7話 全てを知りたい

『――あれが女伯爵』

『女が爵位を得るなんて、偉そうに――』

『どうせ誰かに取り入ったのだろう。女の魅力とやらを使ってな』


 社交界で奇異の視線を向けられるのはいつものことだった。

 伯爵家の一人娘だったアメリアは父の死後爵位を継いだ。

 当時では女性が爵位を受け継ぐことは異例の異例。しかし、アメリアには力も商才もあった。だから国王はそれをかって、彼女に爵位を継がせたのだ。

 あくまでも実力。だが、周囲はそれをよしとしない。

 だからアメリアは周囲に認められるために、必死に努力を続けた。それこそ血の滲むような。

 だが、アメリアが目立つほどに好奇の視線は増えていく。

 ありとあらゆる罵詈雑言をアメリアは一人で浴び続けた。


『――アメリア様』


 そんな彼女を救ってくれたのは――。

 


「――懐かしい夢だな」


 目を開けると、既に外は朝だった。

 前世の夢を見るなんて久しぶりだった。しかし、その要因ははっきりしている。


「今回は中傷とは無縁の生活だと思っていたのになあ」


 机にどっさりと積み上がった手紙の数々。

 あれ以来、アメリアにはほぼ毎日のように怪文書が送られてきた。


『公爵家から消えろ』『立場も弁えない無能』――。

「よくもまあ、こんなマメに送ってくるわね」


 手紙を一通手に取り、アメリアは乾いた笑みを浮かべる。


(彼に見つかると面倒だ。どうにかしなければ……)


 まだ皆が寝静まる早朝、アメリアはメイド服に着替え部屋出た。

 向かった先はリビングの暖炉。肌寒くなってくる季節には暖炉は必須。

 火種がわりに手紙を放り込み、薪をくべて火をつける。

 手紙が焦げ、じわじわと燃えて消えていく様をアメリアは暖炉の前で屈みながらぼんやりと眺めていた。


(火を見ると、前世のことを思い出すな――)


 ある晩、突然屋敷は炎に包まれアメリアは命を絶った。


(それだけは鮮明に覚えているのに、他はなにも思い出せない)


 自分が何故死んだのか、あれは事故だったのか誰かが企んだものなのか――その記憶は一切なかった。

 生まれ変わってからも時折思い出そうとしては、記憶に靄がかかってわからずじまい。


(……嫌がらせにはなれている。だから、これくらいで気にはならない)


 貴族階級。それも、女が爵位を持つことに不信感を抱く者は多かった。

 アメリアを敬ってくれる者もいたが、その逆敵も多かった。

 夜会に出れば陰口を叩かれ、嫌がらせの手紙だって――。


(――手紙?)


 燃えていく手紙の束を見て、アメリアは目を見開く。

 暖炉の前。燃える手紙。


(これは……以前も……)

《――アメリア・ファタール お前を許さない》


「――アメリア」


 突然名前を呼ばれ、はっと振り向いた。


「…………ル、ルイス」

「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」


 狼狽えているアメリアに、ルイスは申し訳なさそうに眉を下ろす。

 アメリアは上手く言葉を返せなかった。

 口の中が乾き、心臓が激しく鼓動を打っている。


(今のは……一体……)


 あれは前世の記憶だろうか。思い出そうとしても、再び靄がかかってしまう。


「顔色が優れませんね」


 ルイスは心配そうにアメリアの頬に触れる。


「……なにを見ていたんですか?」


 ルイスはアメリアをじっと見つめる。全てを見透かすような瞳から動けなくなる。


(あの手紙のことをルイスにしられるわけにはいかない)


 咄嗟にそう思い、アメリアは視線を逸らした。


「い、いや……暖炉に火をつけようと思って……」

「あまり、火に近づきすぎると火傷をしてしまいますよ?」


 ルイスはアメリアの手を取り、暖炉から少し離す。

 抱き締められるような体勢になり、再びアメリアの鼓動が早まった。


「ああ、こんなに鼓動が早い。なにか不安になるようなことでもありましたか……?」


 耳元で囁かれる言葉。


(ああ……彼といると、自分がわからなくなる)


 前世を生きているのか、これが今なのか感覚がわからなくなってくる。

 平衡感覚を失うように、上手く立つのが難しい。

 彼の優しさに時折甘えたくなってしまう。いや、ダメだ。

 アメリアはルイスの主人ではなく――


「……っ」


 アメリアはルイスの胸をぐっと押して、体を離した。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。私は大丈夫です」

「…………そう、ですか」


 突き放したような言葉に、ルイスは少し狼狽えたように返事をした。


「今日は出掛ける予定ができました」

「わかりました。それではその準備を……」

「いいえ。俺一人で大丈夫。今日はゆっくり休んで。これは命令だよ……アメリア」


 ルイスはそういって、アメリアの髪にキスを落とすとその場を去って行った。

 残されたアメリアはその場に呆然と立ち尽くす。


(これでいい。主人に余計な心配をかけるわけにはいかない……)


 アメリアの背後で、手紙の最後の一枚が灰になった。

 


 言葉通り、ルイスは一人で屋敷を立った。

 主人不在の中、使用人たちはいつも通り忙しく業務をこなしている。

 アメリアも久々に箒を手に屋敷の掃除に手を出していた。


(掃除はいいな。無心になれる)


 そう思っていた時だった。


「――アメリアはいる!?」


 ばん、と勢いよく玄関扉が開き一人の少女が現れる。


「……セエレ、様!?」


 突如現れたのは、ルイスの婚約者セエレであった。



 

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