第三章 邂逅と決意
一つ目の試練
山頂には、荘厳な神殿が鎮座していた。
「はー、やっとついたー! 本当に長旅だったねえ。山も険しいし」
「こんな困難な道を陛下に歩かせてしまった……私は、私は……」
「途中血まみれになったミカが一番困難だったのでは……」
「ミカ、困難な道でないと修行にはならないわ。それに、私はこの四人でここまで旅ができてとても楽しかった」
一人反省会を始めそうな勢いのミカを収めてエリーは微笑む。その笑顔に三人もつられて笑顔を見せた。
「エリーがそう言ってくれるならもう私は報われた気分だよー!」
「あはは、でもこれからが本番だ。……まず、入口どこだろ」
神殿はかなりの大きさだ。たどり着いた場所はどうやら裏手のようで、回り込まなければなかに入ることはできなそうだった。
「そういえば、神殿で何をするんだっけ?」
「剣の力を取り戻す儀式?」
「でも儀式って何するんだろ」
「私が見た記憶では神殿の一番奥に泉のようなものがあって、そこで何かをしていたわ」
「なるほど……とにかく最奥に辿り着かねば。魔物がいなければいいのですが……」
半周ほどすると、ようやく入口らしきものが見えてきた。黒々と開くそこに、四人は足を踏み入れる。しかし、少し歩いただけで目の前は行き止まりになってしまった。
松明がわりの魔法で照らしてその行き止まりを見るが、細かい紋章が刻まれていること以外は何かわからない。扉のように押して開きそうな感じでもなさそうだった。
「もしかして中入れない?」
「待って。もしかすると……」
エリーが行き止まりに向かって手をかざす。胸元に紋章が輝き、それに呼応する形で扉が開く。
「さっすが!」
「儀式をするもの以外は入れないということですね」
一行は頷きながらその中へと足を踏み入れた。
中は小さめの小部屋になっていた。入った瞬間、テオとエリーは立ち止まる。
『次の部屋に入り三つの試練を踏破せよ。我は最奥にて待つものなり』
それは初めて聞いた声だった。頭の中に直接響いた声が示した意味を探って、テオとエリーは顔を見合わせる。どうやらミカとカーヤには聞こえていないようだった。
「三つの試練を受けろってさ」
「あたしたちはどうする?」
「ここにいても仕方ありません。一緒にいきましょう」
「よくわからないけどとりあえず先に進もう。悪意はなさそうだった」
「よーし、開け!」
次の扉はすんなりと開いた。しかし、踏み入れると扉が勝手に閉まる。その瞬間、エリーとテオの姿が忽然と消えた。
「陛下!」
「エリー! テオ!」
か細い蝋燭の光だけが照らすその部屋に、カーヤとミカだけが取り残されたのだった。
気がつくと、広い部屋に一人きりだった。また頭の中にあの声が響く。
『これは第一の試練。現れる敵を倒せ』
「敵って……あなたは」
エリーが問いかけたその時、数歩先に見知った男の姿が現れた。テオの姿をしたそれはエリーを見とめると剣を抜く。
エリーは盾の魔法でその攻撃を防ぐ。テオの表情は憎悪そのものだ。向けられたことのない感情を目の当たりにして、エリーはたじろぐ。
「お兄ちゃ、何を……」
違う、《これ》は兄ではない。兄を模倣した何かだ。兄は左脚を先に出す癖がある。この何かは、右足から踏み出していた。
それに、《これ》が振るっている剣は退魔の剣ではなかった。それは昔テオが使っていたもので、無骨なデザインの剣は鋼でできており、光ることはない。
その時、左から《それ》が切り掛かった。エリーは身を翻して避けると水の魔法を繰り出して、偽物のテオは吹き飛ばされる。
エリーは続けて炎の魔法を詠唱する。翳された手のひらから炎が渦を巻いていく。
「エリー」
兄と同じ声。《それ》は続ける。
「エリー、やめてくれ」
「いや……」
「エリー、俺はお前の」
「やめて! あなたは私のお兄ちゃんじゃない!」
エリーは首を振って否定した。《それ》はその隙を逃さず距離を詰める。飛ばされた斬撃をすんでのところで土壁で防ぐ。
「そんなことわからないだろう。お前に俺を殺すことはできない」
「お兄ちゃんはそんなこと言わない!」
怒りのままに炎の魔法を撃ったが、簡単にのされて掻き消える。
動揺が走ったエリーを見て、《それ》は口の端を引いた。そのまま踏み込んでエリーめがけて斬りかかる。
斬撃の数が多い。一つ一つの攻撃は重くないが、捌くのには限界がある。そのうちの一つが足をかすめたその瞬間、エリーの周りに土壁が生み出された。
「しのいだつもりか? それではお前も攻撃できないだろう」
エリーは静かに外の様子を伺う。そして、呟いた。
「……よかった」
「諦めでもしたか?」
《それ》は土壁に向かっていた。まだ土壁は存在している。しかし、次にエリーが現れたのは、《それ》の真後ろだった。
「あなたが『お兄ちゃん』の真似が下手でよかったって言ったの」
「! ……いつの間に」
端正に捻じられた魔力は《それ》の体を易々と貫いた。それを、エリーは眉ひとつ動かさずに見つめていたのだった。
「みんな!」
