第3話 『ぶつかりの相』が出ていますな

 何だろう。ふわふわする。夢、なのかな。

 自分が自分を空から見ているような……でも確かに自分は自分のような……不思議な感覚。


 自分の指先までスッと神経が伸びる。

 背筋が伸びる。

 わたしはわたしの意思に反して、きれいに天を仰いだ。

 それから軽やかなターン。

 ああ、わたしの身体って、こんなにしなやかに動くんだ。


「『あなたがいるから、あなたとだから、探し続けられるの――』」


 わたしの口から発せられた声は、いつものただの大声じゃない。

 よく通って、出すのも、聞くのも、気持ちいい――……。



「すっ……ごい……!」

「!?」


 知らない声が聞こえて、わたしの意識はバチンと覚醒した。

 気づいたら女の人が二人と、男の人が一人、わたしの周りにいる。

 それから「あちゃー、ごめんなー」とでも言いたげに宙で両手を合わせているレイも。

 な、何? 何が起こったの?


「ね、ね。あなた、お名前は?」


 最初に飛び込んできたのは髪の長い女の人だった。

 上履きの色が違うからセンパイみたい。おっとり優しそうで、少しホッとする。


「えと。居森千秋……です」

「わたしは桜台舞さくらだいまい。居森さん、今まで演劇やってたのかしら」

「え!? ないですないです! 全然!」

「そうなの? それにしてはすごく素敵な動きだったわ。わたし、引き込まれちゃった」

「え? え?」

「入部前から自主練なんて見所がありますな」


 なんだか変わった口調でメガネをくいっと上げたのは、別の女のセンパイだ。

 髪がもっさりしてて、メガネが、牛乳瓶の厚底みたい。

 こんなメガネ、漫画以外で初めて見た……。


 男の子は――わたしと同学年みたいだけど。目が合うと「ふん」と鼻を鳴らしてソッポを向かれた。

 ちょっと目つきも悪いっていうか、よく言えばクールそうな雰囲気。

 だから余計にそんな態度を取られると、か、感じ悪い……!


 それにしても、この流れは、まずい。ヒジョーに、まずい。

 みんなの視線から逃げるように、わたしはこそこそとレイを呼ぶ。


「ちょっとレイ、一体何やったの?」

「ごめん! 千秋が頭をぶつけて気絶しちゃったから、支えなきゃと思って……」

「ユーレイなのに支えられるの?」


 手を取ろうとした時もスカスカしたのに?


「今までぼっちだったからその辺の感覚が分からなかったんだよ。とっさに手を伸ばしたんだけど、そうしたら、その……支えられなかったどころか、気絶中の千秋に乗り移っちゃったみたいで……」

「はあ!?」

「ほんっとーにごめん! オレもそんなつもりはなかったんだよ! ほんとに! でも久々? の生身になんだかテンション上がっちゃって、つい、体動かしたり声出したりしたくなっちゃって……!」


 なるほど。

 つまりあのふわふわした感覚は、わたしがレイに乗っ取られていた間のことだったんだ。

 それで、その光景をこの人たちにも見られた、と。


 ど、どうする?

 ソッポ向いてる男の子はともかく、センパイたちの期待の眼差しがつらいよ。


「あ、あのっ」


 わたしは意を決した。

 正直に――言うしかない! それが、わたしのモットーだもん!


「違うんです。さっき演技してたのはわたしじゃなくて……、ユーレイが乗り移ってたんです! だからわたし、ほんとに演技なんてできなくて……」


 言ったー! 言えた~! 正直に話せたぞ!

 ……って自分の勇気を褒め称えていたのに。


「はあ?」


 男の子がめちゃくちゃ低い声で睨んできた。うっ、信じてもらえてない。

 センパイたちも顔を見合わせてヒソヒソ話してる。

 ウソがイヤで正直に話したのに、逆にウソツキだと思われてない?

