第3話 映画デート
11月16日(土)
まさか本当に映画へ行くことになんて未だに信じられない。
今日の待ち合わせは11時半に日比谷駅。
スマホを見ると時刻は11時15分すぎ。
ちょっと早めに着きすぎたかな。
ポンッ
スマホの効果音。
画面を見ると、このスマホにはメッセージの通知。
緋翠 藍華
『ごめん、ちょっと早く着きすぎたかも!』
内容を見るに、どうやら彼女も集合場所へ到着しているらしい。
『実は僕もさっき着いた! 今どの辺?』
『改札出たところなんだけど……』
あれ、僕も今その辺だ。
ということは近くにいるってことか。
すると、不意に右肩をトントンと二回叩かれる。
普通に考えて、知らない人に肩を触れられることなんてまずない。
たとえ知ってる人だとしても街中で声をかけられるほど仲良い人もそうはいないし。
とすると、僕の後ろにいる人物は緋翠さんでほぼ確定といっていいだろう。
「もぉ〜。肩叩いたらふつうは振り向くでしょっ!」
その場に立ち尽くしている僕を見かねて、緋翠さんはくるっと目の前に現れる。
可愛い……なんてまたもよぎってしまった。
「悪い。考え事してた」
「考え事? こんな可愛い女の子と待ち合わせしてて、別のこと考えるなんて随分余裕があるのね〜。さては女慣れしてるな?」
彼女は眉間に皺を寄せて、僕の顔を覗いてくる。
緋翠さんは何か勘違いしているようだ。
「ったく僕が女慣れしているわけないだろ。今日ここに来てから、君のことしか考えてないよ」
「そ、そそ、そか。それよりも早く行こっ! ご飯が逃げちゃうよっ!」
彼女は映画館があるショッピングモールの方へ体をくるりと回し、急ぎ足で進んでいく。
突然吃る言葉、緋翠さんはよほどお腹が空いていると見える。
僕は彼女を追いかけた。
「待ってよ、緋翠さん! そんなに急いでもご飯は逃げな……プッ!」
あ、マズイ。
ついその場面を想像するとおかしくて、吹き出してしまった。
「あ、笑ったなっ! 陽くんのイジワルっ!」
再び体をこっちへ向けてきた彼女は、真っ赤な顔で叫んでくる。
「ごめん、人間に追いかけられる米粒の緊迫した表情を想像するとつい」
緋翠さんが立ち止まった隙に追いつき、隣からしっかり謝罪した。
「ぷ……っ! たしかにそれは面白い。って今日のお昼はお米なの?」
「いや特に考えてなかったけど、何か食べたいものある?」
「うーん、そうだな。せっかくだしお米とか?」
「緋翠さん、緊迫したお米の顔を想像した後によく食べたくなったね。結構ドSなの?」
「いや、お米にSM感情沸いたことないって」
そんなたわいもない会話をしながら目的地へと向かった。
◇
結局僕達は和食屋さんに入った。
緋翠さんがお米を食べたいと言ったということもあるが、単純に一番席が空いていたからだ。
食事を待ちすぎて映画が間に合わないなんて本末転倒だし。
そしてちょうど僕のチキン南蛮定食と彼女の鯖の味噌煮定食が届いた。
「いただきますっ!」
「いただきま〜す」
うまい……っ!
食べ物を飲み込む度、口の中へ無意識に詰め込んでしまうほどクセになる味。
故に会話が進まない。
こういう時って何か話した方がいいのかな。
気まずいと思わしてないだろうか。
夢中になって食べながらも、そんな思考を巡らせる。
「陽くん」
「ん? どうしたの?」
「そういえば聞きたいことあったんだけどさ」
聞きたいこと?
僕が緋翠さんにとって有益な情報を持ってるとは思えない。
内心悲観的なことを考えながらも僕は彼女に耳を傾ける。
「初めて会った飲み会でさ、恋愛しないって言ってたでしょ? なんでなの?」
唐突な質問。
まぁ特段答えたくないというわけでもない。
あの時ハモった仲だ、そう思って正直に打ち明けた。
「えー、端的に言うとだな、好きだった彼女に振られて、んでもってその理由が分からないからだ」
「分からない? 別れた時に理由は言われなかったの?」
「いや、言われた。友達にしか思えなかったらしい。だとすると恋人として見られなかった理由が僕自身にあるわけだが、それが分からない。そんな自分が恋愛なんて到底無理だろ」
言ってて少し辛くなったが、気遣われなくなかったので無理して笑った。
「ま〜恋愛なんてしなくてもいいよっ! 私もそう思うし!」
彼女なりの慰めなのか、気にすんなよ〜と冗談混じりに言ってきた。
「私も、って緋翠さんはどうしてそう思うの? 言いにくかったら全然大丈夫だけど」
思わずそう口にした後、実は触れられたくないことなのでは……なんて思ったが、彼女はあっさりと答え始めた。
「別に大したことじゃないよ。私、スタイルもいいし、モテるの……あ、これ嫌味じゃなくてね。男の人の目線って分かりやすくて、みんな私の顔と体ばっかり見てくるんだ。付き合っても当然のように体目的。誰も私自身を見てくれない。それなら恋愛なんてしなくていいかなって。へへ」
軽々と回答したわりに内容は僕よりヘビーな気がする。
もしかして緋翠さんも僕に心配かけまいと、無理して笑ったのかな。
「嫌なこと言わせたのならごめん」
僕が謝罪すると、緋翠さんは大きく首を横に振る。
「ぜんっぜん大丈夫っ! これでさ、お互い赤裸々に話したってことで、私達は『恋愛しない同盟』だねっ!!」
「え? なんだ、その同盟?」
笑顔で変なことを言い始めた彼女に、思わず首を傾げる。
「えっと、仲良しさん、グループみたいな?」
「仲良しさんグループて小学生かっ! って僕も男だけどいいのか?」
「さっき私、目線で分かるって言ったじゃない? 陽くんは大丈夫。初めて会った時から私をそういう目で見てない、そうでしょ?」
緋翠さんは得意げな顔で僕を見てきた。
まぁ僕自身失恋直後だし、恋愛をしたいと考えることがない。
つまり彼女の予想は見事的中したことになる。
「緋翠さんの言ったことは当たってるよ、恋愛する気ないし」
「やっぱり! じゃあ今日から私達は友達ってことでよろしくっ!」
「あぁよろしく」
ということで僕に新しい友達ができた。
普段から友達の少ない僕には朗報であり、それが緋翠さんだなんて贅沢極まりないと思う。
そんな話をした僕達は、それからすぐに食事を食べ終え、少し早めに映画館へ向かったのだった。
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