第三話、若しくは終話『俯木紀子という希死念慮との殺し合い』

014

「それで、僕は契美さんを連れて、そのまま群馬に帰ってきた」

「いい話じゃない。そんな過去があるから、今の古城くんがあるのね。せいぜい健やかにお過ごしください」

 長話だった。もうすぐ三十分経つのではないかと、カーナビの隣の時計を見ると、フロントガラスの向こう、店の中から墓守先生が出てくるのが見えた。

 先生の足は覚束なく、ふらふらと寄りかかるようにして後部座席のドアに捕まり、体重でドアを開けた。

「どうだ?ちょっとは話せたか?」

「ちょっとどころじゃないですよ、あとそれどころじゃないです。なんで飲んでるんですか!運転どうするんですか!」

 金曜だが先生は明日も学校だ。車は置いて行けないだろう。

「――運転なら微睡に任せる」

「何勝手に話進めてるんですか、先生を家に送った後私はどうすればいいんですか」

「知るか、うちに泊まれ」

「先生!寝ないでください!」

「疲れてるんだ、静かにしろ」

「まったくもう!」

 狭い車内、両手に座った女性が僕を挟んで喧嘩している。思春期真っ只中の僕にとって絶体絶命のシチュエーションだ――絶好とも言う。

「お前、免許持ってるの?」

「お前って言わないで。学校休んでる期間で取ったの。絶対にあなたは乗せないわ」

「頼んでねえよ。僕家近いし歩いて帰る。墓守先生めんどくさそうだし」

 ここから契美さんと住む自宅まで歩いて一時間かからない程度の距離だ。歩けない距離ではないし、運動不足解消にちょうどいいだろう。明日は土曜日なので筋肉痛に苛まれてもダメージは低い。

 僕はカバンを背負って墓守先生を踏んづけながらシルビアの外に出た。

「じゃあね」

「ちょっと待って」

 僕がドアを閉めようとすると微睡が僕に続いて出てきた。

「連絡先を教えて」

 まっすぐ僕の顔を見てそう言う。

「少しは照れたりしろよ」

 僕は緩んだ口元を隠すように下を向いて、右ポケットからスマホを取り出し、手短に連絡先交換を済ませた。

「ありがとう」

「こちらこそ、よろしく」

「うん」

 今度こそお別れだと、僕は右ポケットにスマホを戻す。

 僕は手を挙げさようならと言おう出したが、その前に。

 一つ言っておこう。

「微睡」

「何?」

 微睡は雰囲気が変わったのを感じたのか少し真面目な顔になる。

「僕は契美さんと二人暮らしだ」

「うん、楽しんで」

「さっき『せいぜい健やかにお過ごしください』って言ったけど。多分手遅れだ」

「――そうなの?」

 そう、勘違いしている、僕がまだ伝えていないだけだが。

 あれでハッピーエンドとはいかない。世界はそんなに甘くない。

「僕といる奴は不幸になるんだぜ」

「――何があったのよ」

「辰巳さんが死んでから壊れちゃったみたいでね、あれじゃまるで、もぬけの殻だよ」

 僕の言葉に、微睡は大層気持ち悪そうにしていた。

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