張りながら答えた。

「ふさ」

 孝標は豆を口に頬張っており、また、返答も短すぎて、何のことだかわからなかった。

「ふさだ」

 孝標はまた同じことを繰り返した。

「え?ふさ?ふさ??何のことですか?」

 妻はますます困惑した。なおも孝標は豆を食べながら答えた。

「ふさは『フサコク』のことだ」

 妻はなおもしばらく考え込んだ。孝標が噛んでいた豆を飲み込もうとしたとき、ようやくフサコクの意味を理解することができた。

「えっ、総国になるってことですか?前は、東海道になりそうだって、言ってたじゃないですか。私はてっきり尾張あたりなるんじゃないかと・・・」

 妻は慌てた。

「そんなこと言うな。それに総国だって東海道だ。総国の中でも上総国だから、都に近い方だろ。もぐもぐ」

 固まった状態の妻に対して孝標は続けた。

「そんなに嫌なら、いっそのこと都の近くに口分田をもらってそこで暮らすか?」

 そこで、孝標の妻は泣き崩れた。

「く、口分田って、一体、いつの時代の話よ」

 菅原孝標の妻は絶句した。

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