7 由来
波に押し戻されるように私は図書館に戻ってきた。
ワタリが不安そうにこちらを見ている。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。さっきの人に比べればなんてことない。ただ、いい気はしないけどね」
「そうでしたか……この本はどうされますか?」
「このままでいいと思う。でも今回のはなんだか不思議だった。まるで二人の人生を見ているようだったの」
「人間の怨念が死して尚、自分と誰かを含めて縛ったのかもしれません。縁が姿形を変えて誰かと誰かを繋いでいくように、呪いや怨念も数珠つなぎで広がっていきます。図書館がそれを感じ取って判断したのかもしれません」
ワタリの言葉に納得してしまう自分がいた。理由まではわからないが、なんとなくそんな気がする。その程度だった。
「ねえ、一つ聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
気になっていたことがある。
私が中和されないこともそうだが、それ以外に私が気になること。それは……
「ローズってこの図書館の名前なの?」
"水中図書館ローズ" ここはそういう名前だ。状況からみれば、水中図書館ということに納得はできる。だが、なぜローズという名前なのか。薔薇、それは何を意味するのか私にはわからなかったのだ。
「はい。そうです」
「なんでそんな名前なのよ」
「それはですね……まあ案内役としては立派な仕事内容ですね……案内します。こちらにどうぞ」
私にそう言うとワタリは少しずつ上に向かって進み始めた。私もその後を追う。しばらくすると図書館の中でもひと際目を引く、大樹のような本棚にたどり着いた。ワタリがそこにつけられたボタンを押すと扉が開く。
「干渉できないんじゃないの?」
「これは私の仕事内容に必要ですので」
「都合がいいわね」
中に入るとまるでエレベーターのようにどんどん上に向かって進んでいく。長いトンネルのような真っ暗の "何か" しか見えない。しばらくすると少しずつ光が差し、このエレベーターがガラス張りだったことに気づく。
そしてこの図書館の全貌が私の視界に入った。ガラス張りのこのエレベーターから見える景色に私は息を吞んだ。
先まで私たちがいた本棚やワタリと初めて出会った場所が小さく見える。上から見る本棚の数に私は唖然とした。数えきれないなんて量ではない。まるでいつかに教科書で見た細胞のような数の本棚だった。
「嘘……こんなに……」
「ええ、ここからですと図書館にある本棚がすべて見えます。このエレベーターは私でも自力では行けないところまで運んでくれます。もう少しで…」
いきなりエレベーターが止まり、今度は後ろに向かって進み始める。
「え、なになに」
「大丈夫です……さあ、いよいよですよ」
「なにが……って、なに、これ……」
暗い深海の底から太い一本の棘のある茎が生え、図書館を支えている。そして、図書館を包み込むように青い薔薇の花びらが水中でゆらゆらとなびいている。
奇妙な薔薇だった。
自然界には存在しない青い薔薇。さらに、長い蔓のようなものが波紋の広がる天井に向かって伸びている。
巨大な薔薇の花の中に図書館は存在していた。
私がここに連れてこられたのは、あの蔓が私の足を引いたからなのだと気づいた。
「これがローズという名前の由来です。言葉のままですが、この図書館はこの巨大な青い薔薇の中にあります。あなたが管理人だとするならば、この薔薇は運営者です。花びらの一枚一枚が大きく、図書館を守っている。対象者を見つけると、あの長い蔓がここに連れてくる。水中にあるというのも、図書館を守るため。故にここは "水中図書館ローズ" と呼ばれるのです」
たしかに元の世界にも水中花という花がある。水中花とは水槽や花瓶などの水の中に入れて鑑賞を楽しむ紙の造花のことだ。
この図書館はそれを模しているのかもしれない。
「すごい……」
目の前の光景は私が今まで一度も見たことのないような幻想的なものだった。感嘆の声を漏らさずにはいられない。
「この図書館が私を選んだのよね?」
「はい」
どうにも納得できなかった。
こんな美しい世界に私は多分見合っていない。私が中和されないこともそうだが、まだまだわからないことが多すぎる。私がやらなければならないこともそうだが、改めてこの違和感の答えを見つけなくてはと、この光景を見てそう思った。
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