第6話 楽しかったよ



 現在、彼女はスイーツ選びに夢中だ。

 位置関係上、藍華の後ろ姿しか見えないわけだが、遠くから見ても楽しそうにしている。

 とはいえもう10分くらい経ってるんじゃないだろうか。


 なんて思っていると選び終わったのか、くるりとこちらへ振り向き、帰ってくる。


「え、どんだけお皿持ってんだよ」


 思わず声に出してしまったが、無理もないと思う。

 何せ彼女は両手に加え、左右の前腕部分にもバイキング用プレートを乗っけているのだから。

 あんなのファミレス店員さんしか見たことない。


「陽くん……と、とって〜」


 指差しもできないので、弱々しい声と目線で訴えかけてくる。


「これでいいか?」


 僕は前腕部分のプレートを受け取った。


「へへ、ありがとう〜! 陽くん好きそうだなぁって思ったやつも取ってたらこんな量になっちゃったっ!」


 そうか、僕のも選んでくれて。

 一ヶ月一緒にいたけど、本当に他人想いな人だ。


「ありがとう。そうだとしても多い気がするが」

「え〜せっかく食べ放題なんだし、いいじゃん。さ、早く食べよっ!」

「そうだな、そうしよう」


 目の前には様々なスイーツが並んでおり、プリンや小さなショートケーキ、モンブランやなどがある。

 僕はまず大好きなモンブランから口にした。


「う、うまい……っ!」


 思わず感想がこぼれるほどだ。


「ん〜っ! 美味しい〜! 陽くんモンブラン好きなの?」

「え、あぁ。ケーキの中では一番だな」

「そうなんだ〜。あ、じゃあこれも食べてみてよ」


 藍華はフォークで掬ったケーキを差し出してきた。


「それはなんだ?」

「これはカボチャのモンブランだよ」

「たしかに美味しそうだな」

「でしょ? だからあ〜んっ!」


 やっぱり食べさせようとしていたのか。

 なんとなく察していたけれど。


「いや、自分で食べられるからいいよ」

「だってさ〜ここカップル限定だし、これくらいしないと疑われて追い出されるよ?」

「んなアホな。心配しすぎだって」

「あ〜あ、私はこれからお店の人に疑われて告訴されてさ、刑事罰が下るんだ。これで私は前科一犯です……」


 藍華はガックリと肩を落とし、下を俯く。


 う〜、なんか分からんが落ち込んだぞ。

 まぁあ〜んくらい意識しすぎか。

 こんなのきっと友達同士でもすることだ。


 ええい、もうなるがままよ……っ!


 パクッ――


「へへ……美味し?」


 彼女はこぼれるような笑みで、こてんと首を傾げる。

 さっきまで俯いてたのが冗談だったかのように。

 いや、冗談だったのか。


「あぁ、美味しいよ」


 く……っ!

 なんという羞恥プレイ。

 ふと周りを見てもそんなこと、どのテーブルでも行われていないのに。


 そして何が楽しいのか、あーん、とされた僕を見て愛華はへへ、と口角を上げる。


 普段大学では見せないような笑顔。

 それを僕だけには平気でしてくる。


 これは……本当に友達、だと思ってしているのか?

 もしかして、とつい勘違いしてしまいそうになる。


 

 そんな甘いような、もどかしいような時間はあっという間に過ぎ去り、食べ放題が終わった僕達は店外へ出た。


「美味しかったね〜」


 満足そうに呟く愛華に僕は「そうだな」と共感する。


「陽くん、この後どーする?」

「う〜ん僕はチラッと本屋にでも行こうかな。愛華はどうするんだ?」

「え、何一人で行こうとしてるの?」


 彼女は僕をジト目で見てくる。

 

