山登り
初夏の太陽は冬の寒さに慣れ切った体にとっては酷暑の日差しのようなものだ。空の一番高いところから彼らを見下ろす太陽は、あざ笑うように彼らを照らしていく。
ましてや山道を彼らはただでさえ悪い道にも体力を消耗していた。しかし、魔物はそんな状況で手加減してくれるわけではないのだ。
黄土色の見るだけで嫌悪するような造形の蛮族がテオに向かっていた。蛮族の持ったブーメランが飛び、避けたテオの後ろの木に突き刺さる。もう一匹の魔物は奇声を上げると棍棒をもってとびかかった。
テオは振り下ろされた棍棒をひらりとかわすと左から斬りかかる。足を切られた魔物が悲鳴
を上げた。
「なんでみんな見てるだけなの……!」
背後から先ほどのブーメランが飛んできた。剣で勢いを殺して撃ち落とすと、敵が迫っていた。魔物が左脚を踏み込んだのを見てタイミングを合わせて一歩、飛び退く。空振りした魔物は少しよろめいた。テオはその隙を逃さず相手の喉元を切り裂いた。
その時、頬に痛みが走った。痛みの方向を見ると、弓を構えた魔物がこちらを狙っている。二匹じゃなかったのか。
テオはブーツに備えていた短剣を引き抜くと投擲する。武器を投げてくることを予想していなかった魔物の肩に当たった。
遠いが、間に合う。
テオは勢いよく踏み込んで驚いている魔物に向かってとびかかった。上から叩き切ったそれは見るまでもなく絶命していた。
眺めているだけだった仲間たちが物陰から出てくる。テオは不満そうに師を睨みつける。睨まれたミカはなんだか満足そうだ。
「足、見れるようになったじゃないですか」
「ミカがうるさいから。でも確かに、足の動きがわかればかなり動きが予想しやすくなるよ。ありがとう」
「ではこれはどうでしょう?」
「ちょ!」
突然鞘で殴り掛かったミカの攻撃をテオは咄嗟に受け止める。
続けてミカは右足を前に出す──と、見せかけて引いた。予測していなかった行動に前につんのめったテオは背中を押され、簡単に地に付した。ミカはもう鞘についた埃をはらって拭いている。
「今のはほんの一例ですが。こういうこともあります。特に知能の高い魔物はこういう戦い方もしてきます。野生動物などは今までので対処できますが……特にハルトローなどの動かず攻撃してくる魔物は厄介です。予測が難しいですからね。そこも気にしながら戦わなければなりませんね」
「本当やればやるほどできてないことが出てくるな……」
「どんなことでもそうですが、一生鍛錬ですよ」
「ぐぅ……」
テオは変な言葉を出してうなだれるが戦闘の後処理をして落ち着いた他の三人は山登りを再開する。しかし、すぐに異変を感じて立ち止まった。
なにか、へんな音が聞こえる。
「お腹なった?」
「カーヤじゃないの?」
「違うもん!」
もう音は聞こえない。憤慨するカーヤは歩き出したが、エリーは首を傾げる。
「じめんが、なんだか……」
その言葉の通り、地面が揺れていた。うねるように動き出すそれにカーヤが足を取られた。
「地震?」
吹っ飛ばされたカーヤを危機一髪、テオが手を掴んで引き上げた。抱き上げると顔を真っ赤にしたカーヤが暴れる。
「は、早く下ろして!」
「ちょ、あばれるなよ、危ないでしょ」
ミカは涼しい顔だ。エリーはまだ地面を見つめているが、何かが地面の中にいるわけではなさそうだ。ということはやはり……。
「大きな地震でしたね」
「ちがう! これは……」
テオが、何かに気づいた。それを口にする前に四人の肢体は宙に放り出される。地面に激突する直前、風の魔法が四人の体を支えた。
ゆっくりと降り立ったカーヤは目の前の〈それ〉を見て目を丸くした。
「うそでしょ……」
「ほっぺつねってあげようか」
「もうつねってる! 痛い! ねぇ!」
テオは笑いながらカーヤの頬から手を放す。その視線の先には信じられない巨体の巨人。いや、もはや岩そのものといっても過言ではないものが立っていた。
「それを目覚めさせたら最後、全てを蹂躙するまで止まらない……」
ミカはその姿を見て何やらぶつぶつ言っている。エリーは首を傾げて問う。
「ミカ、それは何?」
「伝承に残る巨人の話です。よく考えたらこのあたりの場所に伝わるもので……」
