【ボイスドラマ8話完結】もう恋愛なんてしないと決めた僕と大学一の美女がお付き合いするまでの話

甲賀流

第1話 もう恋愛はしないんだって



 もう二度と恋愛なんかしない――


 これは先月、大好きだった彼女に振られてから心に誓ったこと。

 たかが二十歳の大学生である僕こと鹿島 陽かしま ようが恋愛を語るには何万年も早いと思うが、それくらい深く傷ついたのだ。


 そんな僕は今、テニスサークルの飲み会に参加している。

 なんと本日来店した居酒屋、貸切だそうだ。

 さすが50人弱参加しているだけはある。

 数の暴力というやつだな。


 今回の飲み会に関して、これは友達がしつこく誘ってくるので渋々参加しただけにすぎない。

 何なら早く帰りたいとまで思っている。


「はぁ……つまんねぇ」


 そう呟く僕は店の端で、一人スマホ片手にビールを飲む。

 元々人付き合いが得意な方ではない。

 特にこんな酒の場なんて、知らない奴が馴れ馴れしくしてくるというただただ不快なイベント。

 何が楽しいのやら。


「陽っ!! あっち可愛い女の子いるぜ。話しに行こうや!」


 対してこの場を全力で楽しんでいるのは僕を誘ってきた張本人、松戸 文則まつど ふみのり

 僕が漂わせる陰の空気を見るに見兼ねて、声をかけてきたのだろう。


「行かない」


 そもそも乗り気じゃなかったため、素っ気ない返事を返す。


「やだぁ行こうぜ〜っ!」


 それでも僕の服の裾をぐいぐい引っ張ってくる文則。


「しつこいなぁ。行かないって」


「えーだってせっかく女の子いっぱいいるんだしさ、声かけなきゃ損だべ? お前だって次の恋愛したいだろ?」


 文則は本当にお節介だ。

 もう恋愛はしないと何度も伝えてるはずなのにまだ言うか。


「だ〜か〜ら〜っ!」


 僕は大きく息を吸い、言葉の準備をする。


「もう恋愛はしないんだってっ!」

「もう恋愛はしないんだってっ!」


 え……?

 ハモった?


 と声のする方を見る。

 ちょうど僕の席を挟んだ向かいに女の子が座っていた。


 上は白のゆるニットに下はチェックのスカート。

 髪は黒のボブスタイル、パーマなのかセットなのか、軽くふわっとさせてある。

 すごく可愛いな……なんて一瞬思ったけど、そんな考えは即刻捨て去った。

 どうせ僕には縁がないから。


 彼女の目の前にも友達らしき女性がいることから偶然にも僕と同じく、人の輪へ誘い込まれていたのだと予想がつく。

 何しろこの店内で数々のグループが盛り上がっている中、孤立しているのはここ二人だけだしな。


 もう恋愛はしないんだってっ!!!


 さっき放たれたこの言葉、かなりのパワーワード且つ、二人同時に放ったことで店内に大きく響き渡った。


 変に目立ってしまった……と思ったが、文則と彼女の友達は「お、おう……」と少し引き気味な返事をして去っていってくれたので結果オーライな気もする。


 よし、じゃあ引き続き一人でスマホでも触りますかって目の前に女性がいたと知ってしまえばそういうわけにもいかない。

 決して他意はないのだが、彼女の端正な顔立ちについ視線を奪われてしまう。


「何?」


 彼女は横目で僕を見て、無機質な言葉を投げかける。

 

「あ、いや……別に」


 しまった。

 ジロジロ見すぎたようだ。


 彼女は僕を一瞥し、その後自分のスマホを触り始めた。


 なんだこの空気。

 自分のスペースだと思っていた場所に、他人が居座るってこんな気まずいものなんだな。


 もしかしたら彼女も同じように思ってるかもしれない。

 仕方ない、席移動するか。


「じゃあ僕あっちの席いくよ」


 他に空いてる席があったので荷物を持って移動しようとすると、


「あ……待って。それ、『無能力剣聖』の耀よう?」


 彼女が指差したのは僕、ではなく手に持っているショルダーバッグである。

 さらに詳細を言えば、それに付いてあるキャラクターキーホルダーだ。


「そ、そうだよ。よく知ってるな」

「もちろん! コミック全部持ってるし!」


 おお……。

 ここで同じ趣味の人に会えるとは……っ!


 何せこの『無能力剣聖』というのは、アニメ化もしておらず、コミックでも知る人ぞ知るといった程度の認知度。

 実際、大学でこの作品を知っている人なんて出会ったことがないほどだ。


「へぇ。珍しい。キャラクター誰が好き?」


 今までないことに心が跳ね、つい口が開いてしまう。

 少し踏み入りすぎたか、とも思ったが、彼女の頬の緩みを見るとそんな疑問も吹き飛んだ。


「そうだなぁ〜。耀も捨て難いけど……」


「え〜皆さん!! 一次会はこの辺でお開きにしたいですが、このまま二次会行く人、外に集まってください!」


 男性幹事のハキハキとした言葉によって彼女の声はいとも簡単に消し去られる。


 そして周囲は二次会に行くだの、行かないだのとザワザワ騒ぎ始めた。

 せっかく少し緩やかになった彼女の表情は再び冷えきったものになり、騒ぐ集団へ鋭い視線を向ける。


「ねぇ、緋翠ひすいさんだよね? よかったらみんなで二次会行かない? 俺達、君と話したいなぁって思ってたんだよね〜」


 そんな彼女の機嫌などつゆ知らず、いかにも大学生というなりの男子部員が軽快に声をかけてきた。


「いえ、あなた達と話したいなんて私は思わないです。それに……私、この人と二次会行くので」


 彼女は僕を指差してそう言い放った。


「ね?」と同意を求められたので、反射的に首を縦に振る。

 まぁお互い二次会を断る口実にはちょうどいいか。


「う……っ! な、なんかごめん……」


 どんよりと表情を曇らせた彼らは元の集団へと戻っていく。

 あらバッサリと斬り捨てられて可哀想に。


 ちょうどみんなゾロゾロとお店の外へ出ていっているし、と思って僕もその場から立ち上がる。


「ちょっと待って!」


 緋翠さんの声。

 そして彼女の視線の先には……僕しかいないな。

 対象が自分だけだと確認してから「どうした?」と返事を返した。


「外は寒いしさ、次のお店決めてからにしない?」


 たしかにもう11月。

 時刻も21時と外が冷えるには充分な時間帯だ。


「そ、そうだな。そうしよう」


 え、ほんとに二人でいくの?

 なんてことは言えないので、緋翠さんの案に僕は賛意を示すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る