第17話 ちょっとした距離


「なぁ永奈?」


「は、はい! 何でしょうか!」


 バーガーショップで駄弁り、帰って来た後から何か永奈が固い。

 ギクシャクする様な何かがあった訳ではないと思うのだが……普通に友人二人の現状を聞いただけだし。

 俺としては、律也もそうだが美月ちゃんも行動力あるなぁって感心してばかりいたが。

 それらを聞いた影響なのか、後輩が固い、非常に固い。


「どうした? 何かちょっと顔赤いけど、熱があるとか……」


「いえ! だ、大丈夫です!」


 額に手を伸ばした所、物凄い勢いで距離を置かれてしまった。

 ちょっと、いや結構ショック。

 いつもならこんな事ないのに。

 何かまた嫌われる様な事した? 俺。

 あ、いやアレか。

 空港で俺が永奈を放置した一件を、まだ怒っているのかもしれない。


「まぁ、大丈夫なら良いんだけど。というか、えと……やっぱり怒ってる?」


 物凄く情けないが、俺には器用な聞き出し方は思いつかず。

 馬鹿正直に質問をぶつけてみた訳だが。


「怒って……? ないですよ? 何でですか?」


「え、違うの?」


「すみません、良く分からないけど違います……何というか、急に恥ずかしくなっちゃって」


「というと?」


 言っている意味が分からず、思わず聞き返してしまった。

 永奈は妙に赤い顔しながらそっぽを向き、妙にモジモジし始めるではないか。

 ちょっと色っぽいから止めて、ソレ。


「その、普通触れ合う事自体が……こ、恋人じゃないとしないって。考えてみれば、そうだなぁって思いまして……」


 なるほど、そう言う事か。

 物凄く気付くのが遅いとは思ってしまったが、そっちだったか。

 でも確かに、普通ならそうだ。

 とはいえ俺達の場合今更というか、わりとボディータッチ多かったというか。

 いや、こういう言い方は良くないのか。

 改めてそう実感したのなら、今後は此方も意識して行動しないと失礼に当たるだろうし。


「分かった、それじゃ今後はそういう事は控えるよ。永奈の嫌がる事はしたくないし」


「あ、あのっ! 別に嫌という訳じゃなくて……えと、なので……そうではないというか」


 これはどうしたものか。

 真っ赤になった後輩は軽くパニック状態になっているのか、ワタワタと慌てている。

 まぁ、本人的にも答えが出ている訳でも無さそうなので。


「とりあえず、少し控えると言う事で。一旦落ち着け、今すぐどうこうしたいって訳でも無いんだろ?」


「えぇと……すみません」


 申し訳なさそうな顔をしながら、永奈は静かに頭を下げた。

 今までより近い所で“恋愛”というモノを見た影響で、色々と混乱しているのかもしれない。

 というか、改めて自らの行動を見返す機会が訪れたと言っても良いのかも。

 俺からすると役得みたいな感覚は今までにもあったが、彼女にとってはこれまでが普通だったのだ。

 それは本来特別なモノだと認識して、恥じる事だって正しい反応だろう。

 高校生になってからというのは、些か遅いと言うか……アレだけど。

 そう意識させて来なかった俺の行動も、色々問題だよな。


 ※※※


 あれからと言うモノ、よそよそしい永奈の様子はあまり変わらず。

 それでも毎日ウチに来ては、ご飯は作ってくれるんだが。


「おはよう……ございます、先輩」


「ん、おはよ」


 ベッド脇で、ちょっとモジモジした様子の彼女が起こしてくれる。

 まぁこれでも充分に嬉しい事なんだが。

 何と言うか、物足りないというか。

 寝ぼけた頭でそんな事を考えながら、相手の事をじぃ~っと見つめていれば。


「あ、あのっ! ご飯、出来てますんで。下で待ってますね」


 それだけ言って、逃げる様に部屋を出て行ってしまった。

 これでも普通の男女よりずっと近い距離に居るのだ。

 今までのスキンシップが過剰だっただけ、それは分かっている。

 永奈も男女の距離感を保つようになった、ある意味成長とも言えるのだろう。

 なんて、何様だよって自分でも言いたくなる様な感想を残しながらも。


「起きるかぁ……」


 結局俺は、永奈とどうなりたいのだろう。

 前みたいにもっと近い距離で一緒に居たいとは思う。

 しかしながら今現状、それは彼女の中で“特別な事”に変わった。

 だとすれば以前の様な行動は、恋人以上にならないとあり得ないのだろう。

 ではそうなりたいかと言われれば、俺自身はイエスと答える。

 だがもしも言葉にした時、彼女はどう答えるのだろうか?

 これまでは、今までの経験から……というか関係からして、例え本心が別にあっても受け入れてしまうのではないか? という警戒をしていた。

 でも今は、彼女の口からその未来に対して否定的な言葉を貰ってしまったのだ。

 思春期勘違い男子高校生が見事に爆誕してしまった訳である。

 まぁ冗談は良いとして。

 永奈の場合もまた、俺自身が彼女に合わせてしまう未来を恐れていた。

 つまり互いに、相手が自らに合わせて人生を決めてしまう事が嫌だと思っている訳だ。

 コレ、結構詰んでない?


「おじさんとおばさんには、あんな事言われたけど……どうすりゃ良いんだろうね」


 もう少し永奈に時間を、もう一度チャンスをみたいな事を言っていたが。

 こっちも、正直同じ事が言いたい気分だった。

 俺が恋愛未経験者だからこそ、こういう時キッパリと答えが出ないのかもしれないが。

 一度はフラれたみたいな経験をしているのだ。

 どうしてもモヤモヤする気持ちは残るし、また同じような話をして彼女に嫌われないかとか。

 それこそ今度は本当にお断りされてしまうかもしれない、今の日常さえ無くなってしまうかもしれない。

 そんな事を考えると、どうしても臆病になってしまうのだ。

 普通に考えれば、これまでがどれだけ恵まれていたかって話にもなるんだろうけど。

 今までよりちょっとだけ離れてしまった後輩との距離が、これ以上開いてしまう気がして。

 すぐに何か行動を起こそうとは、とてもではないが思えなくなってしまっている。


「はぁ、情けねぇー……」


 最近増えたため息を溢しながら、後輩の待つリビングへと降りていくのであった。

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