第2話 記憶喪失?
ユーレイって、……ユーレイ? あの、ユーレイ?
死んじゃった人が、化けて出てくる、あの?
ポカンとしているわたしに、彼は頬をふくらませた。
「あ、その顔。信じてないな?」
「だって、いきなりそんなこと言われても……」
「まあオレも最初は信じられなかったよ」
言いながら、彼はふわりと宙に浮いてみせる。
う、わ、わ。すごい。ふよふよ浮いてる。
目をこらしてよく見てみたけど、ワイヤーアクションってわけでもなさそう。
何よりさっき、確かに手をすり抜けちゃったんだよね。
彼に足は……、ある。
だけどユーレイなんて初めて見たから、これがふつうかどうかは分からない。
びっくりな初体験だけど、不思議とあんまり怖くはなかった。
やたらとフレンドリーだからかな。
ただ話してる分には、ただの爽やかで気さくな男の子って感じだし。
わたしより頭一個分以上高い背に、サラッとした黒い髪。
目はちょっとクリッとしてて、よく笑うのも含めて親しみやすそう。
手足も長いから、何も知らなかったらモデルさんかと思いそうな……ってちがうちがう。
呑気に観察してる場合じゃない!
「あのっ、ユーレイさんが……何でここに?」
「ここはね、演劇部なんだよ」
「演劇部? あなた、演劇部の部員なの?」
「勝手に入り浸ってるだけだけどね」
そう言って彼はペロッと舌を出した。
本当によく笑うユーレイだ……茶目っ気が溢れすぎてるユーレイだ……。
「いつもずっとここにいたんだけど、オレが見えたのは君が初めてだよ。だから嬉しくてさ!」
「わたしもユーレイを見たのは初めて、ですけど……」
「そうなんだ? てっきり霊感少女なのかと思ったのに」
首を傾げられて、慌てて首を振る。そんな二つ名はいらないです。
それにしても……。
「……どうしてユーレイになっちゃったんですか?」
こんなこと聞いてもいいのかな。
だけど気になるよね。
一般的には、ユーレイって、何かしら未練があるんだと思うけど……。
「それが――」
ちょいちょい、と手招きされる。
ごくり。わたしは息を呑んで近づいた。
だけど神妙に告げられた言葉は、予想外で。
「覚えてないんだ」
「……はい?」
「それがオレもびっくりなんだけどさ。気づいた時にはここにいたんだけど、理由が分からないんだよな。ユーレイになる前にどうしていたのかはもちろん、名前も思い出せなくて。しかも学校から出られないときたもんだ」
「……記憶喪失? ユーレイが?」
「そうとも言うな!」
「何でそんなにあっけらかんとしてるの……」
ユーレイって、もっとドロドロ、じっとりしていると思ってたんだけど。
このユーレイはやけにカラカラと明るい。なんだか調子が狂っちゃう。
それと学校から出られないってことは、地縛霊ってやつなのかな。
この学校で死んだけど、未練があってユーレイになって、ずっと演劇部をウロウロしてた……ってこと?
「それより君……あ、名前は?」
「居森千秋、です」
「そっか。千秋。あ、敬語じゃなくていーよ。記憶がないからオレが年上かもわかんないし」
そういうものなのかな。
ピンと来ないけど、わたしはコクリとうなずいた。
「あなたのことは何て呼べばいい?」
「あっ、そうか。オレにも名前がなきゃ不便だよな。今まで呼ばれる機会がなかったから失念してた」
し、しれっと悲しいことを言わないでほしい……。
「うーん。うーん。よし。分かりやすくレイと呼んでくれ。それより千秋! 演劇部に入らないか!?」
「……ええっ!?」
「ここに来たってことは元々興味はあるんだろ?」
うぐ。安直な名前に言及する暇もない。
キラキラと無邪気な目を向けられて言葉に詰まる。
別に興味があったわけじゃ……。
ユーレイ――レイの声に惹かれて見に来ただけで……。
本人に向かってそう言うのもなんだか恥ずかしいけど。
「わたしは、演技なんて……」
「大丈夫! 初めはみんな素人だよ! オレも手伝うからさ!」
「わたしじゃなくても……」
「ここでオレのことが見えるのは君が初めてなんだ! これも何かの縁だと思わないか? な、千秋!!」
「ひゃあ!?」
ずずいと一気に近づかれて、わたし、仰天。
反射的に身体を後ろに引いて……ごつん! と壁に頭をぶつけた。
い、痛い! もう、これで何度目!?
あ、なんか、気が……遠く……。
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