 そりゃ、わたしもレイを見たとき、最初はユーレイだなんて信じられなかったけど……。


 おず、と桜台センパイがわたしの顔を覗き込んでくる。


「居森さん、ごめんね。そんなこと言うくらいイヤなのに無理に誘っちゃって」

「え、いや、イヤっていうか」

「しかし困りましたな。このまま今年も入部者がほとんどいならいよいよ廃部ですぞ」

「「「えっ!?」」」


 今の驚きの声は、センパイたち以外。

 つまりわたしとレイと男の子だ。見事なハモリ具合だった。


「そうね……。わたしたちの代で終わるのは悲しいけど……部員がいないんじゃどうしようもないわ。何より劇が成り立たないもの」

「部員……いないんですか?」

「去年は新入部員がいなくて。それまでたくさんいたセンパイたちは卒業しちゃったのよ。わたしと一緒に入ったけど途中でやめちゃった子もいるし」


 困ったように桜台センパイが笑う。

 わたしはひそひそとレイに耳打ちした。


「レイの呪いじゃないの?」

「ひどいな! オレそんな悪霊じゃねーよ!」

「ほんとに?」

「演劇好きでここにいんのに、それを廃部に追い込むわけないだろー!」


 それもそっか。

 あれ、でもそれなら、演劇部が廃部になったらレイはどうなるんだろう。


 センパイたちがしょんぼりと肩を落としている。

 男の子まで表情に覇気がない。みんな演劇をやりたくて仕方ないんだ。

 それをわたしが入らなかったから……いや、わたしは悪くないんだけど……それにわたしじゃなくたって……うう。ううう!

 な、なんだか居た堪れないよ!

 この空気で「それじゃ」って帰れるほどドライになれないじゃん!

 えーい!


「あの……演劇のことなんて何も知らないし、さっきのは本当にわたしじゃないんでろくな演技もできないと思いますけど……それでも、良かったら……? ひとまず仮入部くらいは……」

「本当!?」


 わっと喜ばれて、こくこく、ロボットみたいに何度もうなずく。

 元々入りたかった部活もなかったし、仮入部は悪いことじゃないよね。

 演技ができなさすぎてがっかりされる可能性はあるけど、ちゃんとそこはもう伝えているし。

 それに……レイに乗っ取られていた間のことはフワフワしていたけど、なんだか、あの感覚は忘れられない。

 自分でももう一度感じたい、ような。不思議な気持ちが拭えなかった。


「じゃあ、改めて自己紹介! わたしは部長の桜台舞。三年生よ。よろしくね」

「舞部長は演劇のこと詳しくないまま入部したけど、毎日一生懸命練習してて、今では部長を任せられるほど確かな実力アリな人だぜ!」


 軽く頭を下げた桜台部長に、レイがにこにこと補足してくれる。

 そうなんだ。優しそうだし、キレーだし、しかも最初はわたしみたいにシロートだったなんて……、なんだか憧れちゃう。


「自分は柱詞子はしらのりこである。部長と同じ三年生ですぞ。以後お見知り置きを」

「詩子さんは変わった格好と口調だけど、脚本まで自分で書いちゃうすごい人! なんつーか多才だよな!」


 脚本まで? よくは知らないけど、難しそう。

 でも、そっか。演劇部って、演技だけをするわけじゃないんだ。

 感心していたら、柱センパイは、じろり。わたしを上から下まで見てしげしげと呟いた。


「ふむ……居森殿には『ぶつかりの相』が出ていますな。気をつけなされ」


 それってどんな相!? はじめて聞いたんだけど!

 たしかに今日、色々ぶつけまくってるけど……!


「それから……」

「……能代雅人のしろまさと

「能代くんは今日入部してくれたの。居森さんと同じ一年生よ。仮入部の居森さんを入れて、以上が演劇部のメンバーです」


 相変わらず無愛想にソッポ向いた能代くん。

 続きをにこやかに桜台部長が引き取って紹介してくれた。

 能代くんは新入生だったんだ……って、終わり? 以上? メンバー、少なすぎない!?

 そりゃあ廃部の危機にもなるわけだよ!

 そういえば、去年は一人も新入部員がいなかったって、桜台センパイが言ってたっけ?


「やっぱりレイの呪いなんじゃ……」

「たまたまだってば! オレも憂えてたんだぜ!」


 ぼそっと呟いたわたしに、レイが慌てて反論してくる。

 そうやってコソコソ話していたら、能代くんが「ふん!」とこれみよがしに鼻を鳴らした。


「ユーレイに乗り移られたとか言ってるヤツが入ってきても、変な噂が立って、迷惑になりそうだけどな」

「なっ……」

「能代くん。入ってほしいって言ったのはわたしたちだから。仲良くしてほしいな」


 桜台センパイが困ったように笑う。

 能代くんは口を尖らせてまたソッポ向いてしまった。


 な、何よ。ほんとのことだもん。

 信じられないのは仕方ないけど、わたしはウソ、ついてないのに。

 それにあんなイヤな言い方しなくてもいいじゃない。なんか悔しい。

 こうなったら、少しは認めさせてやりたいって気持ちもフツフツと湧いてくる。


「お、千秋、ヤル気十分じゃん! いいな! オレも応援するからさ! 一緒に頑張ろうぜ!」

「……レイのせいなんだけど!」


 呑気にフレフレと腕を振り上げるレイに、わたしは思わず声を張り上げた。

 センパイたちがビックリした目でこっちを見てきた気がする。

 もう、これからどうなるの?

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