「なんで先に話しといてくれないの!」
「御伽噺ですから!」
それは起き上がるとけたたましい咆哮を上げた。その轟音に空気がびりびりと震えて四人は耳を塞ぐ。巨人はゆっくりとした動作で四人を見た。
「まずい……!」
巨人が振り下ろした拳を見て、四人はちりじりに退避する。エリーが詠唱し、彼女の頭上に大きな氷塊が生まれた。それはまっすぐ巨人に向かっていく。
立て続けにすさまじい炎が後を追った。暴風がさらに炎を大きくし、巨体を包み込む。
しかし、煙の中から再び大きな拳が飛び出してきた。ミカがエリーを抱きかかえて退避し、先ほどまで彼女がいたところには巨大なくぼみが出現した。
テオは剣を構えているが、あんな巨体では足の先に枝が刺さったような攻撃しか与えられない。カーヤも矢をつがえているが、纏わせる魔法を考えているようだった。
「やっぱり岩にはエリーが得意な魔法はきかないかぁ」
「でもあんなのどうやって戦う? 街は遠いからそんなにすぐ被害が出るってわけでもなさそうだけど……」
と、その時、エリーを少し離れた場所に退避させていたミカが彼女に耳打ちした。エリーは頷くと詠唱する。
「上昇せよ、俊敏の足よ」
エリーの詠唱が終わると、ミカは二回飛び跳ねると巨人の周りを回り始めた。その速さは魔法により加速されており、普通の人間では到底追いつけない。そして、ミカは短剣を取り出すと自分の金属製の腕輪に打ち付け始めたのだ。
かんかんかんかん、と金属の音が猛スピードで旋回していく。
「真面目を通り越しておかしくなった?」
「実はそういう性格なのかもしれない」
カーヤとテオはミカの普段からは考えられない行動に何か理由をつけようとしている。そんなテオに対してミカの声が飛んだ。
「何やってるんですかテオドール!」
「?」
「ほら、お兄ちゃんも」
気づけばテオの足にもエリーの魔法がかかっていた。それはすなわち、ミカと同じことができるということだ。
「よくわかんないけど面白いからがんばれ!」
おかしそうに笑ったカーヤが背中を押す。勢いがついてしまったテオはそのまま走り始めてしまった。速いスピードで走るのは慣れない、けど、あのミカが大真面目でやっているのだ。何か理由があるに決まっている。
テオは持っていた短剣を鞘に打ち付けて音を鳴らす。遠くでカーヤの爆笑する声が聞こえた。
「あいつあとで覚えてろよ……」
ミカの動きを追っていた巨人は、テオが加わったことでどちらを追いかければよいのかわからなくなったようだった。同じ方向に俊足で走り続ける彼らを見続けるそれは、やがてふらつき、そして、倒れた。
彼らが歓喜したその時、起き上がったその巨体の一部が崩れ、その奥に赤紫色の鉱石のよう
なものが見えた。しかし、すぐに岩が集まりそれは隠される。
「カーヤ、今の見えたか!」
「もちのろん! いっくよー!」
カーヤの頭上には巨大な水の玉が生成されていた。先ほど見えた鉱石部分めがけて、その水の玉から高出力の水流が放出される。
続けてエリーが放った電撃が水を追いかけ、再び赤紫色の鉱石が露になった。そこめがけてテオが剣を投擲する。
「もう閉じさせません、よ!」
いつの間によじ登ったのか、投擲した場所にはミカがいた。刺さった剣を足でねじこみ、ぼろぼろと崩れ始めた岩の隙間にさらに自分の短剣を突き刺した。
「ちょっとかわいそうなきも……」
岩は瓦解していく。ミカは自分の短剣をテオの剣を引き抜く巨体の腕を伝って地面に着地する。
「崩れます! 退避してください!」
四人は悲鳴を上げながら崩れゆく岩から逃げおおせた。上がった息を押さえながら、完全に動かぬ岩となったそれを眺める。
「すんごい魔物だったね」
「人里まで行かなくてよかった」
「本当にそうだね、大変なことになってたかも」
「ええ。さあ、気を取り直していきますよ。本当の山登りはこれからです」
確かにそうだ。ゼロになってしまった山登りの進捗を思い出し、カーヤとテオの悲鳴があたりに響き渡ったのだった。
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