周りを見渡すと誰もいない。広い部屋にポツンと一人になったテオは何かが起きるかと剣を抜いた。
『これは第一の試練。現れる敵を倒せ』
それは頭の中に直接響く声だ。指示の意味を考えていると、遠くに何者かが現れた。その姿に見覚えがあって、テオは思わず声をかける。
「……カイ爺?」
「テオ、おお、こんなところにおったのか。久しぶりじゃな」
この一年間、どんなに会いたいと願ったか。その人はテオの記憶そのままの姿でそこにいた。
「カイ爺! なんで、あのとき……」
「確かにあの時わしは死んだ……と思ったが、何とか逃げ延びたのじゃ。この通り元気じゃ」
「カイ爺……よかった、俺、おれ……!」
テオは涙の滲んだ目を拭うこともせずカイに近寄る。その老人は優しく微笑んで口を開いた。
「よくがんばったのぉ。だからもう、終わりにしてしまっていいんじゃよ」
「……カイ爺?」
立ち止まったテオに返ってきた答えは、光の球の魔法だった。テオは背後から迫るそれを振り向き様に斬り落とす。
「いい反応じゃ、テオ」
「まだ下手くそな真似を続けるつもり?」
「何故バレた?」
「カイ爺ならまず真っ先に俺を叱る。あの時わがまま言ったことを。それからエリーのことをきいて、それからようやく俺を褒めてくれる」
「……そうか」
「おかげで安心してお前を倒せるよ」
「似たようなことをついさっき一人に言われたのぉ」
「もう一人? エリーか?」
「さぁ? こっちに集中した方が良いのではないか?」
光の球が四方からテオめがけて放たれる。左からのものを切り裂き、上からのものを右に避ける。後ろからのものは魔法で撃ち落とした。
猛攻は終わらない。水の魔法が足に被弾し、その勢いと滑りやすくなった床で足を取られた。テオは素早く地面を転がると煙幕の魔法を繰り出した。
土煙が舞う。あたりを見回すカイに忍び寄ると、おおきく振りかぶって横から剣を薙いだ。いける。そう思った瞬間、煙幕が掻き消えた。攻撃を防がれたことを認識した時には、もう身体は宙を舞っていた。
受け身が取れずに壁にぶつかったテオは立ち上がるが、うまく呼吸ができずに咳き込んだ。痛みで涙が滲む。
続いて、広範囲の炎が展開された。この状況では到底避けられない。しかし──。
「何をして……」
思う間もなく突っ込んでいた。
炎の熱が全身を覆う。熱い、怖い。でも。
斬れる。そう思った。
テオが振るった剣城の先には光の筋が飛んでいく。それは炎の壁を切り開く。その奥に立つ
カイが目を見開くときには、それはもう真っ二つに切り裂かれていた。
「おも……し、ろ……い」
カイは笑いながら消えていく。
「嫌な試練だな」
全てが消えたその部屋で、テオはようやく剣を鞘に戻したのだった。
剣が完全に鞘におさまったその時、景色が変わった。唐突に先程訪れたはずの広場に戻されたテオはあたりを見回す。
先に戻っていたエリーは、テオを見ると駆け寄った。そのまま抱きついたエリーの勢いで少しよろめく。
「テオ!」
「ど、どうしたんだ」
「テオが生きてて良かったぁ……」
エリーの目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。後ろにいたカーヤが心配そうに目を細める。
「なんか一つ目の試練はテオと戦わなきゃだったんだって」
「あー、なるほど……俺、エリーに倒されたのか……」
「絶対お兄ちゃんじゃないって、わかってたのに……もし戻って来なかったらって……」
「よしよし、怖かったな」
テオはいまだに甘えん坊な妹の頭を撫でる。エリーはそれで落ち着いたようで、少し恥ずかしそうに離れると佇まいを正した。
「テオはどんな試練だったの?」
「俺も同じ。カイ爺が出た」
「おじいちゃんが?」
「でもすぐわかったよ。あとカイ爺よりも全然弱かった」
「なるほど。見た目と雰囲気を真似しただけの質の低い複製体だったんですね。まぁでもそのおかげで二人ともすぐ対処できたようで、よかったです」
「でも二度とやりたくないな」
「……私も。次もこんな試練なのかな」
エリーが不安そうに眉を寄せると、別の場所から光が差した。それはテオが腰に下げた鞘からで、漏れ出した光が一筋の線のようになっていた。剣を引き抜くと、それは今までと比べ物にならない輝きを見せていた。
「剣が……」
「まって、力が……戻ってきてる」
「これを後二つ変えれば剣が完全になるということか……」
「試練自体が儀式のようですね」
「じゃあ先進んでさっさと終わらせて帰ろう!」
「ところで二人は何してたの?」
「これ以上ないぐらい暇だった。心配なのに何もできないし最悪。ミカと二人だし」
「私の何が不満なんですか」
「ずっと一人で素振りしてるんだよ! 怖いよ!」
「空いた時間は有効活用するべきです」
「あは……は、頑張れカーヤ」
「やだー!」
カーヤの叫びが神殿にこだました。二つ目の試練の扉は、静かに彼らを待ち望んでいた。
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