第7話 ねえっ、今もいるの!?

 キーン、コーン、カーン、コーン……

 ホームルームが終わって、わたしは早々に演劇部に向かう。


「『――逃げるもんか。忘れるもんか。だって約束したんだ!』」


 演劇部の扉を開ける前。

 レイの声が聞こえてきて、わたしは一度足を止めた。


 ……相変わらず、よく通る、きれいな声。

 レイはいつもここにいて、こうして練習している。

 誰にも見えないのに。聞こえないのに。

 誰よりも練習熱心なレイ。

 そんなレイの姿を見てると、わたしもがんばらなきゃって思うんだよね……。


「あ、千秋!」

「レイ、がんばってるね」

「オレはそれくらいしかできないからさ。千秋こそがんばってるだろ?」

「そうなんだけど……」


 ふう、とため息をついて、台本を開く。

 発声練習は続けているし、セリフもだいぶ噛まずに言えるようになってきた。

 動きはまだまだわからないことばかりだけど、センパイたちがたくさん教えてくれる。


「やっぱり、難しい?」

「うん……グレチルのセリフが、どうしても……このグレチル、けっこうウソ、つくんだよね……」


 青い鳥のミチルだけなら、そんなにウソはなかったかもしれない。

 でもヘンゼルとグレーテルのグレーテルは、魔女を騙して、最後はカマドに突き落とす。

 そして柱センパイの書いた台本はコメディのためか、もっとウソをついてるシーンが多くなっていた。

 ただでさえセリフを読むのって、ウソついてる罪悪感で苦手なのに……。


「うーん。ちょっと考えてみようぜ」


 そう言ってレイはウロウロとわたしの周りを歩き回った。

 わたしはレイを目で追いかけてクルクルする。

 う、ちょっと目が回りそう。


「例えば、ミチゼルが魔女に自分の腕だと偽って小鳥の骨を差し出すシーン」

「うん?」

「千秋がグレチルだったら、『それはウソです。兄の腕じゃありません、小鳥の骨です』って言う?」

「うぇ!?」


 目の悪い魔女が、食べ頃を確かめるために腕を差し出せと言うシーンだ。

 そこで兄は小鳥の骨を出して、まだまだ痩せっぽっちだと勘違いさせるの。

 ここでウソを言っているのはミチゼルだけど、黙ってるグレチルも、まあ、共犯だよね。

 とはいえ……。


「い、言えない……かな……うん……言ったらミチゼルが食べられちゃうもん……」

「だろ? 千秋がキライなのは人を傷つけるウソだと思うけど、これは自分たちを守るためのウソなわけだ」

「でも、最初の方の『衛星管理局です』って言うのは? 明らかにウソじゃない」

「明らかにウソだってわかるってことはさ、逆に本気で騙す気はないよな?」

「え? あ、そうなる? かな……?」

「全編通して見るとさ、グレチルは用心深い性格してるよな。オレはこれ、相手の反応を引き出すためかなって思ったんだよ」

「……」


 言われて、改めて台本に目を通してみる。

 ……不思議。

 レイの話を聞いていると、紙の上だけにいたミチゼルやグレチルが生きた子たちに見えてくる。

 それだけじゃなくて。早く色々試してみたいって、ワクワクもしてくるような……。


「それにさ。演劇って、たしかにフィクションだけど、ウソつくためのものじゃなくて……」

「え?」

「……んーん!」

「何? 気になるよ」


 もったいぶるレイに、わたしはキュッと眉を寄せる。

 だけどレイは笑ってわたしの唇に人差し指を当てた。

 当たった感触はないのに、ヒヤリ。冷たい気がする。

 でも、その仕草にちょっと恥ずかしさが込み上げて。

 熱が上がった気がするから、その冷たさはちょうどいいくらいかも。


「千秋にもすぐわかるよ」

「む、むう……」

「あ、それより聞いてくれよ。オレ、ちょっと考えてみたんだけど……」

「?」




「あの~、部長……」

「あら、居森さん。早いのね」


 部室にやって来た桜台部長に、わたしはいそいそ、話しかけた。

 すぐに柱センパイや能代くんもやって来る。

 どうせならみんなにも聞いてもらった方がいいかな?


「舞台の話なんですけど、ちょっと聞いてもらえますか?」

「ええ、もちろん。なぁに?」

「二幕目の立ち位置なんですけど、魔女とミチゼルたちのはけ方を逆にしたらどうかな、って……」


 ドキドキ、おどおど。わたしはまごつきながら提案した。

 言われてシミュレーションしてみたらしい部長の顔が、パッと明るくなる。


「ほんとね! その方が自然だし、次の登場もやりやすいわ!」

「たしかにその方が照明もやりやすそうですな」

「……これ、あんたが考えたのか?」


 すぐに受け入れてくれたセンパイたちに、怪訝そうな能代くん。

 わたしはホッとしつつ、慌てて首を振った。


「わたしじゃなくて、レイが……」

「レイ?」

「あの、最初に言ってた、ユーレイのことで……その子が考えてくれたんです」


 演技のことだけじゃなくて立ち位置だとか照明だとか……舞台全体のことを考えられるなんて、さすがレイだよね。

 わたしにはまだそこまでの余裕はないもん。

 だけどそうやって素直に答えたら、三人は、変な顔。

 あ、あれ?

 桜台部長なんて、顔がどんどん青く……。


「そういえばそんなことを言ってたけど……い、いるの……? 本当に? 冗談じゃなくて……?」

「たしかに初日に見た居森殿と練習時の居森殿じゃ正直実力が違いすぎましたな……練習で手を抜いているとも思えないのに」

「ユーレイに取り憑かれていたのが本当なら、違和感はない、のか……?」


 ああ。そういえば誰にも信じてもらえてないんだった。

 でもわたしは、ウソ、つかないんですってば!


「いるの? 今も?」

「あ、はい。部長の隣に……」

「きゃ――!?」


 桜台部長が悲鳴を上げて飛び跳ねた。

 柱センパイの背中に隠れてしがみつく。

 す、すごい。練習の時よりずっと大きな声だった……。


「舞殿は怖い話が大の苦手なのであるよ」

「え!? す、すいません! 怖がらせるつもりはなくて!」


 あわあわ。どうしよう。


「居森殿は他にもユーレイが見えるのですかな?」

「え? いえ、レイがはじめてです」

「レイというのはそのユーレイの名前ですかな?」

「あ、はい……といっても本当の名前じゃなくて、記憶喪失らしいんです。だから仮の名前で」

「記憶喪失? ユーレイが? ふむ、そのユーレイはいつからここに?」

「え、ええと、ええと。レイ、いつから?」

「丸一年はいるかなぁ」

「丸一年だそうです」

「ほう、それでは……」


 部長を背中にくっつけたまま、柱センパイのインタビューモードに火がついた。

 自分で脚本を書く柱センパイは、興味があるとすぐに夢中になっちゃうんだ。

 でも、そんなにいっぺんに聞かれても……!

 混乱し始めた部室の中で、レイが困ったように苦笑する。


「だからオレのことは言わなくてもいいって言ったのに」

「レイが考えたことなのに、わたしの手柄になんてできないよ」

「律儀だなー千秋は」


 ……それに。

 こんなに頑張ってるレイのことを誰も知らないなんて、そんなの、さびしいじゃない?


「ねえっ、今もいるの!?」

「そのユーレイに質問をまとめてくるから答えてもらっていいですかな?」

「~~もう! センパイたちも落ち着いて! 練習しますよ!」


 ……混乱している部室に喝を入れたのは、我慢しきれなくなった能代くんの一声だった。

 なんか、ご、ごめんなさい……。

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