第20話 何か間違って覚えた?


 日が落ち始めた頃、待ち合わせの場所にチャリで到着してみれば。


「うっす」


「はっや。あれか? デートで女の子待たせない的な?」


 やけに洒落た格好の律也が一人でスマホを弄っていた。

 対して俺は、物凄く普通の格好だが。

 やばい、浮くかもしれない。


「ったりめぇよ。ちなみに、祭りとかって結構酔っ払い多いからマジで早めに来た方が良いぜ?」


「お前、女の子に対してはマジで気遣いの神様だな」


 呆れた声を上げながらも、相手の意見になるほどと納得。

 一応俺も早めに出て来たのだが、もう少し前に来ても良かったのかもしれない。

 というか、女子二人は一緒に来るって連絡があったが……もしかして、迎えに行った方が良かったんじゃね?

 なんて、今更な事を考え始めた頃。


「おや、ボディーガード二人は随分と早いね。待たせちゃったかい?」


「おじさん?」


 俺達の近くに一台の見慣れた車が止まったかと思えば、永奈のお父さんが顔を出した。

 それに続き後部座席の扉も開き、車の両サイドから出てきたのは。


「お、お待たせしました……」


「先輩二人は時間ピッタリですねぇ、流っ石」


 桃色の浴衣を着た永奈と、水色の浴衣の美月ちゃん。

 正直に言おう、普通に見惚れた。

 過去祭りなんかに行く際、永奈が浴衣を着て来た事は無い。

 理由は非常に簡単で、危ないから。

 ただでさえノイズが酷くて、注意力が散漫になるのだ。

 それは前回の事で解消されていない事が判明している。

 だからこそ、人混みに入る際は必ずと言って良い程動きやすい恰好をして来ていたのだが。


「あ、の……その」


 パクパクと口を動かしながら、どうにか言葉を残そうとしたが。

 ヤバイ、何か頭回ってない。

 ここ最近、俺はずっとこんな感じだな。

 常に酸欠にでもなっているのかボケ、と今だけは自分に言いたくなってしまった。


「それじゃ、俊介君に律也君。二人をよろしくね? 帰りは歩きで帰りたいって言ってるから、送迎もお願いね?」


 ニコッといつも通りの微笑み溢すおじさんに対し、ブンブンと激しく首を縦に振ってみせれば。

 彼は軽く手を振っただけで、そのまま車で去って行ってしまった。

 残されたのは俺達四人。

 再び永奈を視界に納め、改めて何か言おうと口を開いた所で。


「あぁ~えぇと、その。なんだ……」


「二人共似合ってるじゃん、まさに夏祭りって感じ。あ、カメラ持って来たから写真撮って良い? 記念に撮っておこうぜ」


 俺が言葉を発するのが遅すぎたのか、律也が二人に向かって声を上げる。

 普段のノリだったら、「被せるな」とか言う所なのだろうが。

 正直、助かった。

 今俺、多分語彙力0だわ。

 そんな事を思いつつ、思わず溜息を溢してしまうと。


「……先輩」


 ちょっとだけ顔の赤い後輩が、チョイチョイっと手を引っ張って来た。

 ここ最近は妙な距離が空いていたからだろうか。

 この程度でも、俺にまだ触れてくれる事が嬉しいと感じている。


「に、似合ってる! 超似合ってる!」


 結果、暴走して変な大声を上げてしまった。

 ヤベッ、こういう声もまた永奈には聞え辛いのだ。

 怒鳴ったり、叫んだりする声。

 思わず勢いよく口元を押さえ、手話で「ごめん」と伝えてみれば。

 ちょっとだけ驚いた様子の後輩が、クスッと笑いながら「大丈夫」と手を動かして言葉をくれた。

 でも、先程言った事はちゃんと伝わったのだろうか?

 ちょっとだけ不安になり、そのまま手を動かして。


『綺麗だ』


 と伝えてみれば、永奈の顔がボッと真っ赤に染まってしまった。

 あれだな、毎回思うけど。

 俺の手話って間違ったりしてないよな?

