3話 傍にいて

 ランペル伯爵親子との晩餐はつつがなく進んでいた。


「いやあ、公爵家の料理はいつも美味しいなあ。特にこの白身魚のソテーが絶品で!」

「サーヴェン様は魚料理がお好きだと伺いましたので」

「おお、君がメニューを考えてくれたのか! いやあ、実に気が利くメイドだなあアメリアは!」


 サーヴェンはワイン片手に上機嫌だ。


(……来客の好みは完璧に。さすが私!)


 ご満悦気味のサーヴェンに、アメリアは心の中でガッツポーズをする。


「サーヴェン様、ワインをお注ぎ致します」


 グラスが空になったのを見計らい、サーヴェンの横に立つエドガー。


「お次は魚料理に合わせ、隣国から取り寄せた白ワインを――」

「――っ!?」


 ワインボトルを傾けた瞬間、エドガーが手を滑らせてしまった。

 あっ、と全員の目が丸く見開く。

 このままボトルが落ちれば、サーヴェンはワイン塗れになってしまう。そうなればこの晩餐は台無しになってしまう。


「……っ、と」


 ぱしり。

 寸でのところで、アメリアはボトルを受け止めた。


「――失礼致しました。大事はありませんか? サーヴェン様」


 にこりと微笑み、なんとか場を取り繕う。


「これは……」


 サーヴェンはじっとアメリアを見つめる。

 屋敷の中で貴族は王だ。もし使用人が失態をおかそうものなら不興をかいクビになってもおかしくはない。

 サーヴェンの言葉を待つように、アメリアはごくりと息を呑む。


「素晴らしい! 曲芸でも見ているかのようだった! アメリアは美しいだけではなく有能なんだな! 実に気に入った!」


 がたりと立ち上がり、サーヴェンはアメリアの両手をとった。


「お、お褒めにあずかり光栄です」

「大変失礼致しました、サーヴェン様」


 エドガーが深々と頭を下げれば、サーヴェンは気にした素振りなくいやいや、と手を振る。


「気にするな。しかし、エドガーがミスをするなんて珍しいこともあるものだな」

「お恥ずかしい話ですが、私も年には適わない……ということでしょう。今日は優秀なメイドが傍にいてくれたので助かりました」


 エドガーは困ったように肩を竦めた。

 サーヴェンのいうとおり、エドガーは執事として完全無欠。誰もが尊敬する立派なフットマンだ。

 だが、そんな彼は最近ミスが増えていた。

 うとうと居眠りすることが多かったり、ルイスの予定をうっかり忘れていたり――。

 その度に周囲がフォローしていたが、今日はアメリアがいなければあわや大惨事になっていたことだろう。


「エドガーのいうとおり、メイドにしておくのは勿体ない美貌と器量の良さだ。是非とも我が家に引き抜きたいくらいだ!」


 サーヴェンは話を戻し、アメリアの手をぎゅっと握る。


「それはいけませんよ、サーヴェン卿」


 どうしたものかと戸惑っていると、サーヴェンの向かいに座るルイスが口を挟んだ。


「アメリアは俺の大切なメイドですから。誰にも渡せません」


 穏やかな笑顔。だが、その人身は鋭くサーヴェンを射抜く。

 その気迫に場の空気はぴしりと締まる。


「メイド一人に凄まじい執着心だな。ますます欲しくなってきた」

「はは……それは困りますよ。なぜなら、彼女には重要な仕事があるのですから」


 ルイスは立ち上がり、アメリアたちのほうにゆっくりと近づいて来た。


「エドガーは長年我が家によく仕えてくれた。だからそろそろ暇を……と思っていたのですよ」

「えっ!?」


 思わずアメリアは目を丸くする。

 そんな、エドガーが屋敷を出ていくなんて。そうなったらこの屋敷は――。


「エドガーの後任はどうするつもりだ」


 そうそう。サーヴェンのいうとおりだ、とアメリアが内心で大きく頷いている時――ぽん、と誰かが肩に手を乗せた。


「ご心配なく。彼女がいます」

「……は?」

「エドガーの後任は彼女に任せるので!」

「――…………え゛!?」

「……メイドが付き人!?」


 アメリアの肩に手を乗せながらすっごい笑顔を浮かべるルイス。

 唖然と口を開けるアメリア。これは驚いたと目を見開く伯爵。

 そして信じられないと婚約者のセエレが立ち上がった。


「……な、なにをかんがえて!」

「いやあ……俺は彼女のことをこんなにも評価しているのに、彼女は俺の提案をことごとく断ってくるんです」


 がっしりとルイスはアメリアの肩に腕を回す。

 それもそうだ。主が使用人に従僕宣言など有り得るはずがない。


「それなら、彼女が望み通りのポストを用意しようと思いまして。ね? 貴女が俺の執事になるなら問題ないでしょう?」

(こ、コイツ……!!!!!)


 肩に置かれた手はがっちりとアメリアを掴んで離さない。


「貴女が俺の傍にいてくれないのが悪いんですよ?」


 こそりと耳元で囁かれる悪魔のような声音。

 ルイスは意地悪そうな笑顔をアメリアに向けるのであった。

 

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