第4話 わ、わア、こんなところにお菓子の家ガ
翌日からさっそく演劇部の練習が始まった。
演技の練習をするのかなと思ったけど、まずは、体力作りから。
走ったり、ストレッチをしたり。
筋トレまでするんだって。腕立て伏せ、腹筋、背筋、胸筋!
一通り終わった頃には、もう、汗だく。
息も上がってはあはあ苦しい。
明日、筋肉痛になってそう。
でも、センパイも能代くんも、汗はかいてるけど息が上がってない。
わたしとはやっぱりちがう。
それから、発声練習。
姿勢は、ええと、猫背にならないように。
できるだけリラックスして……アゴを軽く引いて。
呼吸は息を吸った時にお腹周りが膨らんで、息を吐くと胸が膨らむ、腹式呼吸……って言われても、よくわからないよ!
吸ったらお腹が膨らむってどういうこと?
「あー、あー、あ――――!」
「わ、居森さんすごいロングトーン」
「え?」
「声量が大きいのに息も長く続いていてすごいわ」
「そ……そうですか?」
照れて頭をかいたわたしに、桜台部長はにっこり笑う。
「ええ。でもまだ喉で声を出してるから、腹式呼吸ができたらもっと良くなるわ」
「声が大きいこと、本当は少し恥ずかしかったんですけど……変じゃないですか?」
「とんでもない。大きな声が出せればそれだけたくさんの観客にも届くのよ。素敵なことだわ」
「……!」
桜台部長に褒められて、満更でもないわたし。えへへ。
腹式呼吸はやっぱりよく分からないけど……。
でも、今でも良くて、さらに良くなる可能性があるってことだもんね?
もしかしてわたし、演劇に向いてたりするの、かも?
……なんて、浮かれていられたのは最初だけだった。
お試しということで台本の読み合わせもすることになったんだけど……。
「『わ、わア、こんなところにお菓子の家ガー』」
「……わあ」
「……ふざけてんのか?」
「なかなか独特なイントネーションですな」
「ま、まだ初めてだもの。こんなものよ」
何とも言えない顔で固まったレイ。
怖い顔で睨んでくる能代くん。
メガネをキラリと光らせてうなずく柱センパイ。
何でも褒めてくれる桜台センパイまで苦笑い。
う、うう!
セリフを言おうとすると、どうしてもおかしなことになっちゃうの。
本当はわたしはこんなこと思ってない……ウソはつきたくない……っていう気持ちが、邪魔をしちゃうみたい。
自分でも分かるよ。いくらシロートだって、さすがにここまでひどくない。
「『こん、こんな、衛生管理は、どう、ど、どるる、どりる……』」
あああだめだ、だめだー!
噛みすぎて自分でも何を言ってるのか分からない。
ドリルって何? もうそのドリルで穴を掘りたい。そのまま穴に入りたいよ。
「……人助け程度の気持ちでやれるもんじゃないんだよ、演劇は」
能代くんがぼそりと言った。
わたしは能代くんの顔を見れない。
こんなんじゃ、何言われても仕方ないよ……。
わたし自身、正直、もう少しくらい上手くやれると思ってたのに。
「大丈夫よ、焦らないで。休憩しましょうか」
桜台部長がパンと手を合わせて提案した。みんなそれぞれうなずく。
わたしは居た堪れないやら、恥ずかしいやら。
すごすごと部室の隅っこに移動した。座り込む。
はあ。こんなんでやっていけるのかな。
やっぱりやめた方がいいんじゃ……。
体育座りでため息をついていると、ふわりとレイがやって来た。
わたしの隣に座る。
「……何? レイもやっぱり、がっかりした?」
「んーん。頑張ってくれてて嬉しいなって思ってたとこ」
「え……」
見れば、レイはニコニコしていて。……本当に嬉しそう。
「寝転んだ状態で膝を立てると腹式呼吸がやりやすいよ。あと大事なのはリラックス! お腹の下を丹田って言うんだけど、そこに空気を貯めていくイメージで……まあオレには感覚とかもないんだけどさ、ユーレイだし」
