5話 どこでも一緒
「――アメリア、行こう」
「はい、ルイス様」
そこからはもうルイスの独壇場だった。
アメリアが専属メイドになったのをいいことに、理由をつけては事あるごとにルイスはアメリアを連れ出した。
仕事、見回り、買い物、その他諸々――ルイスとアメリアは四六時中一緒にいた。
当然、仕事故にアメリアに拒否権はない。
「随分と上機嫌ですね」
「当然ですよ! こうしてまたアメリア様と行動を共にできるなんて……夢のようですから!」
「……人の気持ちもしらないで」
カフェで上機嫌にコーヒーを啜るルイスをアメリアは白い目で見つめた。
今日もこうして商談や親交の深い貴族への挨拶など、忙しく飛び歩いている。
行く先々でルイスに鼻高々に紹介されたアメリアは、好奇の視線を浴び続け胃が絞られる思いだった。
「浮き足立つのは勝手ですが、幾らなんでもやりすぎです。たかがメイドをこれ見よがしに自慢しないでください」
「……おや、アメリア様だっていつも俺を傍において『ルイスはよくやってくれている』と自慢していたではありませんか」
「……うっ」
「それに……俺はいつも貴女に無理難題を押しつけられてきましたが?」
「……ぐっ。そ、それは本当に申し訳ないと、思ってる……」
ちくちくと痛いところを突かれ、アメリアは呻き声を上げた。
ルイスは前世から優秀すぎた。それ故、アメリアは彼に全幅の信頼を置き、そして彼を頼った。
アメリアが『女伯爵』として立っていられたのも、ルイスの影ながらの完璧なサポートがあった故だ。
だが、今こうして使用人の立場になるとルイスの有能さを実感させられる。
「まさか、前世の腹いせで私を専属においたのか……?」
「ははっ。幾ら俺でも、ただ貴女を傍に置くためにエドガーの後任にするわけないじゃないですか」
くすりと笑いながらルイスはカップに口をつける。
「アメリア様は完璧主義。どんなことだって完璧にこなしてしまう。だから俺は貴女を選んだ」
「……褒めているのですか?」
「もちろん。ずっと貴女を傍で見てきたのですから。こんな適任他にいるはずがない」
ルイスは微笑みながらアメリアの手を取る。
「それに、謝らないで下さい。俺は、無理難題をこなした後、アメリア様に褒められるのが至福だったのですから」
「……っ、貴方の趣味は本当に理解できない」
その手にキスを落とされれば、アメリアは顔を赤らめながら目をそらした。
「だからアメリア……いい加減、座ってくれませんか? 俺も貴女に奉仕の礼をしたいのです」
ルイスはテーブルを指で軽くとんとんと叩く。
仕事終わり。帰宅前の息抜きにルイスの提案で立ち寄ったカフェ。しかしアメリアは頑なに同席せず、主人の傍に立っていた。
「使用人が主人と同じテーブルに座るわけには参りません」
「俺とアメリア様の仲でしょう。遠慮することはありませんよ」
「しかし――」
「命令だよ、アメリア」
穏やかながらもはっきりとした口調に、アメリアはぐぬぬと悔しげに唇を噛んだ。
ぎくしゃくと歩き、そして仕方なく椅子に腰を落とした。
「これで満足ですか」
「ええ。少しは俺の気持ちもわかっていただけましたか?」
そう。二人は前世も同じ会話をしていたのだ。当然逆の立場で。
アメリアも頑なに傍に立ち続けるルイスに座るように促した。最終的には命令で。
あの頃はなにを気にしているのだとも思ったが、今になってようやくその気持ちが痛いほど理解できた。
「……やっぱり、あの頃の仕返しをしているのですね」
「人聞きの悪い! 私にとっての理想の主人像はアメリア様……つまり、俺はアメリア様を習っているだけに過ぎませんから」
「へ、屁理屈を……」
「――失礼します」
言い負かされたアメリアが拳を握りしめていると、ウェイターが二人に注文の品を運んできた。
「これは――」
「労働には相応の報酬を。それ、お好きでしたでしょう?」
どん、とアメリアの前に置かれたのは超巨大なパフェ。
沢山のフルーツとたっぷりの生クリームにアメリアは思わず目を輝かせる。
