2話 もう離さない
「アメリアさん、少しよろしいでしょうか」
あれからなんとかルイスを振り払い、業務に戻る。
今夜は来客が来るからまだまだ忙しくなりそうだと気合いを入れ直したところで、執事のエドガーに再び声をかけられた。
「なんでしょうエドガーさん」
「少し手伝って頂きたいことが――」
執事とは主の右腕。そしてこの屋敷に仕える全使用人たちの責任者。
仮にそれを除いたとしても、長年この侯爵家に仕えてきた彼の頼みを断るはずもない。
「私にできることでしたら、なんなりと」
アメリアは姿勢を正し、二つ返事で了承した――のだが。
*
「ルイス様~っ!」
「これはこれは、セエレ嬢。ご無沙汰しております」
玄関が開かれるなり、ルイスに思い切り抱きつく少女。
「もうっ、私たちもうすぐ夫婦になるんだからセエレって呼んでくださいませっ!」
「セエレには適わないなあ……可愛い可愛いお姫様」
「きゃあっ、ルイス様ったら~っ! ずっとお会いできる日を心待ちにしておりました!」
「俺も……毎日君のことばかり考えていたよ」
(なんなんだこれは……)
眼前で繰り広げられる二人きりの世界。
目の前でハートマーク飛び交いそうな恋人同士の絡みを、アメリアは冷めた目で眺めていた。
「エドガーさん、手伝いとはこれのことですか?」
「左様でございます」
隣に立つエドガーにぽつりと問いかければ、彼はこくりと頷いた。
(前世はあれだけガードが堅かったルイスが……こんな風に……)
セエレと仲睦まじそうにしているルイスにアメリアは顔を引きつらせる。
前世の彼も異性から言い寄られることが多かった。だが、彼はいつも――。
『俺にはアメリア様がおりますので』
主一筋で生きてきた彼が、まさか今や婚約者と惚気るようになるとは。
(まあ……ルイスも年頃だし、侯爵ともなれば婚約者の一人や二人いたって当然だ……)
嬉しいような寂しいような。
「ルイス様っ……」
「セエレ……」
ともあれ、さすがにこれは見ていて少し苛立たしい。
そろそろ止めに入ろうかと思っていると、ごほんと大きな咳払いが聞こえた。
「――お招きいただきありがとう、エインネルグ侯爵」
「これは失礼。お忙しいなかようこそおいでくださいました。ランペル伯爵」
「子供の頃からよく知っているルイスからの誘いを断るわけがないだろう?」
――気を取り直そう。
今晩の来客はサーヴェン・ランペル伯爵とその娘でありルイスの婚約者でもあるセエレ嬢。
ルイス――エインネルグ家とランペル家はかねてより交流があり、ルイスとセエレは幼馴染み同士。貴族社会ではそんな二人が婚約者同士になるということはなにも不思議なことではない。
だが、アメリアの内心は複雑である。
(まさか、元従者の婚約者が私の元婚約者の娘――だなんて)
世間も狭いものね、とアメリアは内心息つく。
セエレの父・サーヴェンは元々は前世アメリアの婚約者であった。
(あの頃はまだ子爵家だったけれど……立派になったわね。無事、幸せになれたようでよかったわ)
元は周囲が勝手に決めた結婚。とはいえ、彼に情がなかったわけではない。
サーヴェンもアメリアの婚約者だったということもあり、アメリアの死後は色々大変だったに違いない。
それでも、今こうして新たな家庭を築き幸せに生きてくれていたことに内心安堵していた。
「おや……君は見ない顔だな。新入りかな?」
「はじめまして、ランペル伯爵。新入りのアメリア、と申します」
「アメリア……」
ふと、サーヴェンの表情が止まる。
もしや――。
「なにか……?」
「……いや。古い知り合いと同じ名前で、少し懐かしくてね」
「そう、でしたか」
いや、普通は気付くはずがないとアメリアは苦笑を浮かべる。
「君のような美しいメイドがいてルイスは羨ましい限りだ」
「はは……どうも……」
ぎゅっとサーヴェンはアメリアの手を握る。
(そういうところ変わってないなあ……)
昔から色男だったサーヴェンはこうして数多の女性に軽口を叩いていた。
まさか使用人までにもとは思ってもみなかったが……。
「サーヴェン様、本日は心よりおもてなしさせていただきま――」
「もう、ルイス様! こちらを見て下さいませ!」
話を逸らそうとしたアメリアの言葉を遮り、セエレが声を張り上げる。
「ああ……ごめんよセエレ。俺が見えているのは一人だけだ……」
「ルイス様……!」
セエレがルイスに腕を絡ませ、ルイスは愛の言葉を囁く――目の前に父親がいるにも関わらずに、だ。
(これはさすがにやりすぎじゃないか)
目のやり場に困るし、なんだか少し苛つくような――。
ところかまわず甘い言葉を囁くのは、どうやら血は争えないらしい。
似たもの親子に呆れていると、エドガーがごほんと咳払いを一つ。
「ランペル伯爵、ミス・セエレ。夕食の準備は整っておりますのでこちらへ――」
さすがは執事。場の空気を上手く舵切った。
先陣を切って歩き出そうとするのだが――。
「おっと……」
「大丈夫ですか?!」
躓き、転びかけたエルガーをアメリアはすかさず支えた。
「これは失礼いたしました。改めて、こちらへ――」
エドガーはなにごともなかったかのように微笑むと、またいつも通りに客人を案内するのであった。
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