現出せし運命
テオはその様子をただぼーっと見上げていた。壇上で長く聡明な演説をしていた少女は毅然としていて美しい。ずっと一緒にいたはずの彼女がとても遠い場所にいってしまったような気がしていた。
エリーの願いは本物だ。元々彼女は優しい子で、テオとの喧嘩も避けるほど、争いが嫌いな少女だった。この国を変えられるかも知れないと思ったらきっとそれに向かってまっすぐ向かっていくのだろう。自分の手の届かないところで。
これがどういう感情なのか、テオにはよくわからなかった。カイを亡くした時の気持ちとはまた異なるような気がした。
テオが何もしなくても儀式は進んでいく。配置されていた大きな箱が開けられ、中身が取り出される。それは美しい装飾が施された剣だった。
剣を見た瞬間、酷い頭痛を覚えたテオは床に手をついてかがみ込む。そのとき、突如として剣が光り始めた。
場内の皆の目が眩んだ時、とある光景が皆の意識に流れ込んできた。
──それは、遠い昔から繰り返されている、長い長い戦いの記憶だ。
初めに飛び込んできたのは色そのものだった。
空は一面赤黒くどんよりとした雲で覆われており、それは太陽の光を遮断している。
悍ましい声が響く。巨大な翼で遥か上空を滑空していったのは獅子に似た何かで、口からは炎が噴き出た。
地上を闊歩するのは異形の者たちだ。首のない黒馬のようなものに乗る騎士には肉がない。骨だけの腕ではとても支えられなさそうな大きさの槍を携えたそれが薙ぎ払うのは甲冑を纏った屈強な人間たちだった。
その背後から彼らに襲いかかるのはぬめりとした触手を持った不定形の生き物だ。彼らはそうやって、その世界を蹂躙していた。
中央から発せられるのはより一層禍々しい邪悪な力。それは他の魔物たちよりも体こそ大きくはなく、むしろ人の形に近い。しかし、その頭には捻れた立派なツノが生えていた。
一振り、それが腕を振るうと業火が周りを焼き尽くす。その炎は止まることを知らず、あたりを焼き尽くしていく。
その炎を振り払った者がいた。男の手には輝く剣。それは燃え盛る炎を一瞬で掻き消すとツノ付きの異形に刃を向けた。背後には王家の紋章が胸元に現れた女性が立っている。
普通ではない光景だった。しかし、テオは瞬時にそれを理解した。
それは遥か遠い時代から繰り返された歴史だった。神はかつて過ちを起こした。
創世の時代、〈闇〉を産み落としてしまったのだ。それから出でし悪きもの。それはこの世界を滅ぼすためだけに力を振るう。
困った神は対抗策として二つの力を創り出した。悪きものを貫く剣と破魔の力。それはそれぞれ運命に導かれし一対の男女に与えられ、その力を持って悪きものを封印したのだ。
しかし、悪きものの力はそれだけでは終わらなかった。時を見て復活したそれを封印すべく、再び一対の男女が選ばれる。
そうして長い長い時を繰り返して彼らは復活と封印を続けてきたのだ。これは、その記憶だった。
我に返ると、視界の半分は地面だった。倒れていたらしい体を起こすと、異様な光景が広がる。
赤黒い光が玉座の間を覆っていたのだ。
「これは……一体……」
皆体勢を崩していた。何かの衝撃を受けて吹き飛ばされたのか、意識を失っているものは少数だが、しかし皆動揺してその姿を見つめていた。
「愚かな娘よ、この時を待っていた!」
捻れた立派なツノを持った異形が向かっていたのは銀髪の少女だった。彼女の胸の紋章めがけて異形の剣が振り下ろされた、その時。
「エリーから、離れろぉぉ!」
金属がぶつかる音。異形が防いだのは、青年が手にした輝く剣の一閃だった。
「おまえ、まさか剣士か? まだ復活していないはずでは」
「たった今思い出した。これまでの剣士達の記憶を。俺がその記憶を引き継ぐものだということをな!」
異形の顔に動揺が走る。
記憶を取り戻した時、理解した。あの剣は自分の片割れだ。そして自分がするべきは──。
「俺はテオドール・フライフォーゲル! そしてこれはお前を倒すものの者の名だ!」
異形の剣が弾かれ、床に転がり落ちた。
「ちっ……時期を逸したか……今日のところは一度退いてやる。しかし覚えていろ。今度こそ私がこの世界を滅ぼしてやる」
「待てザルブザジーレン──」
テオが再び振るった切先は異形には届かなかった。それは漆黒の闇に包まれると忽然と掻き消える。
「たすかったの……か?」
「でも今のは……」
「テオ!」
駆け寄った銀髪の少女の肩を抱いたテオは異形がいなくなったその虚空を見つめる。
「テオも見たの……?」
頷いたテオの瞳は見るたびに偏光する。その虹色の瞳は彼が力に目覚めたことを示していた。
「神に選ばれし力……どこかで……」
ミヒャエルは立ち上がると首を傾げる。その時、突然地面がぐらついた。
揺れがおさまってすぐ、玉座の間の扉が開かれて兵士が数名転がり込んでくる。
「ゲープハルト様、城の外が! ……え?」
「この国の王はエルネスティーネ女王陛下になりました」
「もうなにがなんだか……と、とにかく誰でもいい! バルコニーへ急いでください!」
兵士に連れられ皆バルコニーへと移動する。そこで見たのは、見たことのある景色だった。陽を遮る赤黒い雲、空と陸を蹂躙する異形たち。それは魔物が闊歩する世界だ。
再び地面が揺れ、皆が体勢を崩す。城が立つ平原のはるか先、草木の生えない荒野から轟音が続く。それは巨大な建造物がまるで生き物のようにそびえ立っていく音だ。
「世界の終わりだ……」
誰ともなくつぶやかれた絶望の言葉。
彼らが見ていたのは荒野に突如として現れた禍々しい塔で、天を覆っていた赤黒い雲はみるうみるうちに塔に吸い込まれていく。
そこから数多の魔物たちが世界へと放たれていくのだった。
──これは世界を覆った闇と、それを打ち倒す剣士の物語だ。
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