「だって付き合わせちゃ悪いし」

「え〜せっかく二人できたんだから一緒に回ろうよ〜」


 そう言われると今日は僕達の1ヶ月記念日だというし、別々ってのもおかしいか。


「だな。僕もそっちの方が嬉しいよ」

「よっし! じゃあまずは本屋から〜っ!」


 そう意気込む彼女は再び僕の手を握ってくる。


「あっ!」

「ん? どうしたの?」

「い、いや……なんでもない」


 頬を緩ませた藍華の姿を見たら、僕の理性が崩れるから手を離してくれなんて言えなかった。


「さぁ、行こ〜っ!」



 ◇


 帰り道。

 今も尚、手を繋ぎながら僕達は歩いている。


 あの後、僕達は予定通り本屋へ行った。

 本当はちょうど発売された新刊を買うだけの予定だったが、藍華が「おすすめの漫画教えて〜」と言ってきたので、ついその場で熱く語ってしまった。

 目を輝かせながら聞いてくれる彼女に話すのは、僕としても相当楽しいものだ。


 その後は雑貨屋に服屋などと、至って普通のデートのようなコースを辿った。


 まぁなんというか、控えめにいって最高の時間だったと思う。


 しかしそんな幸せをタダで味わえるわけがなかった。

 やはりそれには代償があったのだ。

 あることに気づいてしまったという大きな代償が。


「陽くん、どうしたの? 楽しくなかった……?」


 藍華は心配そうに顔を覗かせてくる。


「いや、楽しかった。楽しかったよ。けど……」


 楽しかったんだ。

 それだけでいいじゃないか。

 これからもきっとそんな日々が続くはずさ。

 だからその先は言わない方がいい。


「けど……?」


 藍華は不安そうに眉を寄せ、僕を見つめる。


 そんなこと言っても彼女を傷つけるだけ。

 分かっていた。

 だけど僕の口は止まらない。


「けど……僕は藍華との約束を破った。だから君の前から消えた方がいい。そう思うんだ」

「約束って? 陽くんと離れなくちゃいけない約束なんて私してないよ?」

「い、言えない……けど、約束を破ってしまった。ごめん」

「それってさ、私とはもう一緒に居たくないからそう言ってるだけ……とか?」


 藍華の目から、大粒の涙が流れ始めた。


「あ、いや……そういうわけじゃないんだ……」


 やってしまった。

 僕がはっきり言わないから、彼女に変な誤解をさせてしまったんだ。


「あはは、ごめんね〜陽くん、今まで気づけなくて。私といるのしんどかったでしょ?」


 涙を流しながらも、彼女は必死に笑顔を見せようとしている。

 

「いや、本当に違くて」

「私ってワガママだからさ、この一ヶ月間、陽くんをたくさん振り回してたんだろうなぁ。本当ごめんね? もう恋人ごっこも付き合わなくていいからさ」

「藍華、僕は……」

「じゃあね、陽くん。楽しかったよ……っ!」


 藍華はそれ以上僕の言葉には耳を傾けず、この場を駆け足で去っていった。


 違う……違うんだ。

 僕が気づいてしまったのは、

 恋愛対象として見ない……そう決断して、信頼されたからこそ成り立ったこの関係。

 それを僕は、いとも簡単に破ってしまった。


 この一ヶ月色んな藍華を見てきた。

 笑ったところ、泣いたところ、怒ったところ。

 恥ずかしそうに照れるところ、拗ねるところ。

 えへへ〜と頬を緩ます瞬間を見て何度惚れそうになったことか。


 今日、藍華とたくさん触れ合ったからこの気持ちに気づいた……ってわけじゃない。

 きっと僕は初めて会ったあの日から、君のことが好きだったんだ。


 そんな僕が……彼女のそばにいる資格なんてない。

 そう思ったら、自然と口が動いていた。


 もう藍華の姿はどこにもない。

 さっきまで彼女と繋がっていた僕の右手は異様に冷たく感じた。


 だけど……これでよかったんだ。


 ありがとう。

 僕も楽しかったよ、

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