「そのユーレイジョーク、笑っていいか悩むよ……」
「わはは。笑っとけ笑っとけ。それと、さ……」
陽気に笑ったレイの顔が、心配そうに変わる。
「下手なだけなら練習すればきっと大丈夫だけど……それだけか?」
「え?」
「なんか、セリフを読むとき、苦しそうに見えたっていうか……何か他に理由があるのかと思って」
「……」
びっくりした。けっこう、人のこと、見てるんだ。
わたしは立てた膝に顔をうずめた。
……言っちゃっても、いいかなぁ。
「誰にも言わない?」
「当たり前だろ。そもそもオレは千秋以外に話せる相手なんかいないんだぜ?」
「だから笑っていいか悩むんだってば」
そう言いながらも、レイの言い方はすごくさっぱりしてて、わたしは小さく笑ってしまった。
ユーレイなのにポジティブなんだよね。変な感じ。
ふう。
一息ついて、わたしはぽつぽつと話し始めた。
「……わたしね、小学生になってすぐの頃、よく一緒に遊んでた子がいたの。名前は覚えていないんだけど……歳の近い男の子。毎日のように遊んでて、ごっこ遊びだってしてたよ。わたしはそれがすごく楽しくて……」
学区はちがったし、公園で遊んでばかりだったから、どこの学校で、どこに住んでるかも分からない。
それでも良かった。
お気に入りの公園で、また明日も遊ぼうねって約束すれば、あの子は必ず来てくれたから。
あの日も、特別なことなんてなかった。
いつも通りに会って、いつも通りに遊んで、いつも通りに……。
「明日はわたしがお姫様役で、あの子はヒーロー役だねって。約束したんだ。わたしね、ガラじゃないかもだけど……お姫様役が一番楽しみだったの。だからあの子と遊べるの、本当に楽しみにしてて」
だけど、それきり。あの子が来てくれることはなかった。
たまたま具合が悪かったのかもしれないと思って、次の日も、その次の日も……何度も公園に足を運んだのに。
「あの子が来てくれなくて……あの子に約束破られて、ウソツキ……って、たくさん泣いちゃった。くだらないって思うかもしれないけど、わたしにはすごく、きつかったんだぁ……」
今思い出しただけでも、胸がギュッと痛くなる。
何であの子は来てくれなかったんだろう。
わたしとの約束なんて、どうでも良かったのかな。
楽しかったの、わたしだけ、だったのかな。
「それからウソツキがイヤで、わたしはウソつくもんかって、強く思うようになったんだよね」
もう知らない、ってできるだけ気にしないようにして……そのせいか、男の子の名前は覚えてない。でも、聞けばきっと思い出すと思う。
「そんな小さい頃のことを引きずってるなんて情けないんだけどさ……って、レイ?」
レイがぎゅっとわたしの手を……握ろうとしたみたいだけど、スカッと素通りした。多分また勢い余ったみたい。
だけど素通りしたのも気にしてない様子で、ぐい、と顔を近づけてくる。
う、わ。強い目。真剣な
「約束破るなんてひどいヤツだな! そりゃ傷つくよ!」
「え……」
「それだけ楽しみにしてたんだろ? 大事だったんだろ?」
「……うん」
「そりゃ、相手にも何か事情はあったのかもしれないけど……でも、それで千秋が傷ついたのは事実だよ。大好きだった子に裏切られてショックなのは、おかしくない。くだらなくないよ」
「……レイ……」
……変な、ユーレイ。
他人のことなのに、そんなに一生懸命言ってくれるなんて。
でも、不思議とそれで気持ちが軽くなった気がして。
わたしは思わず笑っていた。
それにつられたのか、レイもホッとしたように笑う。
うん。またちょっとやる気が出てきた!
……なんて、わたしってばゲンキンかな?
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