第2話 そうじゃないんだ


「おーい、俊介~? 鹿島かしま 俊介しゅんすけく~ん?」


 教室に着いた途端、鬱陶しいのに絡まれてしまった。

 ニヤニヤしながら肩をガシッと組んで来る、朝からテンションの高い友人。


「なんだよ律也りつや、朝っぱらからウザいな」


「そりゃこっちの台詞だこの野郎! あんな可愛い後輩と一緒に御登校しやがって! 死ね! 死んでしまえ! 何でお前なんかと永奈ちゃんが!」


「へーへー、俺なんか俺なんかですよ」


 適当に返事をしながら、友人を引きつれたまま窓際の自分の席に向かってみれば。


「あれ? あそこに居るの永奈ちゃんじゃね?」


 そんな事を言いつつ、カメラマンの様に指で四角をつくる律也。

 それに従って俺自身もそっちに視線を向けてみれば……確かに、永奈が居た。

 建物の日陰になっている様な、あまり人気のない場所で何やら男子生徒と話している。

 アレはまさか。


「もしかして告白か? かぁ~朝からやるねぇ。俊介、止めなくて良いのかよ? このままだとカップル誕生の瞬間を、俺が激写しちまうぞ?」


「止めるも何も、俺は永奈の彼氏じゃないからな。決めるのは本人だろ? あとソレ盗撮な」


 いつも通りアホな会話を続けていくが……正直、心中穏やかではない。

 ということで、そちらに視線を向けたままジッとしていれば。

 隣からはニヤケ顔の友人が、今度は此方に指で作った四角を向けて来た。


「んな事言ってると、マジで誰かに貰われちまうぞ? いいのかよー、愛しの後輩が他の奴に寝取られちまって」


「言い方……」


 しかしながら、そんな想像をすると物凄く気分が悪くなるのは確か。

 結局の所、俺は永奈を都合の良い女子みたいに思っているのだろうか?

 こんな独占欲ばかりで、自分では告白する勇気さえ持てないんだから。

 などとモヤモヤしている内に彼女は頭を下げ、相手の男子はトボトボと一人で校舎の中へ帰って行く。

 どうやら、見事玉砕したらしい。

 と言うかそういうイベントは放課後まで取っておきなさいよ、今日一日ブルーな気分のまま過ごす事になるぞ君。

 どこかホッとしながら、フラれたらしい男子に心の中で偉そうなアドバイスを送っていれば。


「おい俊介、永奈ちゃんこっち見てるぞ。手とか振ってやんねぇの?」


 律也に再び促され、先程の場所に視線を戻してみると。

 彼女はちょいちょいっと手を動かしながら、此方に何かを伝えて来ていた。

 それに合わせて、此方も相手に両手を見せて動かしていく。


『見てましたか?』


『ごめん』


『大丈夫です、お断りしました』


『分かった』


 離れた場所で会話して、永奈はニコッと一つ微笑んでから校舎の中へと戻って行った。


「また手話? 永奈ちゃん何だって?」


「断ったってさ」


「ありゃま、あんなに可愛いのに勿体ない。こんな甲斐性無しのどこが良いんだか」


「うっせぇ」


 彼女は生まれつきあまり耳が良くない。

 何でも、高い音が聞き取り辛いんだとか。

 その為、昔から補聴器を付けて生活していたのだが……幼い子供と言うのは、結構残酷な生物で。

 小学校に転校してきた彼女を、それはもう周りのガキ共はからかい抜いた訳だ。

 男子は可愛い子にちょっかいを出しているつもりだったのかもしれないが、“学校にイヤホンを付けて来る女子”などと言い始め、補聴器を隠されたりする事もしばしば。

 女子に関しては、“男の先生の声にだけ反応するビッチ”とか言っていたらしい。

 小学生でビッチって単語が出てたのも凄いが。

 クラスメイトにいたずらをされた後男性教員に頼る事が多かったからこそ、そんな風に言われてしまった様だ。

 永奈は高音が聞き取り辛いのだ、甲高い子供の声なんぞとてもじゃないが聞こえ辛かったのだろう。

 そんな訳でウチの隣に越して来た頃は、よく泣きながら帰って来る女の子というイメージが強かった。

 俺の方が学年も上だったので、当時詳細は知らなかったのだ。

 そんな時、彼女の両親がウチにやって来て。


「俊介君……あのね、君にこんな事を頼むのは申し訳ないんだけど……」


 二人は、学校での娘の様子を見て来て欲しいと言い出した。

 何でも本人は、泣いてばかりで家に帰っても事情を説明しなかったんだとか。

 だからせめて、俺だけでも彼女の味方になってくれないかと。

 ウチは親父しかいない家庭だ、だから女の子との接し方なんて分からないと答えたのだが。


「俊介、いいか? お前はまだガキンチョだから分からないかもしれないが……小学生の頃から女の子に優しい男はな? 将来凄く良い事があるんだぞ?」


 という親父の教えに従う事になった。

 今思えば、かなりゲスな事を考えていた表情をしていたが。

 まぁ、簡単に言えば成長してから好かれるぞって言いたかったのだろう。

 当時は全く意味を汲み取らず、もしかしたらあの女の子の親御さんが俺にゲームとか買ってくれるのかもしれない! とか馬鹿な事を考えて二つ返事で了承したのだ。

 そしてソレは、俺にとって決定的な人生の分岐点だった。

 女子とかわかんねーなんて言いつつも、親父の言っていた“将来の良い事”に期待して、とにかく彼女を構った。

 むしろ嫌われたら不味い、御褒美が貰えなくなる。

 そんな事を思って休み時間には彼女の教室に行ったし、イジメられている所を見れば代わりに俺が喧嘩した。

 もはや何度「年下と喧嘩するな」と教師に怒られたか分からないが、それでも愚直に通ったのだ。

 俺の苗字が鹿島、永奈が馬岸。

 その為、よく一緒に居る俺達は馬鹿うましかコンビなんてからかわれる事もあったが。

 この頃からだろうか? 俺に頼る事を覚えた永奈は、周りから何と言われようと離れようとはしなくなった。

 結果、見事に全国の男性が欲しがるであろう、理想の後輩に進化したと言える。

 なんて、いつまでも馬鹿を言って居られれば良かったのだが。


「俺が良いんじゃなくて、俺しか居なかったんだよ。多分」


「はぁ? てめぇ惚気か?」


「そんなんじゃねぇ」


 恐らく彼女が俺に抱いている感情は、恋愛ではなく依存に近いものなのだろう。

 だからこそ、それを利用して付き合おうとかは……やっぱりちょっと違う気がするのだ。

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