廻り始めた運命

再会

 空は赤黒い雲に覆われている。稲妻がその間を走り、巨大な翼を持った魔物が影を落としている。

 そこは知っている場所だった。

 石造りのバルコニー。放り出された四人は、辺りを見回す。

「陛下!」

 呼ばれた声に振り向くと、見知った顔がたくさんいた。それはかつて両親に仕えた者たちで、戴冠式の時に自分への信任を託してくれた臣下たちだ。

 彼らは戦っていた。空から襲いかかる魔物を撃ち落とし、鋭い爪で切り裂こうとする攻撃を防いで、またそれらを滅ぼすために力を尽くす。

「な、何これ?」

「お戻りになられてよかった!」

「いや、まさかここに出るとは……一体何が起きているのですか!」

「とにかく緊急事態です!」

「加勢します!」

 エリーは兵士の一人を締め上げる巨大な蛇の脳天を雷で撃ち抜く。その尻尾がしなり、先についた獅子の顔が牙を剥いてエリーに迫った。

 その首を落としてテオは階下を見る。城門前も魔物で埋め尽くされていた。門は閉ざされていたが、破られるのは時間の問題だ。

「街の人たちは!」

「ご安心ください。城下町の皆、城に避難済みです。戦えるものは皆、前線に出ています」

「よかった……でも……」

 魔物の数は多かった。空を埋め尽くすほどの影が辺りを飛び回り、陸を歩く魔物を運んでくる。蛮族が投擲した剣が兵士の足に刺さってうずくまる。鷲と獅子の体を持った魔物の鋭い嘴がとどめを刺そうと彼に迫る。

 凄まじい水の圧がそれを押し除けた。カーヤは続けて水を上方に噴射すると、番えた矢を飛ばした。それは光を伴って空に登っていくが、その間に彼女は反射した水を変化させた。

「みんな、目を瞑って!」

「言うのが遅い!」

 その時にはもう、あたりには光が反射していた。目が眩んで一瞬、味方も含めて皆に隙が生まれた。

 ミカはその隙を逃さない。斬撃が三体の魔物の首を落とし、巨体の魔物の足を傷つける。暴れる魔物の首が不意に飛んだ。地面にそれを成した刃が突き刺さる。

 岩でできた刃には見覚えがあった。バルコニーの塀には無表情の子供が立っている。ツノが

 生えたそれは、かつて戦ったことのある魔物だ。

「ハルトロー!」

 子供は敵味方関係なく刃を飛ばし続ける。洗練されたそれは命を奪う攻撃だ。以前戦った時より威力が増しているような気がした。

 目の前の敵に加えて、ハルトローの岩刃の雨が襲いかかる。捌ききれない攻撃に、皆に絶望が走った。仲間が次々と倒れていく。回避のしようはない。その時──。


 ──ハルトローの攻撃が全て消え去った。



「なっ……」

 初めて子供の顔に表情が宿った。その睨みつけた先に存在したのは、大きな杖を持った魔導士の姿だ。豊かに蓄えた髭。少し恰幅のいいその人は続けて杖を横に振るとハルトローの体が吹き飛んだ。

 魔物は怒りの形相で家ほどの大きさの岩を表出させる。それはまっすぐに魔導士に向かって飛んでいった。

 魔導士は杖をつく。波動が地面に伝わって戦闘中のものたちが皆よろめき、そしてその震源を見る。そして皆が目にした。

 波動はハルトローが繰り出した巨大な岩をみるみるうちに瓦解させ、そして細かい砂粒へと変えていく。その力はハルトローにも及んだ。まるで親が子を宥めるように優しく、そして反撃の間もなく、その魔物は宙に溶け消えていった。

 目下の脅威は去った。杖を携えたその人の背後に、テオは立っていた。混戦の中、テオの声が聞こえるはずはない。けれど、彼は振り向いた。

 ふさふさに蓄えた髭。それは彼の自慢だった。そしてテオを見つめる優しい目は、紛れもなく、その人だった。

「カイ、爺……!」

「テオ……」

 カイはテオの姿をみとめると一度目を細め、そしてすぐに怒声が飛んだ。魔法の方が先だったかもしれない。

「バカもん! 戦闘中に気を取られるもんがおるか!」

 吹き飛ばされてバルコニーの壁にぶつかったテオは咳き込みながらカイを見る。涙目で朧げだが、先ほどテオが立っていた場所には敵の大きな斧が突き刺さっていた。

「で、でも……カイ爺は、あのとき……俺たちが家に行ったせいで……こ、今度こそ、本物なんだよね?」

 カイは指を振る。背後から噛みつこうとした魔物は空中で火がついて灰となった。続けて彼

 は杖を一振りすると、広範囲の敵のみを氷漬けにした。士気の上がった味方は、勢いづいて魔物たちを倒していく。

「あんな安い魔導士にやられる儂ではないわ」

「あ、あ……本物だ」

 テオに向かった魔物を斬り落としたのは兵士長だ。彼は血の滲んだ手でテオを立ち上がらせると微笑んだ。

「カイ様は陛下が旅に出られてすぐお戻りになられて、それからずっと力添えをしてくださっていました」

「そっか……よかった……」

 その時、紫色の光がバルコニーを包み込んだ。光の中心にはエリーが立っていて、彼女の放ったその力は敵を押し除けて広がっていく。やがて光はバルコニーにとどまることなく、城門前にも広がっていく。優勢だった魔物たちは後退を余儀なくされ、やがて城の全てを包み込んだ光は城下街全体へと広がっていった。光は街の外には広がらない。しかし、脅威は去った。光にぶつかっては弾かれる魔物たちの姿を見て、城には歓喜の声が響き渡った。

「陛下が! エルネスティーネ女王陛下が、私たちを救ってくださった!」

 歓声は止まない。しかし、一部の者は不安の色を消さずに赤黒い雲の広がる空を見つめていた。それはまだ、全てが終わったわけでないという証だった。

 城下町だけに人が住んでいるわけではない。今弾かれた魔物たちがこれからどこに向かうのか、それは少し考えれば誰にでも予想がつくことだった。

「行かなきゃダメだ……」

 根源を、絶たなければいけない。テオは遠く離れた塔を見つめる。魔王が復活した時に生まれたそれは禍々しい魔力を発して荒野に鎮座している。

 そこに魔王はいるのだ。おそらく全員がそう理解していた。剣を構えたまま様子を伺っていた兵士長が声を上げる。

「塔に向かうのならば、討伐隊を編成しましょう。すぐに招集をかけます」

 その提案に、周りの兵士たちが沸く。志願し始める彼らを、エリーのよく通る声が諫めた。

「塔へは、私たち四人で行きます。城の警備を手薄にすることはできませんし、それに、ここよりも大変なのは周辺です。他の街への派遣を急いでください」

「陛下……」

 そこに立つのは紛れもなくリーヒテンケの国民を守ろうとする王の姿だった。民の安全を最優先として、そして彼女は決めているのだ。必ず、自分たちが魔王を封印する、と。

 その言葉に、彼らは頷いた。それは、エルネスティーネが真に、リーヒテンケの王となった瞬間であった──。

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