第2話 一緒に行こう



 僕と緋翠さんは、さっきの店からさほど遠くない海鮮系居酒屋を二次会の会場として選択した。

 ネットで確認したところ予約の空きもあったので到着次第、席に案内してもらえたのだ。


 にしても……あのサークルの輪から抜けるのは本当に大変だったな。

 

 僕と緋翠さんが並んで外に出た時にはもう大騒ぎ。


「な……っ! おま……。やるじゃねぇか!!」


 そんな文則の声から始まり、


「なんで鹿島が大学一の美女、緋翠さんといるんだよ!」

「あいつがいけんなら誰でもいけるじゃん」


 というサークル部員男子からの罵詈雑言。

 正直ムカついたが、怒るのもめんどくさかった。


 それを超えての今、というわけだ。

 はぁ……なんか疲れた。


「ねぇ……ねぇってば。聞いてる?」

「え……っ!? 何!?」

「いや飲み物何飲みたいって。それより大丈夫? ぼーっとしてたけど、もしかして酔っちゃった?」


 注文用タブレットから顔をひょこっと覗かせて緋翠さんは心配そうにこちらをみてくる。


「あ、ううん。大丈夫! 飲み物はビールで!」

「そっか。じゃあビール二つと……あとテキトーにおつまみ頼んどくね〜」

「あ〜ありがとう」


 慣れない……。

 初対面の女性と二人で居酒屋。

 何があったらこんなことが起こるんだ。


「そういえばさ〜、自己紹介したっけ?」


 緋翠さんは唐突な疑問をぶつけてきた。

 僕も彼女のことは翡翠さん、ということしか知らない。


「あ、してない。ここまで来ておいてお互いの名前すら知らないって変だな」

「ふふ、たしかに。二次会で自己紹介なんて初めて。私は緋翠 藍華ひすい あいかって言います!えっと、漢字はね〜」


 そう言って、テーブルの端にあるアンケート用紙にペンで名前の漢字を書き始めた。


「みて、名前の画数多くない? 小学校の時、何回名前の漢字で親を恨んだことか……っ!」

「いや、たしかに多いだろうけど恨まないでやってよ。いい名前なんだからさ!」 


 あ、友達と話す時みたいなノリでツッコんでしまった。


 僕の返答に緋翠さんは目を丸くして、


「おぉ、君って結構おもしろい人なんだ〜。一次会の時は静かだったからあまり喋らない人かと思ってた」


 おもしろいか。

 初めてそんなこと言われたけど嬉しいものだな。 


「お褒めに預かり光栄だ。まぁ仲良いやつには変わってるとはよく言われる」

「たしかに『無能力剣聖』のキーホルダーをバッグにつけてる大学生って変わってるよね〜」


 僕のバッグを指差して緋翠さんはニタッと笑う。

 

「それを言うなら僕が立ち上がった一瞬のうちに、このキーホルダーが主人公の耀だって分かった緋翠さんの方がよっぽど変わってると思うけどな」


 目には目をと、彼女に言い返してみる。


「な……っ! 君って意外と口喧嘩強いタイプ?」

「いや、そんなことはないと思うんだけど、なんだろう……多分緋翠さんが話しやすいからかな?」

「へぇ〜嬉しいなぁ」


 彼女はへへっと口角を嬉しそうに上げている。


 実際そうなのだから正直に伝えただけだ。

 なんというか緋翠さんって初めの印象、もっと無表情で冷たい感じの人なのかなって思ってた。


 だけどこうやって関わると全然違う。

 僕の目に映る彼女は、パッと明るく笑ったりニタッとおちょくるように笑ったりと表情豊か。

 だから話しててこっちまで楽しくなる。


「……じゃなくて君!」

「え、はい!?」


 ふいに指名されたので、咄嗟に声が出た。


「話が逸れたけど、自己紹介は? 私だけ君の名前知らないなんて呼びにくくて仕方ないんですけどっ!」

「あ〜ごめん! 僕は鹿島 陽。よろしく!」

「よう……ようって『無能力剣聖』の主人公じゃんっ! ヒュ〜かっこいいっ!」


 彼女はこのこの〜っと肘で小突く素振りをしている。

 もちろん僕らの間にテーブルがあるため、全く届かないのだが。


「まぁ残念ながら漢字は違う。僕のは太陽の陽だ」

「明るくていい名前じゃん。他人を照らすことも出来るし、自分が輝くことも出来る。そんな人間に私はなりたいね」

「おう、突然の宮沢賢治口調……っ!」

「おおー! 陽くんは博識だねぇ〜」


 彼女はパチパチと拍手喝采をしてきた。


 と、まぁなんだかんだで二人の飲み会は予想以上に盛り上がって話題は好きなアニメへと変わる。


「好きなアニメかぁ〜。私はいっぱいあるなぁ。陽くんは?」

「そりゃ僕も色んなアニメを見てきたからな。好きなものなんて数え切れんくらいあるよ!」

「そうだよね〜」


 緋翠さんは視線を上に向け、思考を巡らせている。

 そしてハッとなにか思いついたような顔で僕を見てきた。


「あ……っ! じゃあさ、あの時みたく同時に言ってみる? またハモるかもっ!」


 彼女はニシシ、と面白可笑しく微笑んでいる。


 あの時と言うと思いつくものは一つしかない。

『もう恋愛はしないんだってっ!!!』ってやつだ。


「あれはたまたま同時になっただけだろ。ま、セリフが全く一緒ってのはスゴいけどさ」

「ほんとそれ。奇跡的な確率よね。今回もさ、たまたま好きなアニメのタイトルが被るかもよ〜?」

「仕方ない。せーので言うぞ」

「なんだ、陽くんも乗り気なんじゃない。いくよ?」


「「せーのっ!」」


「ハロワ冒険者っ!」

「ハロワ冒険者っ!」


「「え……っ!?」」


 待て待て、無数にある好きなアニメタイトルが被るってどんな奇跡よ。


「一日で二回ハモる私達って……キモイね」


 緋翠さんもさすがに好きなアニメが一致したことの喜びよりハモった不気味さが上回って顔が引き攣っている。


「たしかに」


 返す言葉が思いつかない。


「あ、でも『ハロワ冒険者』ってさ、今映画してるからお互い頭によぎっても無理はない気がしてきた」


 そうだ、そういえば今映画上映中か。

 タイトルを叫んだ時には考えもしていなかったけど、公開している間に観に行こうとは思っていた。


「たしかにそれはあるな。僕も観に行くつもりではいたし」

「あ、そうなんだ。私も! でもこのアニメ、わりとマニアックだから好きな人少ないんだよね〜」

「だよな。僕も一人で行く予定だし」

「だよね、私も」


 …………。

 何この後の沈黙。

 映画、もしかして誘った方がいいのかな。

 いやでも今日知り合ったばっかりだし、なんか下心があるとか誤解もされたくない。


 すると彼女は突然注文用タブレットを手に取り、メニューを見始めた。

 それから僕の方へ一切視線を向けず、緋翠さんはそのまま話を進めてくる。


「あの……映画、一緒に行く?」


 タブレットで顔が隠れて彼女の表情こそ見えないが、嫌なら誘ってこないだろう。

 僕も映画は一人で観るより、友達と行く方が楽しいし。

 緋翠さんを友達認定していいのかは一旦置いておいて、現時点で断る理由もない。


「だな。せっかくだし、一緒に行こう」

「うん……っ!」


 そしてタブレット越しに彼女の明るい声が返ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る