第14話 残酷な仕打ち3




 店主のハマキチさんは営業中に突然エボルシックの末期症状へと至り、近くにいたコウヘイさんによって殺されたそうだ。


 知らせを聞いた私はすぐさま基地を飛び出して、矢田食堂へと全力疾走しっそうして向かった。


 肩で息をしながら矢田食堂に辿り着くと、そこは以前と変わらない店の雰囲気が漂っていた。


 客のみんなは和気藹々わきあいあいとふざけ合いながら、店の外にあるテーブルで謎の料理を食べて賑やかにしている。私はいつもと変わらないその光景を見て、拍子抜ひょうしぬけしそうになった。


 私が聞いた知らせは、誤報ごほうだったんじゃないだろうか。


 でも店主の姿が見当たらない。厨房ちゅうぼうにいるのかと思ってのぞいてみても、そこにはヤチルちゃんしかいなかった。


 ヤチルちゃんは忙しそうに作った料理を運んで、みんなに笑顔を振り撒いていた。


 やっぱり誤報ごほうだったんじゃないか。そう思ってしまうくらい変わらない店の雰囲気に、私はその場で立ち尽くしてしまった。


 そんな私の前に、コウヘイさんがやってくる。


「おおミルカ、なんだお前そんな息切らして。腹が減ってぶっ倒れそうなのか?」


「コウヘイさん、あの、店主は……。ハマキチさんは、何処どこに?」


「店主はもういねえよ。さっきオレが殺した」


「……え。今なんて」


「だから死んだんだよ。此処で末期症状になっちまったから、ちょうど近くにいたオレが殺した。一応オレも第六部隊の隊員だからな。たまにはちゃんと仕事しねえと」


 まるで他愛たあいのない話でもしているかのように、コウヘイさんはあっさりと私に告げた。


「それより腹減ってんなら突っ立ってないで、何か食えよ。あ、そうかお前収入源なかったな。仕方ないオレがおごってやる……ってオレもそんな金なかったんだ! だはは!」


「……して」


「ん、なんか言ったか」


「どうして、そんなに平気な顔していられるんですか」


 私は震える手に拳を作り上げながら、ヘラヘラと笑っているコウヘイさんを睨んだ。


 コウヘイさんは私の険しい目付きに、戸惑いの表情を浮かべた。


「なんだよ。金ないのはお互い様だろお。まあ……一食ぐらいならおごってやれるからそれで勘弁してくれや。特別大サービスだぜ」


「そんなこと」


「じゃあなんだよ」


「店主が死んじゃったんですよね」


「そうだな」


「店主を、殺したんですよね」


「だからそうだつってんだろ」


「じゃあなんでそんな平気な顔してるんですか!」


 気付けば、私はコウヘイさんを怒鳴りつけていた。


 まだ呼吸が整っていない声で、必死に叫んだ。


「この店の常連だったんですよね! 店主と仲良かったんでしょ! それなのに、なのに……死んじゃって。殺しちゃってどうしてそんな普通にしてられるんですか!」


「お、おいなに怒ってんだよ」


「なんで死んじゃって涙一つ流さないんですか! 殺しても何も思わないからですか! だからなんですか! 意味わかんない! ほかのみんなもそう。なんで普通にご飯食べて騒いでるんですか! おかしいよこんなの!」


「ちょっと落ち着けって。な?」


 コウヘイさんは苦笑いを浮かべながら、叫ぶ私の肩に触れた。私はその手を振り払って、なおも叫んだ。


「なんで悲しまないんですか。なんでそんないつも通りでいようとするんですか!」


「おい、もういいから……」


「親しい人が死んだら悲しくないんですか! バケモノになったからどうでもいいんですか! みんなにとって命って他人って友達って家族ってそんなものなんですか!」


「いいから落ち着けつってんだろ!!」


 コウヘイさんが私の声よりも大きな声で叫んだ。


 その怒号どごうで我に帰った私は、目の前にいるコウヘイさんとテーブルにたむろしていた客の顔が目に映った。


 叫ぶのに必死だった私は、その時初めてみんなの視線に気が付いた。


 みんな、真顔だった。楽しく笑い合っていたさっきまでの雰囲気を断ち切って、むくろな群れみたいに私の方を見つめてくる。私はその状況に確かな恐怖を抱いて、一歩後ずさった。


「みんなわかってんだよ、んなこと」


 コウヘイさんがいつになく小さな声で言った。


「おかしいことくらいわかってんだよ。でもそーしねぇと、こんなクソみたいな世界で生きけねぇんだよ。毎日見知った奴が本物のバケモノになって、死んでいくんだ。その度に泣いてたら身が持たねえだろ。みんな我慢して笑って、クソみたいな世界でも楽しく生きようとしてんだ」


