第18話 不安の連鎖


「おーい、俊介ー? 顔が死んでるぞー」


「いっそ殺してくれー」


「んな事したら俺が永奈ちゃんに刺されるわ」


 茶化して来る律也の言葉を適当に流しながら、教室で思い切り溜息を溢していた。

 なぁにやってんだかなぁ、俺は。

 こんなため息ばかり溢していても、何も変わらないってのは分かっているのだが。

 どうしてもこう、何かやる気が出ない。


「永奈ちゃん成分が不足してんのかー? 最近前みたいにくっ付いて来ないんだろ?」


「美月ちゃん情報か」


「女の子同士、色々とお話してるみたいだからねぇ」


 あの二人は、いったいどんな会話をしているのだろう。

 この手の話が出ていると言う事は、“そういうお話”なんだろうけど。

 俺の事とか、何か話してるんかなぁ。


「お前は色々不満だろうけど、結構良い兆候だと思うけどな」


「どこがだよ、前より永奈に避けられてるんだぞ」


「お馬鹿さんですねぇ、俊介君は実にお馬鹿だ」


 未だからかって来る友人にジロッと睨みを効かせるが、相手は何処吹く風って雰囲気。

 ちくしょう、自分は彼女持ちになったからといって余裕ぶっこきやがって。

 祝ってやるぞ、この野郎。

 お前のカメラ貸せ、ド素人カメラマンが百連写くらいして写真撮ってやるわ。

 一枚くらい成功すんだろ、きっと。


「これまでは普通だった事が、急に恥ずかしくなったんだろ? 永奈ちゃんだって小っちゃい女の子って訳じゃないんだから、そんなの理由があるに決まってんだろ」


「永奈は結構身長低いぞー」


「馬鹿言ってないで、ちゃんと考えろよ。そんなのお前の事を余計“そういう対象”として意識し始めたって事だろうがい」


 そう、なのだろうか。

 いやでも、俺も永奈も恋人を作った経験は無い。

 これまでは昔の癖で何とも思っていなかったけど、友人の話を聞いて改めて認識を改めたってだけじゃないのか?

 つまり、嫌がられてない?

 それこそ、性知識とか永奈にはちゃんとあるのだろうか?

