第5話 一ヶ月記念日
僕が緋翠さんのニセ彼氏になって早一ヶ月が過ぎた。
彼女(ニセ)のいる生活にも随分慣れ、今や大学内では僕のことを緋翠さんの彼氏だとほとんどの人が認知している。
これはまぁ……想定していた通り、というか緋翠さんがそう仕向けたのだ。
もちろん男避けのため。
実際この役割を引き受けて、初めは少しだけ後悔した。
だって彼女の横に立つと男達からの視線がスゴいし、妬み嫉みの大嵐。
一人になっても僕が周りに認知され過ぎて、すれ違いざまの罵倒なんて日常茶飯事だ。
初めはあまりの過激さに緋翠さんが罪悪感を抱き、恋人ごっこはもう辞めようかなんて話も出てきたほどだ。
だけどしばらく様子を見てみようということで、案の定騒ぎは落ち着いていった。
ということで今は平穏を取り戻した、そんな感じだ。
「陽く〜ん! こっち席取ってるよ!」
お昼、僕が学生食堂に顔を出すと、
大きな声で僕を呼ぶので、周りの学生には丸聞こえだ。
まぁおかげで僕達の関係が一瞬で広まったわけだけど。
そんな彼女に僕は慣れた手つきで手を振り返す。
いつも通り注文したきつねうどんを受け取り、すでに確保済みの席へ腰をかける。
「藍華、毎日あんな大声で僕を呼ばなくてもいいのに」
「えーでもここの食堂って広いし、陽くんが迷ったらと思ってさ」
「僕が君を見つけられないとでも?」
「えっ!? 陽くん、そんなに私のこと見てくれてるの?」
彼女は両手を頬に当て、ふやっと表情が柔らかくなった。
「そりゃほぼ毎日一緒にいるからな。服のレパートリーも覚えたし」
「む……っ。そういうことじゃないのに……っ!」
一瞬で藍華の眉間に皺が寄る。
どうやら言葉選びを間違えてしまったようだ。
「えっと、ごめんな」
「謝る時は……なんだっけ?」
藍華はニタっと微笑む。
「あー、藍華。今日も可愛いよ」
「へへ。よろしいっ!」
彼女は上機嫌になり、食事を再開した。
そう、藍華の機嫌がムッとなった時、僕が彼女を褒めることになっている。
これは今の関係になって初めの頃に何故かそういう約束が交わされた。
もちろん藍華の提案、この名前呼びもそうだ。
未だに恥ずかしくて目を逸らしてしまうけど。
ちょうどお互いご飯を食べ終わった頃、藍華は何か思い出したように話を始める。
「あ、そうだ。陽くん、今日ってこの後空いてる?」
「えっと今日は月曜日だから昼の講義はなしだな」
「おっ! じゃあちょうどいいね!」
「え? なんだ?」
その口ぶりからして、何か用事があるのだろうか?
「今日はなんの日でしょう?」
「なんの日って……今日は12月16日だろ? ん〜」
「はい、時間切れ〜っ!」
「いや……早くない!? まだ数秒よ!?」
「ダメです〜こんなものは1秒で答えないとっ!」
そんなのフラッシュ暗算でもあるまいし、一瞬で判断できるものか。
「鹿島陽くんっ!」
「はいっ!?」
「今から付き合って一ヶ月記念デートを行います!」
「え……」
神よ、これが即答必須の大難問ですか。
僕には難しすぎるよ。
ということで僕は藍華に誘導されるがまま、目的地へと移動したのだった。
◇
「陽くん、今日は私ここに行きたいなと思ってさ! どうかな?」
彼女が両手で指し示すのは、ショッピングモール内のスイーツ食べ放題のお店。
お昼過ぎということもあって店前には少し列ができている。
しかし並んでいるのはなぜかカップルばかり。
その理由は入口に張り出されているポスターに記されていた。
「本日カップルデー。カップルでご来店されたお客様はお会計から50%OFFさせて頂きますっ!?」
驚愕の割引につい声を荒げてしまう。
「すごいでしょ? SNSで広告出てたから陽くんと来たいなぁって!」
藍華は僕に無垢な笑顔を向けてきた。
しかしこんなカップルっぽいことは僕なんかとじゃなく、本当に好きな人ができてからの方がいいんじゃないか、最近彼女と過ごしていてふとそんなことを思うことがある。
「そうだな。ちょうど甘いものも食べたいし」
でもそんな嬉しそうな顔で言われると断れない。
「じゃあ一緒に並ぼっか」
「あぁ、そうしよ……藍華!?」
僕は思わず、声をあげてしまう。
しかしそれも無理はない。
彼女は、すっと僕の手を握ってきたからだ。
これはいわゆる恋人繋ぎというやつでは?
「ほら、列進んでるよっ!」
彼女は気にせず、そのまま列に沿って進んでいく。
手を繋ぐのはさすがにマズイって。
僕は自分の顔に熱い何かが沸る感覚を覚える。
こんなの意識しない方が無理だ……っ!
しかしここで手を離すのも藍華を傷つけてしまう。
僕自身、嫌というわけでもない。
ただ彼女とは恋人役、というだけ。
そういう約束なので
いつも二人でいる時は明るく饒舌な彼女はこんな時に限って静か。
どこか明後日の方を見ている。
それに握った手も少し震えている気がする。
耳も真っ赤だし、もしかして寒かったりするのだろうか。
いや、しかし室内で暖房も効いているし。
そんなことを考えている間に列は着実に進み、僕達の番となる。
「二名様でよろしいでしょうか?」
「はいっ!」
元気よく返事をした藍華は、店員さんに恋人繋ぎをしている手をスッと見せた。
カップル限定というのを意識してだろう。
幸い店員さんからの変な勘繰りもなく、自然に席へ誘導される。
「こちらへどうぞ」
僕達は案内された席へ座った。
「えっとここはバイキング方式だから取りに行かないとね」
「そうだな。僕は荷物見ているから、藍華、先に取ってくるか?」
「え……っ!! いいのっ!?」
彼女は目を丸くして驚いているが、僕がそんな食いしん坊にでも見えたのだろうか。
「あぁ、行っておいで」
「うん……っ!!」
嬉しそうに目を輝かせた藍華はスイーツを取りに行った。
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