「なんでそんなこと」


「それが此処の鉄則てっそくなんだよ。辛いことや悲しいことは食って寝て忘れる。店主が死んじまって悲しくないなんて思ってる奴は此処にいねえよ。悲しいから、辛えから。無理して我慢して笑ってるだけだ」


「悲しくなるのにどうして、コウヘイさんは店主を殺したんですか」


「それがオレの仕事で、そうしねえといけないからだ。オレが店主を殺さなきゃ、店主が誰かを襲って殺しちまう。そんなこと店主にはさせたくなかった」


「コウヘイさんは、殺しをしてもいいんですか」


「オレなら躊躇ためらわずにみんなを殺せる。そういうの平気でできるように


 なにそれ、イカれてる。


「オレのことはいいだろ。とにかくみんなは死ぬのが怖くねえわけでも、誰かが死んで悲しくないわけじゃねえんだ。みんなそれを閉まって楽しく生きようとしてんだよ」


「なんでそんなことする必要あるんですか……悲しいなら悲しいって言えばいいじゃないですか!」


「だから此処はそういう鉄則てっそくがあるんだってさっきから言ってんだろ! んなことで悲しんでたらずっと此処は地獄みたいな空気になんだろうが! ただでさえクソみたいな世界でそんなことしてどうなるよ! 正論ぶちかましてんじゃねえぞ!」


「コラコラ二人共、そんな辛気臭しんきくさい顔して喧嘩けんかしないの。せっかくの料理が不味くなっちゃうよ。これじゃあ商売あがったり」


 厨房にいたヤチルちゃんが出てきて、言い争う私とミナトの間に入った。


 ヤチルちゃんは下手くそな笑みを浮かべながら、私とコウヘイさんのいきどおった顔を交互に見やった。


「とにかく二人とも落ち着いて、ね? 食事は楽しくなきゃ」


「……ああ、すまん。ついたかぶっちまった」


 コウヘイさんは頭を|掻《か)きながら、いつもの馬鹿みたいな顔に戻っていった。それが私には、気持ち悪くて仕方ない。


「ほらミルカちゃんも、いつまでもそんな顔してないで座って座って。お腹空いてるでしょ、何食べたい?」


 ヤチルちゃんが私の背中を押して、テーブル席に促そうとしてくる。


 取って付けたようなぎこちないヤチルちゃんの笑顔を見て、私は肩を震わせながら小さくぼやいた。


「なんでそんなに、無理して笑ってるの」


 その言葉で、私の背中を押してくる八尋ちゃんの手がぴたり泊まった。やちるちゃんは下手な笑顔を崩して、わずかに両目を痙攣けいれんさせた。


「……だってこうしないと、お店の営業できないじゃない」


「なに、言ってるの? そんなの、休めばいいじゃない。今日くらい。そんなので誰も責めないよ。なんでそんなことで、偽る必要があるの」


「矢田食堂は、年中無休なんだよ。休ませちゃ駄目なの。此処は、この店は、私とお父さんの、居場所なんだから……。それを私が壊しちゃ、いけないの」


「だから、泣かないの?」


「そうだね、泣かない」


「それでいいの?」


「今はね。でも大丈夫だよ。閉店時間になったら、ちゃんと泣くから。だから、ね?」


 ヤチルちゃんはそう言うとまた、下手くそな笑みを浮かべた。


 私はたまれなくなって、彼女に何か言葉をかけようとした。


 するとその時、ミナトが矢田食堂にやってきた。基地を飛び出した私のことを追いかけてきたんだろう。


 ミナトは食堂を見渡して瞬時に険悪けんあくな雰囲気を察すると、私の手を取ってすぐさま此処から立ち去ろうとした。


「帰ろう。君は今、此処にいちゃいけない」


「……でも」


「いいから」


「……うん」


 私はミナトに連れられて、矢田食堂を出た。


 私がいなくなった途端、客のみんなは一斉に笑い出して、元のにぎやかな雰囲気を取り戻していった。ヤチルちゃんも同様に笑いながら厨房ちゅうぼうへと戻っていき、せっせと注文された料理を作っていた。


 みんな笑っている。笑えなかったのは私だけ。


 離れた場所から矢田食堂の光景を見つめて、私はそこに必要のない邪魔者じゃまものだったことに気が付いた。


「みんなを悪く思わないであげて」


 ミナトが前方を見据みすえながら、一言私は何も答えられることができずに、偽物にせものの笑顔をくみんなから目を逸らした。

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