 男子高校生なんて常にエロい事考えてる! みたいな認識になって、俺を避けてるとかだったら結構ショックなのだが。

 まぁある意味間違っていないのが、更に悲しくなって来る所だけど。


「おぉ~い、傍から見て分かる程にネガティブ思考に陥ってるだろ。すげぇ顔に出てるぞ」


「辛くなってきました」


「駄目かぁ、こっちもこっちで面倒くさい思考回路してやがる」


 友人には物凄く呆れられてしまったが、これでも真面目に考えているのだ。

 更に言うなら、割と沖縄での事が結構トラウマになっていると言うか。

 あの時無表情で俺との未来が怖いと言った永奈を思い出すと、どうしても尻込みしてしまうというか。

 おかしいな、祭りに誘った時とかは結構大胆な行動に出ていた筈なのだが。

 時間が経つと、アレですら嫌がられてないか心配になって来る程。

 しかもその後、空港で盛大にやらかしたしなぁ。

 うわぁぁぁ……相手の心が分からないって、こんなに不安になるのか。


「今何言っても無駄だろうからなぁ、楽しい話でもしようぜ」


「楽しい話ってなんですかぁー」


「びっくりする程やる気ねぇ~……祭り、行くんだろ? 今のまま二人で行っても大丈夫なのか?」


「……一緒に行かね?」


「急に情けないなオイ。いやまぁ一緒に行こうぜって言おうとしたけども、滅茶苦茶ダサいぞお前」


「言うな、頼むから」


 そうですよね、そろそろだもんね。

 俺から祭りに誘った手前、やっぱり止めようとは言いにくい。

 行きたくない訳ではない、むしろ行きたい。

 けど今のまま一緒に行ったら、最近同様若干気まずい空気になりそうなのだ。

 というか前回の件もあるし、あまり人混みに永奈を連れて行くのは気が引ける……なんてのは言い訳なのだろう。

 初回以降は、永奈だって祭りに行くたびに楽しそうにしていたのだから。


「美月にもそう伝えるぞ? 多分そのまま永奈ちゃんに伝わると思うけど、良いよな?」


「うっす、お願いします」


 と言う訳で律也がスマホを弄り始めれば、美月ちゃんからの返信なのか、すぐさま通知音が聞こえて来る。

 もう永奈にも伝わっているのかと不安になり、思わず覗き込みたくなってしまったが。


「良いってよ、永奈ちゃんもそれが良いってさ」


「“それが”良い、かぁ……」


「おい、ちょっとネガティブ過ぎてウザいぞ。俊介はあれか? 永奈ちゃんにくっ付いてないとダメ人間になるのか?」


「そうかもしれない」


「駄目だこりゃ」


 はぁ……ホント、自分から距離を置こうみたいな発言した癖に。

 今まで変わらなかったモノがちょっとでも変わっちゃうと、人間ってこんなに不安定になるんだな。

 俺だけかもしれないけど。


 ※※※


「律也先輩ー、どうでしたー?」


「全然駄目、完全に悪い方向にしか思考が向かなくなってる」


 学校が終わった後、帰りがけにあるバーガーショップで美月と待ち合わせをしてみれば。

 やはり真っ先に飛び出してくる話題は、あの二人の事。

 俺は俊介の方を、美月は永奈ちゃんの方を担当している訳だけれども。

 なかなかどうして、変化は起きているが今一歩足りないという所。

 旅行中に焚きつけてしまい、それがあまり良い結果にならなかったらしいので、そういう意味でもこれ以上深く干渉しない方が良いのかもしれない。

 などと思ったりもしたのだが、やっぱ無理だ。

 あの二人の場合、色々と問題があるからこそお互いに慎重になってしまうのは分かるのだが……非常に、じれったいのだ。


「永奈に関しては完全に意識してる感じなんですけどねぇ。というか旅行から帰って来た辺りから明らかに変わってて、私達の話を聞いて更に~って感じです」


「本格的に恋する乙女になっちゃった訳だ。とは言っても、聞いてる限り最終的な所で身を引いちゃってるんだよなぁ」


 耳が不自由な件、こればかりはどうしたって俺達には完全に理解してやる事は出来ないだろう。

 確かにあの二人がくっ付けば、色々と苦労する所は出て来るかもしれない。

 でもそれが理由で、気持ちに蓋をするってのはちょっと違う気がするのだ。

 綺麗事だとは分かっているし、他人事だからこそ楽観的に考えてしまっている可能性だってある。

 けども、なぁ。


「実際問題、そういう特徴がある人が幸せになっちゃいけない理由なんてないですし、永奈が意地になっちゃってるだけな気はするんですけどね」


「そだねぇ。それを理由にしたら、本当になぁんも出来なくなっちゃうだろうし。それに健常者同士の付き合いだって、“相手に苦労を掛ける”なんて当たり前の事なんだけどな」


「ですよね、他の人となら絶対に幸せになれるなんて保証はないんですから。お互いに幸せにしてみせるーくらいの気概があれば問題無しなんですけど。とはいえ私達がそんな事を思うのも、相手の苦労を知らないからなんでしょうけど」


 ま、それは本当にその通りですわな。

 実際に苦労を強いられている永奈ちゃんはもちろん、ずっとあの子の味方であり続けた俊介の努力は、俺達には分からない。

 外野がどうのこうのとこれ以上口を挟みたくはないのだけども……でもあの二人以上に分かっている事が一つある。

 アイツ等、お互いの事好きすぎ。

 それなのにお互いの微妙な食い違いから、両者にとって良い結末を逃してしまうというのは。


「勿体ないよなぁ、このままってのは」


「鹿島先輩がちゃんと永奈から好かれている事を自覚して勇気出して、永奈は鹿島先輩と一緒になっても相手は不幸じゃないって納得する。これまた簡単そうで、二人にとっては根強い悩みなんでしょうねぇ」


 二人揃って、思わず溜息を溢してしまうのであった。

 俺達が説得してどうこうなる問題でもなさそうだし、今度の祭りに期待するしかないのかねぇ。

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