1話 また会えた

 アメリア・ファタール――かつて『女伯爵』として社交界で異彩を放っていた貴族がいた。

 彼女は清く正しく美しく、そして強かった。

 父から受け継いだ爵位を生かし、戦場では軍神の如き戦果を上げ、また経営手腕もよく父から引き継いだ会社は右肩上がり。

 そして女王のお気に入りとなった彼女には、社交界から羨望の眼差しが送られた。

 だがそんな彼女はある日突然非業の死を遂げる――。

 それから二十年後、生まれ変わったアメリアは二度目の人生を謳歌していた。

 今度の生は――メイドとして。

 

「アメリア! 掃除手伝って~!」

「了解」


 彼女に掃除道具を持たせれば、瞬く間に屋敷中が綺麗に。


「アメリア! 庭の枯れ葉が~っ!」

「はい、ただいま」


 彼女に箒を持たせれば、大量の落ち葉はすぐに山積みに。


「アメリア! 晩餐会の手配が~っ!」

「食材の手配は済んでいるわ。あ、伯爵はお肉よりお魚がお好みだから料理長にメニューを変えるよう伝えておいたわよ」


 彼女にかかれば、屋敷の管理は全てお手の物。


「アメリア!」「アメリア!」「アメリア!」「アメリア――!」


 毎日のように屋敷中から飛び交うアメリアの名前。


「アメリア。あなたが入ってもうひと月になるけれど……これまで雇ってきた誰よりも優秀よ」

「ありがとうございます」

「これからも励みなさい」


 メイド長に褒められれば、アメリアは深々と一礼した。


「あんな風にいってるけど、メイド長アメリアのことお気に入りのくせに……」

「私の後任に育て上げる、なんて張り切っちゃってるらしいわね」

「まあ、あれだけ仕事が出来たら当然よね。それに――」


 使用人一同は影からこそこそとアメリアを見つめながらこう続けた。


「メイド服着ているはずなのに、何故かカッコいいのよねえ~!」


 男女含め、使用人一同から向けられる黄色い悲鳴と羨望の眼差し――。

 アメリアは完全無欠の超有能メイドとして、次の生でも存分に異彩を放っていたのである。


(ふふ……みんなに頼られるのは悪い気はしないわ。使用人としての生活も楽しいものね)


 貴族から労働者階級に転生したことに不満はなかった。

 元々身分や権力、金に頓着はないし、働くことも嫌ではなかった。

 アメリアは根っからの完璧主義。与えられたことはきっちりこなしたい性分なのだ。

 ある意味、このメイドという職業は彼女の性分にはぴったりの天職だったともいえる。

 余計な重圧もなく、穏やかに過ぎ去る日々。

 そんな満たされた生活の中で、アメリアはただひとつだけ困っていたことがあった。


「ああ、アメリアさん。こちらにおられましたか。旦那様がお呼びですよ」

「……ただいま参ります」


 アメリアを呼び止めたのはこの家の主人――エインネルグ侯爵に使える老齢の執事、エドガー。

 アメリアはすぐに主人が待つ執務室へと向かい、大きな扉の前で大きく息を吐いた。


「失礼致します。お呼びでしょうか、旦那様」


 部屋に入ると、窓際に立っている青年がいた。

 銀色の髪とターコイズの瞳。線が細く、美しい青年――彼こそこの屋敷の主人、ルイス・エインネルグ侯爵だ。


「……あなたに旦那様と呼ばれる筋合いはないよ」


 振り返った彼は、アメリアを真っ直ぐ見つめそう告げる。

 こつこつと足音を立てながら近づく彼からアメリアは目を離さなかった。

 そして沈黙が流れること十数秒――。


「アメリア様! どうか昔のようにルイスと呼び捨ててくださいっ!」


 どしゃああっ、と大きな音を立て侯爵がメイドに跪いた。


「……今は私が使用人で、貴方は旦那様ですので」


 両手をぎゅうっと握り締め、懇願してくるその姿にアメリアは顔を引きつらせながら視線を逸らす。


「それなら即刻使用人などお止め下さい! 私の客人……いや、侯爵家の貴賓としてもてなさせていただきます!」

「近い……顔が……近い……」


 壁に追い詰められる勢いで、ルイスはアメリアに迫る。

 アメリアの困りごと――それは主人のルイスであった。

 前世の記憶を持って生まれた二人。

 今は使用人と主人の関係だというのに、彼は前世の記憶を引きずりメイドに忠誠を誓ってくる。

 こうして事あるごとにアメリアを呼び出しては、このように迫ってくるのであった。


(私は使用人……私は使用人……)


 そう心の中で念を唱える。


「アメリア様! 俺は、今生もあなたの従者として忠誠を誓――」


 とうとう耐えかねたアメリアの中でぷつんと何かが切れた。


「ええい! いい加減にしなさいっ! 侯爵ともあろうものが、いち使用人に跪くなど! もっとしゃんとなさいっ!」


 我慢の限界になると、アメリアもつい前世の顔がでてきてしまう。

 相手が元執事ルイスであれば尚更だった。


(しまった……)


 そこではっと我に返る。

 ルイスはアメリアの手を握ったままぽかんと目を瞬かせている。


「で、出過ぎた真似を……お許し下さい」


 これにはさすがの侯爵も怒るに違いない。アメリアはすぐに頭を下げた。


「……あ、ああ……」


 ルイスが俯いたまま、小さく唸った。


「アメリア様、ありがとうございますっ!!!!」

「――へ?」


 顔をあげた彼は感激に目を輝かせていた。


「またアメリア様に喝を入れて頂けるなど光悦至極です! このルイス、アメリア様のために侯爵としてますます励んで参りましょう!」


「ちょ……ちょっと……?」

「どうか遠慮無く、私は犬のようにお使いください! このルイス、喜んでアメリア様の血となり肉とならせてください!」

「もうやめろおおおおおおおおおおおおおっ!」


 部屋に響くアメリアの絶叫。

 ――そう、このルイス。前世の記憶があるだけではなく、必要以上に主人への愛が重いのであった。

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