第19話 友人


 時間が経つのは早いもので、俺がグダグダと悩んでいる内に夏祭りの日がやってきてしまった。

 あぁもう、何やってんだか……。


「なぁに暗い顔してるんだか、今日は夕方からダブルデートだろうに」


「ダブルじゃないです、シングルです」


「まだそんな事言ってんのかお前は、ウジウジしてばかっりの根暗野郎になっちまいまして。病んでるのか思考回路が全部悪い方向に向かってんぞー」


 最近俺の扱いが雑になって来た友人に、ベシベシと頭を引っ叩かれてしまったが。

 駄目だ、抵抗する気力も起きない。

 グテッと机に突っ伏す俺に対し、律也一つ大きなため息を溢してから。


「俊介、お前に一つだけ分かりやすいアドバイスを送ろう。言っておくけど馬鹿にしてる訳じゃなくて、本気で考えて分かりやすくマイルドに表現した結果だからな?」


「なんだよー彼女持ちー、早く有難いアドバイスくれよー」


 もはや何でも良い、今日とかろくに永奈と会話してないし。

 何かいつも以上に喋らない相手に、此方も何と言えば分からず。

 黙々と朝食を摂った上に「あの、どうぞ」とか言いながら弁当を渡されてしまった。

 もはやショックを通り越し、放心状態となった俺は虚無のまま放課後を迎えてしまった訳だ。


「重傷だなオイ……いいか? 良く聞け、俊介。お前猫と犬どっちが好きだ?」


「猫、永奈が猫好きだし」


「ブレねぇなホント」


 これまた非常に大きなため息を溢されてしまったが、今は犬猫より後輩に好かれたいのだ。

 正直ね、ここまでキツイとは思わなかった。

 最初の数日とか、本人の前だとどうにか我慢出来たけど。

 こうも長期間変な距離感になると、かなりしんどい。

 何故避けられているのかもいまいち分からないし、答えを出そうにもどうしたら良いのか分からない。

 もういっその事、スパッと告白してズバッとフラれてしまった方が楽なのかもしれない。

 そんなことまで考え始めてしまったが。


「すっげぇお前に懐いている猫がいたとしよう。そうだな、家猫だ家猫。外の事は良く知らないけど、お前にはすっげぇ懐いてくるの」


「あぁ、はい。可愛いっすね」


 適当に答えたら、ちゃんと聞けとばかりに脳天チョップを頂いてしまった。

 普通に痛いんですけど。


「その猫は、お前に対して特別な恋愛感情を抱いていると思うか?」


「いや、無いだろ。いつも一緒に居て、餌くれる人だから懐く訳であって。そもそも同じ生物じゃなきゃ恋愛感情なんぞ生まれないと思うけど。そうじゃなきゃ人目も憚らずニャーニャー言わんだろうに、自然の摂理だ、当然の結果だ」


 いったい何の話をしているのか、今度は此方が呆れた声を上げてしまったが。

 相手は俺以上に呆れた顔をしながら、もう一発チョップを叩き込んで来た。


「そ、マジでその通り。ソイツしか居なかったから、他の家の猫の事なんぞ知らないから。とにかく目の前の大事な相手に触れたり、膝に乗っかったりして来る訳だ。要は本人が導き出したスキンシップだな。ニャーって言って撫でられれば、モフらせれば餌が貰えると知っている。これって、悪い事か?」


「律也君は猫に飯を食うなと言っているのかね」


「俺はサイコパスじゃねぇよ。つまり、生きる為に必要な行動だったのかもしれない。でもお互いに悪い気がしてないなら、それは共存してる訳だよな? 恋愛感情は無くても、愛情自体はあるだろうさ。懐いてるんだから」


「何の授業?」


「真 面 目 に」


 珍しい事に、結構本気でイラ付いているみたいだ。

 と言う事で、真剣に悩んでみた訳だが。

 あんまり、パッと答えらしい答えが見つからない。

 思わず首を傾げてしまえば、律也もう一つ溜息を溢してから。


「思考停止してんなぁ、ホント。お前、それなりに頭の回転速かった気がするんだけど。永奈ちゃんの事になるとてんで駄目だな。んじゃ、もうちょっと変な話に踏み入ってみよう」


「おう」


「その猫に、猫の友達が出来たとしよう」


「ダブルにゃんこだな」


「おうダブルだ。しかし実はダブルどころかシングルですら無かったとしたら、どうだ?」


「お互いに喰ったのか?」


「喰うな、ちゃんと考えろ」


 脊髄反射で言葉を紡げば、友人から蹴っ飛ばされてしまった。

 とはいえ、意味が分からないのは確かだが。


「あぁ~じゃぁもういっそファンタジーにしちまおう。お友達が言いました、“お前、猫じゃないぞ”ってな」


「どういうことだ?」


「要は、猫のつもりでお前に懐いていたソレは。お前と何にも変わらない人間だったって話だ、するとどうなる?」


「俺に……見る目が無いって事か? 猫と人が見分けられないっていう」


「ちっげぇよブゥワァァァカ! 今まで猫と人だったからゴロゴロニャーニャー平気で出来てたけど、お互いに人間同士って気付いた瞬間別の意味に変わるだろって言ってんだよ! だったら恥ずかしがって当然、混乱して当たり前だって言ってんの! わざわざ言わせんな恥ずかしい!」


 もう教室には誰も残っていないので、叫ばれても問題は無いのだが。

 つまり、永奈を猫に例えてるって事で良いんだよな?

 いや最近の律也だったら、そっち関係なんだろうなとは思っていたけど。

 あまりにも不思議な言い回しをするので、変な方向に思考がシフトしてしまっただけだ。

 さんざん言われたように、頭が回っていないのもあるが。


「結局アイツはこれまで俺として来た事が恥ずかしくなって、間違っていたと認識して距離を置いたって話にならないか?」


「どうしてそうなる? 二人は人だろうと猫だろうと、お互いに良しとしてゴロにゃーしてたんだろうがい。どうしてソレが、間違いだって決めつけるんだよ」


 いや、そうならない?

 だって実際、今の永奈の反応の方が世間的には正しい気がして来るし。

 むしろその辺を気にせず、これまで俺が好き勝手やってただけって事に――


「あんまりこういう言い方したくなかったけど、言うぞ? 怒んなよ? 彼女の場合は友好関係の狭さと、音として捉える事が苦手な分、もしかしたら他より認識が遅かったのではないか。ここまでは良いな?」


 聞こえの良い言い方をしなければ、まさにその通りなんだろう。

 事実として不利な部分はあるし、それは受け入れる他無い事実。

 しかしスパッと事実を突きつけるのが残酷だからこそ、俺達は基本言葉を選ぶ。

 それを今律也は止めた、つまりその程度の事はどうでも良いって言いたいのかもしれない。


「健常者の様に“適当に生きて来た人間”でも勝手に知識が蓄えられる訳ではなく、あの子の場合は誰かが教えたり、自らで興味を持ってより調べようとしない限り、限られた情報しか手に入らないんじゃないかって言ってんの! それは他の障害を持っている人だって同じだろ。ソレを事実として受け入れて、特別扱いせずに受け止めてやんねぇと何も進まねぇんじゃねぇのって話」


「まぁ、その通りではあるんだけど……」


 俺達みたいなのはのんべんだらりと生活していても普通に生きていけるが、永奈みたいな子は基礎的な情報が限られてしまう。

 だからこそ自らが自然と得る事の出来ない部分は、あるもので補うしかない。

 耳に問題があるなら、目で。

 その逆もまた然り。

 それは分かっていた、だからこそ俺も可能な限り力になりたいと努力して来た。

 そんな事は、今更言われるまでもないのだが。

 ここまでハッキリと言い切った人間は初めて見たかもしれない。


「お前は、頭で理解した上で永奈ちゃんを特別扱いしてんだよ。そりゃ仕方のない事だ、綺麗事言った所で気になるモノは気になるし。ましてやお前にとって永奈ちゃんは“ある意味”特別なんだからな。だからこそ、そもそも距離を置いてんのはお前なんじゃねぇのって事」


「俺が、永奈に?」


 ポカンとした表情を浮かべると、今度は結構マジな勢いでチョップが脳天に振り下ろされる。

 い、いってぇぇ……。


「いつまで朴念仁演じてるつもりだよ、実際には理解してるくせによぉ。“先輩”なんだろ? 永奈ちゃんの特徴とか、先の不安とか。一回全部忘れろ、ヘタレ。あの子は普通の女の子、お前は今普通にも慣れないバカタレ。でもそんなお前に、永奈ちゃんは何て言って貰いたいんだろうな? なんて言われたら、余計なモン全部捨てて素直になれるんだろうな? これ以上は言わねぇぞ、ボケナス」


「永奈が、言ってもらいたい言葉……か」


 それを俺が言ってしまって良いのだろうか?

 そう何度も自らに問いかけて来た質問の答え。

 コレを今、求められているのだろうか。


「俺が言って良い台詞なんかね、ソレは」


「お前以外が言ってどうすんだよ、たまには歯の浮く様な台詞でも吐いてこい。そしたら、正真正銘ダブルデートだ」


 ハッと笑い飛ばしながら、もう一発頭を引っ叩かれてしまった。

 ホント、良い友人だとは感じるが。

 たまに物凄くクサイ台詞吐くよね。

 ソレを恥ずかしげもなく言えるってのも、羨ましい限りだが。

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