再びの対峙
空には雲ひとつない。高い場所を飛んでいく鳥も、なんだか気持ちよさそうに見える天候だ。しかし、その遥か下の山道を歩く四人の顔には疲労の色が濃く出ていた。
「あ、あとどのくらいで山頂?」
「そういうことは言わないでください。士気が下がります」
「そんなこと言っても気になるじゃん〜あとちょっとなら頑張れるし!」
「大丈夫だ、もう頑張る必要はない」
「えっほんと〜? って」
「お前!」
声の方向を見ると、テオが振り向いていた。その視線の先にいたのは、見覚えのある男だ。
かつてカーヤと共に働いていた男。すなわちイェルクの手下である彼は不適な笑みを浮かべていた。
「ルッツ! あんた!」
「あーお前な、そらあんな弱音吐くのはお前しかいないわな。さっさとくたばればいいのに」
「さいってい!」
「少しは同情してもらいたいもんだぜ。俺はイェルクに分があると思ってついたのに、今じゃ指名手配犯だ。日頃の飯にも困る始末だぜ」
「え、大丈夫なの」
「いや素直に心配する? お前らしーや、そしてそう言うところがさいっこうに気持ち悪いんだっ、よ!」
ルッツは話も半ばに斬りかかる。反応できないでいたカーヤの前にテオが立ち塞がり、上からの斬撃を左に流した。
続けてルッツが横から胴を狙った斬撃を鍔に引っ掛けて押し留める。受け止めたテオの腕がかけられた力の大きさに震えていた。
「剣士サマの登場ってわけ? すっかり悪者になっちまったもんだ」
「あの時エリーに味方していれば!」
ルッツの表情にほんのいっとき、曇りが見えた。しかし、それは彼自身が発した笑い声によってすぐかき消される。
「あはははは、まさか自分が真に正義の代弁者だとでも思ってんじゃないだろうな!? 俺がこんな人生を送ってんのはエルネスティーネ、お前の親、前王のせいだ。俺の家族は貧乏だった。けど自給自足やらなんやらしてなんとか慎ましく暮らしてた。でもな、正義感ってやつに取り憑かれたどっかのバカが『あいつらは盗みを働いて食い繋いでいる』なんて言いやがった。それを兵士たちは鵜呑みにして俺の両親を捕まえたんだ。養ってくれる人も、働き口も失った後には、飢えた家族しか残らなかった。兄貴も姉ちゃんも、一番小さかった俺に食べ物を与えてどんどん倒れていったんだ。そしてしまいには、俺一人になった」
いつのまにかルッツは剣を下ろしていた。テオはまだ切先を向けてはいるが、その目には同情の色が映っている。
「……ルッツ、あんた」
「だから俺は正義と名のつくものが嫌いだ! 皆前王のことを正義王、公平な王だという。もちろんその臣下も国民もみんな、正義感が強くて素晴らしいと。でもな! それは詭弁だ! 俺の家族はその正義に殺された! だからその正義の王族が残っていると知った時、俺は確信したんだ。『こいつを殺すためにいきのこったんだ』ってな!」
ルッツの剣の先が、エリーに向けられた。殺意を受けた彼女はしかし、怯まずにルッツを見返した。
「ルッツ、私は……」
「ああルッツ、こんなところにいましたか」
何かを言いかけたエリーの言葉を止めたのは聞き覚えのある特徴的な声だった。薮から山道へと躍り出たのは、顔に傷のある男だった。
「イェルク……!」
「この機会を横取りしようってんじゃないだろうな! 一緒に行動してるといっても見つけたのは俺だ、俺が殺す!」
「いや? 私の目的はあなたと同じです。横取りなんてとんでもない。私はここにいる四人、全てを殺せればそれでいい」
「えー……それはそれでなんか気持ち悪いな。でもま、それなら利用させていただくぜ、元隊長サン!」
不気味に微笑むイェルクを心底軽蔑したように見たルッツは地面を蹴るとまっすぐエリーに斬りかかった。カーヤが貼った防御魔法に弾かれたその剣をテオが斬りあげる。
剣を弾いたと思った瞬間、イェルクの剣がテオの胴めがけて振られる。間一髪のところで剣を滑り込ませたのはミカの剣だった。
ミカが退くとその背後から水の塊が飛んだ。それはイェルクを突き飛ばすと木の幹に打ち付ける。衝撃で葉が舞った。
剣を打ちつけ合うテオとルッツの間に狙いすませた電撃の矢が飛んだ。
「あまちゃんなくせに相変わらず魔法は凶悪だな、なぜ当てない!」
「うっさいわね。ずっと嫌味なやつ!」
「俺が嫌いなら早く殺せよ、俺は『悪い人間』だ!」
「っそういう問題じゃ……!」
「カーヤ、危ない!」
怯んで動けないカーヤの元にルッツの斬撃が迫る。テオがカーヤを抱いて転がったが、ルッツはそのままエリーに向かって行った。
ルッツの刃が目の前に迫っていた。避けなければ、でも、間に合わない……! そう思った瞬間、視界が遮られた。
「陛下、無事ですか」
生暖かいドロっとした液体の感触が顔にかかり、我に返る。
「ミカ! 血が……!」
「ああ、お顔を汚してしまいました。申し訳ありません」
ミカの顔色は変わらない。しかし軽い傷ではない。乱れた呼吸をすぐそこに感じて、エリーの顔が蒼白する。
「そうじゃなくて!」
「おいおい悠長におしゃべりしてんじゃねえぞ! こっちだこっち!」
「……うるさいですね」
ミカの血に塗れた背中に追撃が与えられるその瞬間、吹き飛ばされたのはルッツの方だった。
振り向きざまの彼に剣の柄で勢いよく殴られたのだ。
「っ……うそだろ、なんの前触れも」
「おしゃべりに夢中になっているのがいけないんですよ」
ルッツは腹を抑えるとうずくまる。渾身の一撃を喰らわせたミカはそのまま崩れ落ち、エリーが駆け寄った。
「ルッツ、何をしている? この女を殺すんじゃなかったのか?」
「さすがに倍の人数では分がわる……うっ」
ルッツの口から血が噴き出る。山道の端に生える雑草が赤く染まった。
「くそ……くそ! 俺はこんなところで死ぬつもりはない! あとはお前一人で頑張れよ!」
ルッツは最後の力を振り絞ると懐から何かを取り出した。輝く液体が入った小さな瓶をかち
割ると彼を囲むように魔法陣が描かれていく。悔しそうな目がエリーを睨んだ。魔法陣が輝き、ルッツの姿はそのままかき消える。
「は、ははは、ははははは! 使えないコマが一つ消えようと敵になろうと私には関係ない。お前らを殺すだけだ!」
イェルクは右手を振ると火焔を生み出す。掲げられたその火焔は見る間に広まり、山道に生えた木々を焼いていく。火の海は瞬く間に彼らを包み込んだ。
「なんてことを……どうして執拗に俺たちをつけ回す!」
「憎いのだよ。あの城が、あの男が愛したすべてが」
「さっきからずっと誰のことを言って……」
「カイ・フライフォーゲル。あの爺さんがなぜ城を出たか知っているか? テオドール。お前の両親を殺したからだ」
「いや……あれは事故だって……」
「見せてやろう」
イェルクの手から青白い光が迸った。それは、彼の記憶だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます