第5話 悪い遊び


「今日は煮込みハンバーグにしてみました」


「超好き、大好き」


「もう、先輩はいつもそればっかりですね」


 笑いながらエプロンを外し、俺の対面席に腰を下ろした後輩。

 その笑顔は、本当にいつも通りに見えるが。


「なぁ、永奈。学校、その……大丈夫か?」


 彼女の作ってくれた食事を口に運びながら、ポツリとそんな言葉を残してみれば。


「なんで、そんな事聞くんですか?」


 相手は食事の手を止め、俺の事をジッと見つめて来た。

 その瞳は、此方を責めていると言うより……怯えている様に見える。


「今日、友達から聞いたんだ。また何か絡まれてるって……いや、お前が困って無ければ良いんだ。ただ心配だっただけで、俺の取り越し苦労ならそれで良い」


 慌ててそう伝えてみれば、永奈は気まずそうに視線を逸らしてから。


「大……丈夫ですよ? 仲の良い友達は何人か居ますし、それにホラ。高校生になってまで、先輩に迷惑かける訳にもいきませんし」


「俺は迷惑だなんて思ってない」


 どこか言い訳みたいに話す彼女に、しっかりとそう言い放ってみれば。

 永奈はビクッと少しだけ肩を震わせた後。


「ちょっとだけ、困ってます。仲間外れにされてしまって、仲の良かった子達も……その、皆に連れて行かれてしまうんです。お昼とかは一人で、修学旅行の班決めも仲間外れにされてしまって。あ、でも! お友達と仲が悪くなった訳じゃないんですよ!? 後でちゃんと声を掛けてくれますし、相手も私の症状は理解してくれていますし。だから、その……」


 まるでその友達を庇っているかのように、永奈は語るのであった。

 これまでは結構上手く行っていたと思っていたのだが……また、こういう事態が発生してしまったのか。


「ごめん、責めるつもりは全然無いから、正直に答えて欲しい。その友達は、本当に永奈の事を慕ってくれているか?」


「っ! これまでずっと守ってくれていた先輩が不安になるのは分かります! でも本当に彼女は、私の事を友達として見てくれていると思います! ただ、周りの圧が強すぎるというか……あまり私に肩入れすると、今度は友達がって……だから、私からも促して」


 そう言って、彼女は下を向いてしまった。

 なるほどなるほど、つまり永奈としてはその子とは友達で居たいって訳だ。

 だとすれば俺みたいな上級生かつ異性が出しゃばった所で、ろくな事にはならないだろう。

 多分、周りに知られれば余計に被害が増えるだけだ。

 永奈の言う通り、今度はその子がイジメられるかもしれない。

 このご時世で、更に年齢の件もあり。

 女の子に対して俺が偉そうに説教したり、引っ叩く訳にもいかないからな。

 で、あるのなら。


「永奈は、“普通”に高校生活が送りたいか?」


 茶碗を置いて、真っすぐ彼女に問いかけてみれば。


「私は……普通に過ごすこと自体が無理ですよ。普通にしているつもりでも、こんな事になる訳ですし」


 どこか諦めた様子で、此方から視線どころか顔を逸らす後輩。

 俺が見たいのは、普段から見ていたいのは。

 お前のそんな表情じゃない。

 それだけは、確かだ。

 なら。


「ハッキリ言おう、高校時代なんてのは短い。お前の場合あと一年とちょっと我慢すれば解放される、それは分かるな?」


「……はい」


 グッと奥歯を噛みしめるみたいに、我慢するみたいに苦しそうな顔をする永奈。

 こんな顔は見たくない。

 この子は、笑っている時の方が可愛いのだから。


「だけど、学生にとって一年ってのは滅茶苦茶長い。だったら、我慢しろってのもキツイだろ。じゃぁちょっとくらい“普通”じゃなくても良いよな」


「……え?」


「明日から、俺の所で昼飯を食おう。でも見つかったら後々面倒くさい事になるのかもしれないんだろう? だったら、隠れて食おう。見つからなければ、何処で誰と食おうと一緒だ」


「あ、あの。でも、先輩にそんな事に付き合って貰う訳には……」


「別に良いだろ? 俺が永奈と一緒に飯食いたいだけだよ。それに一緒なら、補聴器が壊れたり電池切れになっても問題無いし、俺なら手話も出来るしな」


 腕を組みながら、ウンウンと大袈裟に頷いて見せた。

 根本的な解決には、もちろんならない。

 しかしながら、目の前で苦しんでいる後輩が居るのなら。

 少しでも助けになってやるのが先輩ってもんだろう。

 更に言うなら、こんな可愛い後輩なのだ。

 手を差し伸べるのに、どんな躊躇があるのだろうか。


「でも……先輩も、普段お友達と食べたりしてますよね?」


「なら、ソイツも連れて行こうじゃないの。皆でワイワイ食えば、何処で食っても飯は旨いだろ。いつも一緒に食ってる奴を連れて行くと、お前が褒め殺しに合うかもしれないけど。そこは勘弁してくれ」


 などと言いながら、わははと大袈裟に笑って見せれば。

 相手は顔を伏せながらも、手を動かして言葉を伝えて来た。


『ありがとう』


 なら、それで良いだろ。

 明日から、永奈も一緒に俺達と飯を食う。

 それで決まりだ。


「あ、それから修学旅行の件だけどな」


「はい……そっちは流石に、私がどうにかしま――」


「休んじゃえば?」


「はい?」


 今度ばかりは予想外だったのか、永奈も驚いた顔で此方を見つめて来た。

 よしよし、顔を上げたな。

 ニカッと微笑みながら、グッと親指を立て。


「事前に欠席を伝えれば、金は返って来るだろ? 全額とはいかないかもしれないけど……でも、何日も気まずい思いをして旅行してもつまんなくないか?」


「いや、でも……学校行事ですし」


 未だ混乱している相手に向かって、ズビシッとばかりにチョップを叩き込んだ。

 かなり優しく掌を乗せたつもりだったのだが、相手は随分と驚いた顔をしながら再び此方と視線を合わせ。


「先輩? また、その……何か変な事考えてます?」


「いいや、全然? 楽しくない旅行に金を払う必要は無いって思っただけだ。どうせ払うなら、楽しい方が良いだろう? それが本来正しい金の使い方だし」


「と、言いますと」


 彼女の質問に対し、クックックと笑いつつも俺の友人に通話を掛けた。

 当然、律也。

 俺の友好関係は狭いので。

 数コールした後、相手の声が聞えて来た瞬間。


「律也、旅行に行きたくないか?」


『あん? どしたの急に、何処行くんだよ? 金は?』


 当然とも言える質問を返され、更に笑い声を上げた。

 フアハハハ! 金? 金だと!? そんなもの用意すれば良いではないか!


「バイトで稼ぐ。永奈が“修学旅行”に乗り気じゃないみたいなんでな、だったらサボっちまって、“個人的に”連れてってやろうかなと思ってさ。行事代わりなんだから、面子も多い方が良いだろ? 一緒に行かね?」


『は? 何それ面白そう、行く』


「なら決まりだ、今年は沖縄だったか……結構稼がないとな」


『おぉ、マジでそこまでやるか。任せろ、お前にも仕事斡旋してやるよ』


「頼んだ、相棒」


『なぁなぁ! 俺からも我儘を一つ! そこは永奈ちゃんの友達も参加とかしない!? どうせならマジで修学旅行しようぜ!』


 流石に無理だろ、他の子は普通に学校行事として行くだろうし。

 なんて思わず呆れたため息を溢してしまいそうになったが、向かいの席に視線を向けてみれば。


「ちょ、ちょっと待ってくださいね?」


 慌てた様子でスマホを耳に当て、誰かと通話を始める永奈。

 すると。


「あ、もしもし美月? 私、修学旅行休むね。え? あ、うん。ううん、そうじゃないよ。皆とは別に、修学旅行に連れて行ってくれる先輩が居るの。せっかくお金使うなら、楽しい方が良いって……え? いやいや、私に気を使わなくても……えと、本当に? 学校行事だよ? いいの?」


 何やら良く分からない雰囲気を見せる永奈が、此方と視線を合わせてみれば。


「先輩、どうしましょう。美月……私の友達も、修学旅行休んでコッチに参加するって……」


 そんな事を、呟くのであった。


『いよっしゃぁぁぁ! 永奈ちゃんのお友達も確保! これで男女二対二!』


「おい、邪な事を考えるな」


『分かってるっての! よぉし、忙しくなってきたぞぉ!』


 やけに楽しそうな友人に呆れながらも、どこかホッと息を溢してしまう。

 こんな馬鹿げた計画に乗ってくれる友人にも感謝だが、永奈の友達も周りの人より彼女を選んでくれたらしい。

 正しい選択とは言えないのかもしれないが、俺にとっては嬉しい結果であるのは確かだ。


「じゃぁ、バイト頑張らないとな」


「すみません先輩……私のせいで、こんな――」


「永奈、ソレは違う」


 それだけ言って、後輩の頭に手を乗せてみた。

 いつも通り、くすぐったそうに眼を細める彼女だったが。


「俺はお前と、ただ旅行がしたいだけだ。なら、楽しんでくれた方が嬉しい。面倒くさい学校行事なんぞサボっちまえ」


「……はい、先輩」


 はにかむ後輩の笑顔に満足しながら、ウンウンと首を縦に振っていれば。


『お前等、それでまだ付き合ってねぇの?』


 煩い友人から、いらん一言を頂いてしまうのであった。

 付き合ってないわ。


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