6話 わたしのもの

「やあ、セエレ。君は今日もとっても可愛いね」

「ルイス様こそ、今日も変わらずとっても素敵です!」

(……私はなにを見せられているんだ)


 アメリアは恋人たちの逢瀬を冷めた目で見つめていた。

 先程までアメリアが座っていた場所に座ったセエレは、これ見よがしにとルイスといちゃついている。

 決してルイスとの時間を邪魔された――だとは微塵も思ってはいない。

 そんなことよりも――だ。


「こんなところで会えるなんて、君とは運命で繋がっているんだね」

「もう……ルイス様ったら」


 ルイスに髪を撫でられ、セエレは顔を赤らめながら両頬に手をおいてくねくねと動いている。

 その砂糖を吐きそうになるほどの甘い言葉に、アメリアは顔を顰めた。


(ルイスはあんな甘い言葉を吐く人間だったのか!?)


 前世の時もルイスは相当モテた。

 女性から言い寄られる機会も多く、アメリアもそれを目にしたこともある。

 しかしあの頃はあんな甘い言葉を吐かず、上手く断っていたように見えたが……。


(私にも同じようなことをいっていたが……まさか、色んな女性に似たような言葉をいっているわけではないだろうな……?)


 思わず元執事――いや、主人の女性関係に不安になってしまう。


「――ねえ、ルイス様ぁ。運命的な出会いを果たしたのですから、これからセエレとデート致しませんか?」

「……これから?」

「はいっ。私とルイス様のふたりっきり……で」


 上目遣いでセエレはルイスを見つめる。

 可愛らしい猫なで声に、普通の男性ならばイチコロだろう。


「折角のお誘いありがたいけど……まだ仕事が残っているんだ。ね、アメリア」

(私!?)


 心を無にしていたところに話題を振られ、アメリアは狼狽えた。

 確か次の予定はなく、屋敷に帰るだけだったはずだ。

 ルイスは彼女にウィンクを送る。これは話を合わせろ、という合図だろう。


「――ええ。そろそろお時間です。参りましょう、ルイス様」


 わざとらしく音を立てて懐中時計を見ると、ルイスは席から立った。


「そういうことだから、デートはまたの機会にね」

「……む、むう」


 ふくれっ面をしているセエレに、ルイスはにこりと笑って耳元に顔を近づける。


「結婚すれば毎日一緒にいられるんだ。だから、今は我慢できるね?」

「……っ、もちろんです! セエレはルイス様の妻なのですから!」

(この男は……)


 たった一言でセエレを懐柔する。どこまでも末恐ろしい男だと、アメリアは若干引いていた。


「じゃあ、またね。セエレ」

「はいっ!」


 あれだけ甘い空間を作り上げていたというのに、ルイスは後ろ髪引かれる様子なくさっさと立ち去る。

 その後ろ姿を寂しそうに見つめているセエレ。


(セエレ様はルイスのことを本当に愛しているんだな……)


 少し可哀想に思いながらも、アメリアはルイスの後を追おうとしたのだが――。


「……メイドごときが私たちの邪魔をするなんて、許せない」


 ぽつりと呟かれた言葉をアメリアは聞こえない振りをした。


(婚約者の傍に、異性のメイドがいたらそう思われたって当然だ。なのになんでルイスは――)


 アメリアはセエレに頭を下げ、なにごとも無かったかのようにその場から離れた。


「――ありがとう。助かったよ、アメリア」

「よろしかったのですか? この後は帰るだけでしたのに」

「今日は貴女と一緒ですから」


 優しい微笑みに、アメリアの胸がちくりと痛んだ気がした。


「セエレ様、寂しがっていましたよ。甘やかすだけ甘やかして、いきなり突き放していたらそのうち嫌われてしまいますよ」

「おや……これは手厳しい」


 セエレの気持ちを代弁するも、ルイスにはあまり聞いていないようだ。


「ルイス様はお好きなのでしょう? セエレ様のことが」

「彼女は大切な人だからね」


 ちくり、またアメリアの胸が痛む。


(なにを考えている。今ルイスは侯爵で、婚約者がいたって当たり前だ。大体私だって……)


 難しい顔をしながら、アメリアは心の中でひとりごつ。


「……アメリア?」


 気付けば足を止めていたようだ。

 声をかけられはっと顔をあげると、少し先にルイスが不思議そうな顔をして立っていた。


「大丈夫ですか? どこか具合でも?」


 ぴとりとルイスはアメリアの頬に手を当てた。


「熱はなさそうですね。ああ、一日中連れ回してしまいましたから、疲れてしまったのでしょう。帰ったら足のマッサージと、アメリア様がお好きな甘いココアを――」

「ルイス様」


 暴走しかけたルイスをアメリアは制す。


「私はあなたのメイド。使用人にそのようなお気遣いは不要です」


 そしてアメリアはルイスを先導し、止めておいた馬車へと向かうのだった。


(私は、ただ仕事を果たすまでだ。侯爵が信頼を置いてくれるメイドとして)


 かつての忠心のように彼に仕えよう。

 そこに自分の私情は不要だ。と、胸に抱いた想いを首を振ってかき消したのだった。



 だが、アメリアの平穏は長くは続かなかった――。


「アメリア、貴女宛に手紙が届いているわよ」


 数日後、同僚が手紙を差し出してきた。


「手紙? 一体誰から――」


 上質な封筒に丁寧に押された真っ赤なシーリングスタンプ。

 不思議に思いながらその封を切り、アメリアは固まった。


「……これ」

《アメリアは魔女! この家から追い出せ!》


 新聞の切り抜きで作られた手紙。

 怪文書のような手紙にアメリアの顔が引きつる。


「……っ、はは」


 こうしてアメリアの日常に異変が起こり始めたのである。

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