 結構表現が真っすぐというか、ちょっとマイルドに伝える様な伝え方教わってないんだけど。

 今度もう一回勉強し直すか。


「しゃ、写真! 律也先輩が撮ってくれるって言ってます!」


「お、おう! そうだな、せっかく綺麗にして来たんだから記念にしないとな!」


 二人してちょっとギクシャクしたまま、友人の構えるカメラの前に移動するのであった。

 って、あれ? ちょっと待った。

 手話で綺麗だと伝えた時と、言葉で同じ事を伝えた時で永奈の反応に随分と違いがあった様な。

 気のせいか? それともやっぱり俺間違って覚えた?

 落ち着いたら、もう一回永奈に教えて貰おう。


 ※※※


 祭り会場は、それはもう混雑していた。

 マジで、移動するのもトロトロとしか動かない程に。

 コレはちょっと、買うモノを決めながら進まないとただ歩くだけになってしまいそうだ。


「永奈、平気か? 嫌かもしれないけど、出来るだけくっ付いてくれ。逸れると不味い」


 今回ばかりはしっかりと手を繋ぎ、隣を歩く彼女に声を掛けてみれば。

 うん、やっぱりちょっとボーっとしてる。

 と言う事で、相手の肩をトントンと軽く叩いてから。


『くっ付いて、危ないよ』


 手を動かして伝えてみれば、永奈は一つ頷いてから腕にくっ付いて来た。

 よし、コレなら両手が自由に動くから俺の手話でもちゃんと伝わる事だろう。


『煩かったら、補聴器切っておきな。音を、下げるとか』


『でも、聞こえなくなっちゃう』


 少しだけ不安そうにする彼女に微笑み掛け、少し前を歩いている友人に向かって声を掛ける……フリをした。

 それからもう一度永奈の方に振り返り。


『ホラ、他の人も聞えない。みんな一緒だから、大丈夫』


 そう伝えると彼女は少しだけ驚いた顔をしてから、クスクスと笑って補聴器を調整し始めた。

 どうせノイズばかりになってしまうのなら、頑張って聞こうとするだけ疲れてしまうだろう。

 本の知識と、永奈の感想頼りの想像なので、どっちが楽なのかは正確には分からないが。

 ずっと頑張らなくたって、俺には伝わるのだから仲介をやってやれば良いだけだ。

 もっと落ち着ける場所とか、静かな所に行った後で聞こえる様にして話をすれば良い。

 そんな訳で、二人揃って口を閉ざしたままゆっくりと祭りの会場を歩いて行けば。


『このままだと、皆と逸れちゃいそう。離れても大丈夫か?』


『仕方ないです、人混みを抜けたら、電話しましょう』


『了解』


 俺の耳にもガヤガヤと煩く響く喧騒の中、彼女の“声”だけは良く聞こえる。

 耳に頼らなくたって、形ある声がこの子の言葉を俺に教えてくれる。

 コレを今、俺は特別の様に感じてしまっているが。

 永奈にとってはどうなのだろう?

 そこら中で怒鳴り声やら、ドデカイ笑い声やら。

 子供や大人の声が響き合う環境の中で。

 俺達だけは、誰にも邪魔されず会話する事が出来ているのだ。

 なんて、おかしな事を考えていれば。


「っ!?」


 隣を歩いていた後輩が、ビクッと猫の様に飛び上がった。

 それもその筈、コレは俺も驚いた。

 急に、腹に響く様なドーン! という花火の音が鳴り響いたのだから。

 微笑みながら、空を指さしてみれば。

 永奈の表情は見るからに輝いて行く。


『ビックリしました』


『聞こえた?』


『肌とか、お腹に、ドーンって』


 ちょっと興奮気味の彼女は、子供みたいに笑いながら手を動かして感じた事を教えてくれる。

 俺の解釈が間違っていないのなら。

 手話を使う時、永奈はお喋りな上に子供っぽくなるのだ。

 思わず表情を緩め、もう一度上がった花火に視線を向けてから。


『綺麗だね、凄く』


 そう伝えてみると、後輩は何故か再び真っ赤に染まってしまうのであった。

 ねぇ、コレ完全に何かミスってない?

 俺の「綺麗だね」は、いったい彼女に何と伝わっているのか。

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