第4話 すれ違い


「おはようございます、先輩」


 本日の朝も、いつも通り永奈が起こしに来てくれた。

 ハッハッハ、これこそ勝ち組の目覚めぜよ。

 なんてふざけた事を思いながらモゾモゾしていれば、本日の彼女は一味違ったらしく。


「起きてくださ~い、ご飯出来てますよ~」


 此方の耳元に口を近付け、小さな声でそんな事を呟いて来た。

 うわっ! ゾワゾワする!

 いつもより近くから声が聞こえるのもそうだが、吐息が耳に掛かってくすぐったい!

 思わずガバッと起き上がってみれば、クスクスと笑う後輩が一人。


「やっぱり起きてますよね、おはようございます」


 そんな事を言いながら、此方に向かって両手を広げて来る永奈。

 先程の行動もそうだが、今度は何を待機しているのかと首を傾げてみれば。


「今日はハグしないんですか?」


「あ、します」


 と言う事で、ギュッと後輩を抱きしめてみた。

 なんだか今日はいつもより行動が大胆だなぁなんて思うと同時に、腕の中の温もりをひしひしと感じるのであった。

 一応これでも、俺達付き合ってないんだけど。


「昨日は、ありがとうございました」


「うん?」


「フフッ、何でないです。朝ご飯食べましょうか」


 どうやら、今日の永奈はご機嫌の御様子だ。


 ※※※


「なぁシュンシュン、永奈ちゃんの事なんだけどさ」


「呼び方の安定しない友人もいたもんだなオイ。永奈がどうしたよ」


 いつもながら鬱陶しい絡み方をして来る律也が、俺の弁当を覗き込みながら何やら問いかけて来た。

 この弁当も永奈の作ってくれた物なので、当然ながら旨い。

 やらんぞとばかりに相手から遠ざけてみれば、「盗らんわ」と普通に突っ込まれてしまった。


「こういう聞き方して良いのか分かんないけどさ、あの子耳があんまり良くないんだよな?」


「ん? あぁ、そうだな。それがどうした?」


 流石に高校に上がってまで、そういう特徴でアレコレ言って来る奴の方が少ないと思ったんだが。

 何かしら問題でもあったのだろうか?

 結構コイツは友好関係が広いと言うか、誰とでも仲良くなれる才能の持ち主なので、この手の噂話には詳しい事が多い。

 と言う事で、此方も身を乗り出す様にして相手の話を伺ってみると。


「普段髪の毛に隠れて分からねぇけど、補聴器とかしてんの?」


「してるよ? どうしたんだよ、結論から教えてくれよ」


「あーその、なんだ、もうちっと先に質問。あぁいうのってさ、結構電池切れとか接触の不具合とか起きるのか?」


「補聴器だって機械だからな、そりゃあるだろうさ。充電が切れた時は予備を使うか、俺も一応持ってるから連絡して来るだろうけど」


 結局何が言いたいのだろう? というか、何を聞いたのだろう。

 答えを言わない相手に対して、ちょっとイライラし始めて……って、俺がイラついてどうするんだ。

 律也が永奈に何かした訳でもないのに。

 ふぅとため息を溢してから気持ちを落ち着け、改めて相手と向き合ってみると。


「度々ごめんな? 永奈ちゃんって、女の子の声だけが聞こえないとかって……流石に無いよな?」


「いや、あるよ」


「あるの!?」


 と言う事で、彼女の症状を一通り話してみた。

 無関係な俺が勝手に個人情報をバラすのはどうなのか……みたいに思ったりもした事があったが。

 信用出来る相手ならば、結局こういう話が永奈の為になる事が多いのだ。

 コレは聞える、コッチは聞え辛い。

 それらが周知される事で、周りが合わせてくれる事例だって少なからず発生する。

 だからこそ、あの子の特徴を知ってもらう。

 理解が深まれば、変な誤解だって生まれないのだから。

 なんて、思っていたのだが。


「あぁ~なるほどね。高い声、というか高い音だと聞こえづらいって訳だ」


「だから、結局何なんだよ」


 いつまでも結論を言わない律也に流石に焦れて来て、ズイッと身を乗り出してみれば。

 相手はちょっと困った様に視線を逸らしてから。


「ちょぉっと、良くない事態が発生しているって言うか。言いがかりの類含めなんだけどさ……クラスで目立つ子に目を付けられちゃったらしいっていうか」


「……は?」


「いや、今俊介の話を聞いて俺は納得いったっていうか。なるほどなって感じではあるんだけど。後輩からそんな話を聞いちゃってさ、一応お前にも教えておいた方が良いかなって」


 律也の話を聞いてみると、同じクラスの女子が永奈に対して不信感というか。

 良く無い感情を抱いて、彼女を孤立させる様に立ち回っているのだとか。

 なんでも体育の授業の後、永奈に声を掛けたクラスメイトが完全に無視されたとか何とか。

 そこに苛立ちを覚えていれば、間の悪い事に俺と永奈が遭遇。

 その後俺とは普通に喋っていたので、相手はより不信感を抱いたんだそうだ。

 はっきり言おう、またか。

 こんな些細な事で、周りはアイツを嫌う。

 しかも体育の後なんて、余計に何が原因で聞こえなくなるか分かったもんじゃない。

 症状を知っていれば理解出来たのかもしれない、俺とその彼女達にはどんな違いがあるのかを想像しさえすれば、疑問程度で済んだのかもしれない。

 しかしながら、大体の人間は不機嫌になるとすぐに思考が攻撃的に変わるのだ。

 それを子供の頃から、俺はずっと見て来た。


「かといって、永奈ちゃんはこういう症状ですーって言って回るのも違うだろ? そういうの、本人は嫌がるんじゃね?」


「ま、当然そうだな」


 こういう問題が、一番厄介なのだ。

 あの子の症状を説明すれば、皆納得するかもしれない。

 しかしそれは、永奈のコンプレックスをそこら中に風潮して回る様なものだ。

 俺だって律也だからアイツの事を話しただけで、全く知らない人物だったら説明したりしないだろう。

 それを本人が望まない限り。

 だがクラスメイトの誤解を解く為には、話す他無いというのが結論になってしまうのだが……これで本人が傷つかない、気を使わないという保証はないのだ。

 物凄くジレンマだが……こればかりは。


「それにホラ、2年はそろそろ修学旅行だろ? 班分けとか、結構モメてるみたいなんだよね。話してくれた後輩は男子だからさ、口挟みづらいみたいだし」


 あぁ、そうか。

 またアイツの嫌いな行事が近付いて来てしまったのか。

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