「こちらはアメリア様のです。どうぞ、お食べ下さい!」
にっこりと笑って促すルイスにはっと我に返るアメリア。
「い、いや……っ。こんなもの頂くわけには参りません。わ、私は甘い物など食べません。それは貴方だってよく――」
ぎゅっと拳を握り、アメリアはパフェから視線を逸らした。
女伯爵は決して弱みを見せない。年頃の女子のようにスイーツや流行りの服に目移りしないよう、日々自分を律してきた。
「隠れて食べていたの、俺が知らないとでも思いました? アメリア様、甘い物大好きでしょう」
「な、なな……何故それをっ!」
突然の暴露にアメリアはがたりと立ち上がる。
甘い物や可愛いものが好きなのは、アメリアは絶対人前では出さなかった。それはルイスであろうとも、だ。
「わかりやすすぎるのですよ、アメリア様は。紅茶に角砂糖を三つは入れたいところを、いつも一つで我慢されていたでしょう」
「一体どこまで細かい所を見ているんだお前はっ!」
「ふふっ、懸命に好きなものを我慢されているお姿は大変可愛らしゅうございました」
自身の癖を発表され、アメリアは顔を真っ赤にして口をぱくぱくと開いた。
「……ですが、今の貴女はただの『アメリア』です。好きなものは好きだと素直にいっていいんですよ?」
ずいっとルイスはアメリアにパフェを押しやる。
「貴女が本当に好きなものを我慢させずにお渡しできる……これはあの頃の俺にはできなかったことです。さあ、俺の願いを叶えると思って」
「……う」
ルイスはスプーンをアメリアの手に握らせると、その喉がごくりと鳴った。
たっぷりの生クリームと山盛りのフルーツ。見ているだけで目の保養になる宝箱のようなスイーツ。
ずっとずっと、こんなものを食べるのが夢だった――。
「さ……アメリア様。どうぞ」
ルイスはアメリアの手を動かして、パフェを一口すくう。
そして彼女の口元に運べば、アメリアはぎゅっと目を瞑って思い切ってほおばった。
「――っ!!!!!!」
次の瞬間、アメリアの目がこれでもかと輝いた。
口いっぱいに広がる甘み。これが、これが幸せというものか――。
「美味しいですか?」
ルイスの言葉にこくこくと頷きながら、夢中で食べ進める。
するとすうっと彼の腕が伸びてきた。
「――へ」
ルイスの指がアメリアの唇の横についたクリームをすくう。
「ふふ……可愛いですね」
「――な、ななななななななっ!」
それを舐めとられ、アメリアの顔がみるみる真っ赤に染まる。
「凛としているアメリア様も美しいですが、無防備な貴女もとても可愛らしい」
ルイスはそのままアメリアの手に自身の手を重ねる。
「伯爵時代の貴女は毎日気を張っていましたから。少しは肩の力が抜けるようになったようでよかったです」
「……そう、だな。あの頃は私は毎日が精一杯だった。貴方にも迷惑ばかりかけていたでしょう」
「いいえ。俺は貴方の傍にいられるだけで、幸せでした。それ以外なにもいらなかった」
ルイスはそう呟きながら、アメリアの目を見つめる。
「アメリア様」
「……はい」
「幸せそうなアメリア様を見られて、俺は本当に幸せです。貴女にはずっと俺の傍で笑っていてほしい」
「え――」
恋人のように指を絡め、甘い言葉を囁く。
まるで愛の告白のような言葉に、アメリアの胸は思わずドキリと高鳴った。
「アメリア様、俺は――」
「ルイス様~~~~~~~~っ!」
その瞬間、ルイスの言葉を遮るように少女の声が響く。
そして背後からルイスに飛びついてくるひとつの影。
「ルイス様っ、こんなところでお会いできるなんて光栄です!」
「……セエレ」
肩に回される腕。元気いっぱいの少女は――ルイスの婚約者、セエレ。
そしてセエレは向かいに座るアメリアを見てふっと笑った。
「ああ……執事気取りのメイドさんも、ご機嫌よう?」
(この人――)
ぎろりと睨まれた。
明らかな敵意を感じ、アメリアはごくりと息を呑んだのだった。
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