第21話 声以外での、伝える方法


『もう静かな所に来たよ、お疲れ』


 声を形にして伝えてみれば、永奈一つ頷いてから補聴器を弄る。


「ありがとうございます、先輩」


「いえいえ、どういたしまして」


 軽口を交わしながら、二人揃ってベンチに座った。

 流石に人混みがヤバすぎた。

 歩くだけで俺も疲れたし、友人達とも普通に逸れてしまった程だ。

 何か飲み物でも買っておきたかったが、露店に顔を出す事も出来ない有様で人波に流されただけ。

 結果、随分と会場の隅っこまで来てしまった。

 お陰で静かな所には出られたが。


「ここなら、花火も良く見えそうですね」


「だな。あぁそうだ、二人にも連絡しておかないとか」


 一応逸れた訳だし、情報共有くらいは~なんて思ってスマホを取り出してみれば。


「今回は、二人で迷子になっちゃいましたね。でも大丈夫です、美月から後で合流しようって連絡来てます」


 クスクスと笑う後輩が、スマホの画面を此方に向けて来た。

 覗き込んでみれば。


『エイナー! そっち大丈夫~!? 人混みヤバすぎ、たこ焼き屋さんに入ったら出られなくなっちゃって、焼いてる目の前で食べさせてもらってる。めっちゃ店の人に笑われてるし』


『おーい、へーきかー?』


『へんじしろーい、既読付いてるぞー!』


 えらく気軽な様子で、絵文字もスタンプもバシバシ送って来ている美月ちゃん。

 なるほど、女子は口以外で言葉を紡ぐときお喋りになるのか。

 こんなに色々連投する子だとは思っていなかった。

 アハハッと思わず変な笑い声を洩らしてみれば、ポチポチとスマホを弄り何やら返事をしている永奈。

 ま、無事を伝えておけば向こうも問題無いだろう。

 むしろあっちはカップルなのだ、俺達が近くに居ては思う存分イチャイチャ出来ないかもしれない。

 などと、下らない事を考えながら空を見上げていれば。


「なんか、懐かしいですね」


「うん?」


 スマホを仕舞った永奈も、俺と一緒に空を見上げている。

 そして視線の先に花火が上がれば、彼女の横顔が同じ色で照らされていく。


「昔、一緒にお祭りに来た時。私転んじゃって、痛くて泣いて。周りも暗くなって来たのに、先輩ったらまだまだ遊ぶ気満々で」


「うっ、ぐっ!? それはアレかな? 俺の心に来るタイプの思い出かな?」


 胸を押さえながら大袈裟に反応してみれば、後輩はクスクスと微笑み。

 静かに俺の方へと視線を向けた。


「良い思い出ですよ。だって泣き出した私をおんぶして、大声で叫んだんです。誰か、消毒液持ってませんかぁって」


「え、そんな事したっけ俺」


「はい、私は凄く覚えてます。物凄く驚きましたもん」


 どうやら当時の俺は、永奈を背負ってそこら辺の店に向かって声を掛けて回ったらしい。

 結局そこらに居たお姉さんが巾着から救急キットを出してくれた様だが、俺は消毒液だけで大丈夫ですって断ったとの事。

 なにやってんじゃい、一式借りちゃいなさいよ。

 自分の事ながら、呆れたため息を溢してしまえば。

 永奈は楽しそうに笑って。


「それ以外は全部ありますから大丈夫ですって、先輩そう言ったんです。消毒液だけ丁度切らしちゃってたらしくて。お小遣いで全部揃えてくれていたみたいで」


「肝心な所で役に立たねぇぇ……」


「そんな事ないですよ? 腰に付けたバッグから、次から次に出て来て、本当にびっくりしたんですから。ちょっと大げさなくらいに治療してくれて、無理しなくて良いって言って、またおんぶしてくれました」


 まさかそこで帰ったんだろうな、俺。

 怪我した子背負ったまま遊びに行ったりしてないだろうな。

 もはやハラハラしながら思い出話を聞いていれば。

 彼女は、ゆっくりと打ち上がった花火を指さした。


「この場所が一番良く見えるからって、あの時も静かな場所に連れて来てくれたんです。どうしても見せたかったから、帰る時間が遅くなっちゃってごめんって言ってくれました」


 昔の俺、良くやった。

 むしろ今よりちゃんと行動出来てるじゃないか。

 思わず安堵の息を溢してしまったが、ちょっとだけ乾いた笑い声が口から零れた。

 子供の頃の方が、俺は勇気があった気がする。

 ただ馬鹿だっただけかもしれないが、それでもどこまでも永奈に対して一直線に向き合っていたのだろう。

 考える事が増えて、心配事が増えて。

 俺は昔より、ずっと弱くなった。

 多分、もしも今同じ事が起こった場合。

 きっとその場で治療してまで、この子を引っ張り回す事など無いだろう。

 例え永奈が拒んでも、一旦会場から離れる事を選択すると思う。

 正しい判断だと、そう思えるからこそ。

 しかしその場合、きっと相手の記憶には良い思い出としては残らない。

 自分が怪我をしたから、お祭りから途中で帰って来てしまった。

 そんな風に思えば、きっと永奈はまた自分を責める。

 でもきっと、感情に蓋をして笑うのだろう。

 気にするなと口にすれば、困った様に笑いながら首を縦に振るのだろう。

 この場合の選択は、本当に正しいものなのだろうか?

 コチラの都合を押し付けて、永奈に嫌な記憶を植え付けるだけなんじゃないか?

 俺はきっと、そんな事を思ってまた迷ってしまうのだ。

 弱いなぁ、ホント。

 律也に散々馬鹿にされたが、ホントその通りだ。


「覚えてますか? その時の花火を見て、視界いっぱいにドーンって音と一緒に光が散らばって、私は怪我した事も忘れて喜びました。その時に一つ、先輩に手話を教えたんです」


「え?」


 何か、少しだけ記憶に残っているかも。

 とはいえ、色んな所でその時思った事を伝える手話を教えてもらっていたりするので、正確にどれとまでは分からないが。


「私、嘘つきなんです」


「は? 永奈がか? どこが」


 急におかしな事を言いだした彼女に対し、思わず首を傾げてしまった。

 永奈が、嘘つき?

 俺は彼女に嘘をつかれた記憶など無い。

 例えそれが嘘だったとしても、俺が彼女の言葉を信じていれば。

 それは本当って事で良いじゃないか。


「私、こっちに引っ越して来るまで……全然喋らなかったんです。喋るのが、怖かったんです」


「えぇと、前の学校で何か言われたとか?」


「それもありますけど、そうじゃないんです。声そのものが、嫌いだったんです」


「声が?」


 何やら良く分からない事を言いだした後輩は立ちあがり、微笑みながら俺の正面に立った。


「先輩、前に将来の話をしましたよね。本当の私は、先輩が思っている程良い子じゃないんですよ。私の声は、“嘘つき”ですから。いつだって、思っても無い言葉を紡ぎますから」


「さっきから、何を言ってるんだ?」


 花火の光を背に受ける永奈が、胸の前に両手を持って来て。


『ごめんなさい』


 声には出さず、声を見せた。

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