第5話 ユーレイって、不便だな
仮入部も終わる、一週間。
放課後になってもわたしは悶々としていた。
演劇部に入るか、入らないか……。
正直ね。入ってもいいかな、って思う気持ちもあるの。
でも練習でも思ったけど、わたしに演技は向いてなさそうだし……。
だけど、わたしが入らなかったら廃部になっちゃうのかな。
そうしたらレイはどうするんだろう。
センパイたちや能代くんも、きっと困っちゃうよね。
あ、でも、能代くんはわたしが入ってもビミョーな顔しそう。
「ねえ、部活どうする?」
「テニスかなー。ユニフォームかわいいよね!」
「わたし吹奏楽! 憧れてたんだ!」
ふいに廊下でクラスの子たちが話している声が聞こえて、わたしは思わず耳をそばだてた。
「演劇部は? ちょっと興味あるって言ってなかった?」
……!
ち、ちょうど演劇部の話題だ……!
「うーん。なんか地味じゃない? 暗そう」
「能代くんも演劇部なんでしょ? カッコ良くない?」
「でも近寄りがたいって言うかさぁ……ちょっと怖いとこあるよ能代くん」
「あと変わってるよね、センパイたちも」
「セリフ言うの恥ずかしいし……」
「ユーレイ出るってウワサもあるらしいよ?」
「うわ~こわ~。ナシナシ! やめとこ!」
わたしはその場から離れた。みんなに気づかれないように、そっと。
……散々だった。
なんかもう、みんなのイメージが散々だった。
これ、わたしが演劇部に入ったら、同じような目で見られちゃうのかな……。
中学校ではあまり目立たないようにしようと思っていたから、地味なのはいいかもしれないけど、さ。
でも。でも、なんか。
……上手く言えないけど……でも。すごくモヤモヤする……。
「千秋」
「わ! れ、レイ」
「どうした? 変な顔」
「……」
気づいたら、もう、演劇部の部室に着いてたみたい。
レイがひょっこり顔を覗き込んできた。
わたし、そんなに変な顔してる?
「あのね……」
言いかけて、やっぱり言葉にならなくて。わたしは黙り込んだ。
……正直ね。
みんなに色々好き勝手に言われて、わたし、面白くなかったんだと思う。
わたしだって演劇部に入るか悩んでうだうだしてるようなヤツだけど……でも、この仮入部期間だけでも、センパイたちが一生懸命なのは分かったよ。
ただのシロートなわたしにもちゃんと優しく教えてくれて、いい人たちなんだよ。
それに何より……レイを見てると、本当に演技が好きなんだなって……。
ひとりでも、ユーレイになっても、ひたすら練習してるレイ。
わたしはそんなレイの演技に惹き込まれて……それで……。
だから、演劇部をバカにされるのは……面白く、ない。
黙ってるわたしに、レイが困ったように笑った。
レイは手を中途半端に上げて、下ろして。
「ユーレイって、不便だな」
「え?」
「千秋の頭を撫でることもできないし」
「そ……そんなことされるほど子供じゃないよ!」
慌てて声を大きくする。
もう! 急に何言うの!
そんなに落ち込んでると思われるなんて。
なんだかちょっと恥ずかしいじゃない。
「そう?」
「そう!」
「じゃあ、元気?」
「元気!」
「ふは。さっすが千秋」
そう言って、レイは耐えきれなかったように吹き出した。
わたしもつられて笑っちゃう。
あーあ。もう。衝撃で、モヤモヤしてた気持ちが吹き飛んじゃったな。
そうやってレイと話しながら、部室を覗き込んだら……みんなもう揃ってたみたい。
ちょうど能代くんが桜台部長のところに歩いて行くのが見えた。
「部長。読み合わせ、お願いしていいですか」
「もちろんよ」
にっこりと笑った桜台部長がうなずく。
「どうせなら自分も入りますかな」
「柱センパイもですか。そうですね、お願いします」
そのとたん、空気が変わった気がした。ピンと張り詰めるような……。
まずは能代くんが口を開く。
「『わあ! こんなところにお菓子の家が! 見てよグレチル! こっちはパン! これはケーキだ!』
え、え、え――!?
跳ねるような声音に、わたしは目をまん丸にしてしまった。
能代くん、あんなに無愛想だったのがウソみたい。
まるで無邪気な子供だ。
「『本当ねミチゼル。だけど賞味期限はどうなっているのかしら。衛生面も気になるわ』」
こちらは今までの変わった空気はどこへやら、生真面目な口調の柱センパイ。
ふつうのしっかり者の女の子。
……や、ここで賞味期限とか衛生面を気にするのは、ふつうじゃないかもしれないけど……。
「『おや、わたしの家をガリボリ食べやがってるのはどこのどいつかな』」
うわあああ! あんなに優しそうな桜台部長が、まさかの、魔女!
しわがれた声がとても不気味。ゾッとしちゃう。
「『へへへひはんひひょふへふ』」
「『食べながら喋るんじゃないよ』」
「『失礼。衛生管理局の者です』」
「『ウソを言うんじゃないよ! あんたはやけに衛生を気にするねぇ!?』」
ちなみに、わたしも読ませてもらったけど、この台本は柱センパイが書いたんだって。
童話の『ヘンゼルとグレーテル』と『青い鳥』をごちゃ混ぜにしたお話なの。
兄のミチゼルと、妹のグレチルが主人公。
親に捨てられた二人はお菓子の家を見つけるんだけど、そこで魔女に捕まっちゃうの。
それから魔女は二人に青い鳥を探してこいと命じるんだ。
二人はいろんな世界に無理やり飛ばされながら、青い鳥を探し回るんだけど……、読んでみたら全体的にノリが軽くてコメディだった。
「ふふっ……」
みんな上手だからかな。
ただ台本を読んでるだけなのに、思わず引き込まれて、笑っちゃった。
これが舞台の上で、本格的な演技だったらどうなるんだろう?
……いいな。
いいなあ……!
「できるよ」
「……レイ?」
「千秋、そんなに目がキラキラしてるんだもん。演劇が好きなヤツは上手くなるぜ。オレが保証する」
「……うん!」
なんか照れくさい気もするけど、あれだけ上手かったレイがそう言うんだもん。
本当な気がしてきた。
よーし! がんばるんだから!
「桜台部長!」
「あ、居森さん。いらっしゃい。今日で仮入部は終わりだけど、居森さんは……」
「わたし! 演劇部に、入部します!」
全部のモヤモヤを吹き飛ばす勢いで、大きな声で答えたら、センパイも能代くんも目をまん丸にしちゃった。
その横でにっと笑うレイに、わたしも元気に笑い返した。
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