幽霊部員は皆勤賞

弓葉あずさ

第1話 ユーレイってやつ、なんだよね

『ちぃ、あー、き、ちゃん』


 それは、懐かしい声。

 子供らしい、高めの、元気に飛びはねてそうな声。

 わたしはいつも、それに負けないくらい大きな声で返事をしていた。


『なぁー、あー、に!』

『あー、そー、ぼ!』

『いー、いー、よ!』


 たしか小学生になったばかりの頃だったかな。

 近所の男の子と、よく公園で遊んでいたっけ。いろんなことをして遊んだけど、一番楽しかったのは、なりきりごっこ。

 あるときは海賊になったり、あるときは魔法使いになったり、犬とか猫になることもあったかな。そうやっていろんなものになりきって遊ぶの。

 その中でもわたしは、お姫様に憧れてて。


『次は、わたしがおひめさまね!』

『じゃあぼくがヒーローで、ちあきちゃんがおひめさま!』

『ヒーロー? 王子様じゃないの?』

『ヒーローの方がかっこいいじゃん』

『そうかなあ』

『そうだよ!』


 おひめさまもヒーローもごちゃ混ぜの、なりきりごっこ。

 そうやってあの子と遊ぶのは、すっごくワクワクしたのを覚えている。


『じゃあ、――くんがヒーローで、おひめさまのちあきをむかえに来てね!』

『うん!』

『やくそくだよ!』

『やくそく!』


 そう言って、一緒に、笑ったのに。

 約束、したのに。


 ――うそつき







「うそつき!!」


 がばっ! がた! ガン!


「い、痛ぁ!?」

「こら! どうした居森!」

「す、すみません! 寝てました!!」


 思わず大きな声で返事をしたら……チョークを持ったまま固まってる国語の先生と目が合った。叱ろうとしたけど、わたしの返事の勢いにびっくりしたみたい。


 ……しぃん。

 教室が静まりかえる。


 あ、あれ?

 ぎぎぎ。

 わたしは油が切れちゃったロボットみたいに首を回してみた。

 真面目に先生の話を聞いていた子も、ひそひそ内緒話をしていた子も、教室のみんなが、目をまん丸にしてわたしを見ている……。


 ……え~と。一応、状況を確認するね。

 わたし、居森千秋いもりちあきは。

 中学校に入学してすぐの授業で、つい、居眠りしちゃったみたいで。

 自分の大きな寝言にびっくりして、寝ぼけたまま「がばっ!」と起きて、そのまま「がた!」と立ち上がって、最後は、勢いあまって「ガン!」と膝を強くぶつけたのでした。


 ……うう。膝、まだじんじん痛い。アザになってないといいな……。


「居森……正直なのはいいが……授業はちゃんと聞くように」


 固まっていた先生が、ようやく口を開いた。すっごくすっごく、しぶ~い顔。


「は、はぁい……」


 わたしは恥ずかしくなって、小さな声で縮こまった。教科書を立てて顔を隠す。

 そうしたら誰かが「ぷーっ!」と吹き出して……それはどんどん広がって、教室は爆笑に包まれたのだった。


 あーあ。やっちゃった……。

 せっかく中学生になったのに、散々なスタートだよ。




 放課後、わたしはそそくさと教室を飛び出した。

 だって、何かあると「居森の声でかかったなー」とか。「居森さん、あんなに正直に『寝てました』って言うから笑っちゃった」とか! クラスの笑いのタネにされるんだもん。

 でも、わたし、昔からウソつくのがキライで。だからよく「馬鹿正直」とか「クソ真面目」とか言われてきた。

 声が大きいのはふつーに恥ずかしいから、中学では目立たないようにしようと思ってたんだけど……上手くいかないや。


 はあ。ため息をついて、人のいないところを探していく。今は仮入部期間ということもあって、放課後はどこもみんな賑やかだ。

 ちらっと窓から見えたテニスコートでは、テニス部が一生懸命素振りしてる。今グランドを走ってるのは野球部かな。あ、音楽が聴こえてきた……これは吹奏楽部みたい。

 うーん。運動はキライじゃないけど、自慢できるほど得意ではないし。かといって音楽とか絵とか……芸術センスも自信はない。「一緒の部活に入ろ」って言えるほど仲良い友達もできてないし……。どの部活に入るか悩んじゃうな。


 そうやってうんうん唸りながら歩いていたら――


「『幸せの青い鳥はどこにいるんだろう――』」


 わ……すごく通る、伸びやかな声。

 奥の教室から、かな?

 あんなに大きな声で、誰かと話してる? でも他に人の声は聞こえない。じゃあ、独り言? そうこうしている内に、また、声が突き抜ける。

 高くも、低くもない声は、男の子か女の子かも判別しにくい。それがまた不思議と気になって、わたしはふらふらと教室に近づいた。少しだけ。そっとドアを開けてみる。


「『甘いお菓子も、まぶしい宝石もいらない――君だけがいれば』」


 夕焼けでオレンジ色の教室に、一人、男の子がいた。

 薄く開いた窓から風が吹き込んで、彼の髪を揺らしている。


 一人堂々と立つ彼は、息を吸い込み、また、言葉を風に乗せる。

 まるで、夕焼けのオレンジが、スポットライトみたい。

 手が、足が、誰もいない空間に向かって動く。誰もいないのに……切実そうなその表情に、声に、動きに。目が、離せない。そこに大切な誰かがいるんじゃないかと思わせる。

 よく聞こえるのに、がなりたてるような大きな声じゃない。柔らかくて、だけど、芯があるっていうのかな。ストンと真っ直ぐ届く声。


 ざあ、と強い風が吹いた。

 桜の花びらが舞い込んでくる。

 この空間では場違いな吹奏楽の音楽が鳴っていたことを思い出す。


 ああ、邪魔だな、なんて思う。

 それくらい、目も、耳も、彼だけを追いかけるのに一生懸命だ。


「……あ」


 ふと、セリフを途切らせた彼がわたしを見た。目が合って、ぎくり。わたしは一歩、後ろに下がる。

 よく考えたら、これ、覗き、だよね……。


「ご、ごめんなさい、悪気はなくて、声が聞こえたから、何やってるんだろうって気になっちゃって、それでっ……」


 ぶんぶんぶん! と勢いよく手を振って慌てて言い訳する。

 あの、決して、決して怪しい者では! ないです!

 だけど慌てるわたしに対して、彼は最初、どこかボーゼンとしてて。それからすぐにパッと顔を輝かせた。ずんずんと近づいてくる――って近い近い近い!


「見えるのか!?」

「ひゃあ!」


 顔があと数センチというくらいの距離で、思わずさらに後退る。だけど勢いが良すぎたのか。足がもつれたわたしは、ごちん! と後頭部を廊下にぶつけた。い、いったぁ~……!

 それに、何、見えるのか、って……。


「ごめん! 大丈夫か?」

「いたた……だ、大丈夫……です」

「ごめんな。嬉しくって、つい」


 困ったように笑った彼が手を差し伸べてくる。さっきは男か女か分かりにくい高めの声だったけど、ふつうに話してるとまるきり男の子の声だ。そんなことを呑気に思いながら差し出された手をつかもうとして――


「あ」

「え?」


 彼の間の抜けた声。

 それから、するん、と。わたしの手が、彼の手をすり抜けて。彼は「そうだった」と頭をかいて、ボーゼンとしているわたしに笑いかけてきた。


「オレね、――ユーレイってやつ、なんだよね」

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